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ゴミの日に生まれてゴミの日に眠る

 現代川柳と400字雑文 その71

 何年か前の引っ越しの際、舞台で使った小道具や衣装をまとめて廃棄した。その中に血まみれの白いシャツがあった。もちろん偽物の血、血糊というやつだ。たぶん腹を刺されたか撃たれたかしたという設定だったんだと思う。半透明のゴミ袋にシャツを入れると一気に不穏になった。うっすら透けて見える真っ赤な血の色、がすこし酸化した、茶色がかったリアルな赤色。事件だ。すくなくとも事件性を感じる見た目である。まずい。わたしはあわててシャツをほかのゴミでくるむようにして、またゴミ袋に入れた。いちご大福のいちごが外からは見えないように、血まみれのシャツも見えなくなった。これで大丈夫だ。もう事件の匂いはしない。胸をなでおろし、ごみ集積所に向かう。「これじゃまるで殺人犯みたいだな〜」と思ったが、いま考えると「みたいだな〜」どころか殺人犯の証拠隠滅の手つきとまったく同じである。ちょっとしたコメディの雰囲気すらあった。と、いまでこそそう言えるが、当時はそこまで冷静に俯瞰できず、いっぱいいっぱいで、朝方、ごみ集積所に置いたそれが無事に回収されるのを自宅の窓から見届けてからようやく眠ることができたた。その日の昼には何事もなかったかのように不動産屋に部屋を引き渡し、無事おれはその街(米花町)をあとにした。

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