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《19歳の冬、私は大人になったつもりでいた。③》

#小説 #恋愛 #恋愛小説

※有料となっていますが、一応無料エリアで話は完結します。




飲みに出かけて以来、NとはLINEや電話で連絡を取るようになった。

体調どう?とか授業ちゃんと出てる?とか、そういう他愛もないこと。
性的な話もたくさん含まれているけれど。

性的な話をすること自体は、そこまでいやじゃない。
探り合うような会話は刺激的で楽しかった。
経験人数とか、処女かどうかとか、そんな話をしたいわけではないけど。
ただ、その会話の裏に、今後性的な関係にもっていこうと考えていることが如実にわかるから、少ししんどい。
そんな関係にはなりたくない。
2番目なんて、その他大勢と一緒だなんて、いや。

やっぱり、仲のいい先輩後輩という、「ちょっと特別な関係」でいたいと思っていた。


けれど、今のままだと時間の問題だということに薄々気づいていた。
性的な話題を曖昧に受け流すことしかできていない。拒絶ができなかった。

拒絶ができなかったのは、Nとのやりとりが大人ぶった恋愛の駆け引きみたいで楽しかったからだけではない。
悲しいことに、私はどこまでもひとりぼっちだった。
所属しているサークルで仲のいい人が一人もいない、サークルをやめることもできない。
ひとりぼっちであることが、ひどく不幸なものに思えて、とにかく誰かにすがりたかった。


***

Nとの関係がまた一歩進んだのは、それから一週間もたたないうちだった。

その日、私はサークルの同期との楽しくもない飲み会に参加していた。すると、NからのLINE。「俺の家の近くで飲んでるんでしょ?泊まりに来てもいいよ笑」

私は飲み会の場所も、飲み会があることを伝えた記憶もない。
確実に、サークル内のセフレからの情報だと思った。

実は、サークル内のセフレが誰なのか、私はよく知っていた。
数か月前から、ずっと相談にのってたから。
相談にのっていたとはいえ、私を一方的に頼り、自分だけが悲劇のヒロインであるかのようにふるまう彼女のことは、どうしても好きになれなかった。
「どうしたら本命になれるかな?」。本命になんかなれないことを知っていながら、私は相手の求める答えを、さも自分の本心であるかのようにずっと答えていた。

Nとの関係が進めば、セフレとの関係が面倒になることくらいわかっていたが、それもどうでもよかった。
Nとこんな関係になる前に、彼女のほうから濡れ衣を着せられ、一方的に拒絶され、あらぬ噂をたてられたから。
サークルで余計に居場所がなくなっていることは、肌で嫌という程感じていた。

彼女と仲たがいしたから、というだけではなく、
そんなに大事になることはないだろうと高を括っていた。どこまでも未熟、どこまでも楽観的。


最初はやんわりと断っていたものの、誘いはどんどん強引になっていく。
「どうしてもだめなの?」「とにかく来て」「いいから、必要なものなら買ってあげる」
お酒も入り、面倒になって、どうにでもなるんじゃないかと誘いにのってしまった。興味本位。何がしたかったんだか。本当に。


家に行く途中、何気なく着ている下着を確認した。 
今更確認したって仕方がないのに。
意識しつつも、のこのこ行こうとする自分が嫌だった。


***

それでどうなったか。
もうここから先は、正直思い出したくない。

一線を越えることこそなかったものの、
二人で会っていたことがセフレにばれ、噂は尾ひれどころか背びれ腹びれ尻びれまでついて、サークル内に瞬く間に広がった。

「ワタシの気持ちを知っててなんでそんなことするの?!ありえない!!」と騒ぎ、完全にヒステリーとなった彼女をなだめながら、なんで私がなだめなければいけないのだろうと冷めた目でずっと見ていた。
本命の彼女がいることを知ってて、よく自分が本命であるかのような口を叩けるな、あんたセフレの壁すら越えられてないくせに。
私も、嫌な女。


Nからのその場しのぎの謝罪とも自己防衛ともとれる連絡がきた。
「取り返しのつかないことをした」「責任とってサークルやめます」「セフレと、今後どうしていけばいいかな」

責任とるって何?逃げるだけじゃん。
この期に及んで、何なの?
でも、どうでもいい、知ってたし。
知ったうえで、断りきらなかった私も悪い。いや、私が一番悪いのかもしれない。
少なくとも、「本命の彼女」がいることを知っていた点では私も同罪。
被害者ヅラできるほど、私は図太くなかったし、間抜けでもなかった。
甘かった。夢を見ていた自覚はある。

Nにすがることもなじることもせず、何も始まらないまま関係はあっさり終わった。
あっけないなぁと他人事のように思った。


サークルで、私は「遊ばれたかわいそうな女の子」になった。
そんなんじゃない、と思いながらも、じゃあ自分は何なんだろうという思いは拭えない。

何がしたかったんだろう、
何が欲しかったんだろう、
何が得られたんだろう。
束の間の慰めと引き換えに失ったものはあまりにも大きかった。



私は逃げるようにサークルをやめた。
やめようと思えば簡単にやめられるんだな、と思った。
やめる時の周りからの同情と攻撃と、精神的な負担さえ乗り切ってしまえば。


***

好きだったか?と言われると、難しい。
好きだったかもしれないし、別になんとも思ってなかったかもしれない。
自己肯定感を上げるための、一つの手段でしかなかったような気もする。

素直に自分の感情と向き合うには、大人になりすぎていた。
いや、自分の感情をごまかすことばかり覚えてしまった、というのが正しいかもしれない。
感情的にならず、常に理性的に、客観的に行動することが「大人」だと思い込んでしまっていた。
感情的であることが常に正しいとは思えないけれど、感情的になることすらできなくなった自分がなんだか悲しかった。

どこで間違えたのか。
飲みに行かなければよかったのか、泥酔しなければよかったのか。
わからない。すべてが間違えだったのかもしれないし、すべて間違っていなかったのかもしれない。



***

なぜこんなことを思い出したのだろう。
理由は明白。婚約者との待ち合わせで、初めて待ち合わせた改札前のベンチに座っているからだ。「なぜ」だなんて、白々しいにもほどがある。
10年も前の話。もうここまでくると前世の話。28歳の私、やるじゃんと心の中でふざけてみた。

Nはどうしているだろうか。「本命の彼女」とはうまくいってるのだろうか。
私のこと、覚えているのだろうか。せいぜい1か月程度の関係、その後何悶着もあったけれど、一線すら越えなかった関係。

私は、モツ鍋は相変わらず好きじゃないし、牡蠣は前以上に食べられなくなった。
婚約者はモツ鍋も牡蠣も好きだけれど、私の好き嫌いはよく知っているので、一緒に食べに行くことはない。
「誰にでも好き嫌いはあるからね、俺も苦手なものあるし」と笑う婚約者が私は好きだ。


たくさんの人が通り過ぎる。
婚約者がこちらに向かって笑顔で走ってくる。
高すぎる授業料だったな、と思いながら、私は冷め切ったコーヒーを飲んだ。
際立った苦みが舌に残った。

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