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恋のはなし

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恋ってどうして難しいんでしょうか。1000字エッセイ。
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Amplector, ergo sum

Amplector, ergo sum

先日、あおさんの『抱きしめられるということ』という投稿を読んだ。簡潔でありながら温かに書かれており非常に読みやすいので、ぜひ皆さんにも読んでいただきたい。

個人的には、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。切ないような、ほっとするような、何とも言えない気持ちだった。

それはおそらく、誰かを抱きしめたときの幸せと抱きしめられない寂しさ、そして抱きしめることの寂しさを、私が身をもって知って

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Back to 05:46:19 PM, 2008-12-25

Back to 05:46:19 PM, 2008-12-25

偶然か必然か、今となっては本人たちに聞かねば真相は分からないが、私は恋人とクリスマス当日に予定が合ったことがない。どうにかその前後に会ってデートする、というのが、毎度の例である。

そんな中で、一度だけ12月25日に女性と二人で出かけたことがある。私は当時中学2年生。相手は恋人ではなかったし、その後に関係が特別に深まったということもないのだが、印象に残っている。今回はその思い出話でもしてみようかと

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記録の削除、記憶の秩序

記録の削除、記憶の秩序

スマートフォンに通知が届いた。メモリー不足にならないように、不要なファイルを削除するように提案するものだった。容量の大きいアプリを入れているわけではないので、画像ファイルを削除するのがよかろう、とアルバムアプリを開く。

まずは、一時的な目的のために保存していたスクリーンショット画像を削除する。それほど枚数もないので、効果は少なそうだ。少しずつ過去へと遡っていく。

私は、大きな出来事を境に、それ

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薄汚れた街並と冷えきった指先と

薄汚れた街並と冷えきった指先と

職場の上司から双眼鏡を譲り受けた。誰かからのもらいものと聞いたが、以前から天体観測が好きだと話していた私にそのまま横流ししてくれたらしい。

辛いことや悲しいことがあった時には、決まって私は夜空を見上げる。静まりかえった街の中で、まるで自分一人が取り残されたような感覚を抱きながらも、寂しさは不思議と感じない。星を見ていると、気持ちが落ち着くことも多くある。

夏ごろから色々なことが重なって、眠りが

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Overfar, Overfull, Overfragile -- Overflowed --

Overfar, Overfull, Overfragile -- Overflowed --

冬の海岸線に沿って、車を走らせる。助手席で楽しそうに話す彼女の声に耳を傾けながら、私は過ぎゆく時間に逆らうようにアクセルを踏んでいた。このドライブが終われば旅の終わりが目前にやってくる。このまま別世界へ行けたら時間なんて気にしなくていいのに、と思った。

車を降りて、誰もいない砂浜を歩いた。冬の風が頬に当たって砕けていく。年の瀬の慌ただしさもなく、穏やかな波の音だけが聞こえる。暖かく、温かかった。

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Dreamwork

Dreamwork

君が夢に現れたのは、二週間ほど前のことだった。短い髪を風になびかせ、僕の隣で笑っていた。断片的に思い出される場面の中で、そんな君の香りだけが微かに脳裏に残っている。

君は夢の人だ。あの冬の街で会うよりも前に、僕は君と夢で出会った。誰もそんなことは証明できないけれど、僕自身はそう信じている。柔らかな表情、ゆかしい人柄、かわいらしい声。他の人ではありえないほど、印象が重なる。彼女は確かに君だった。

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星空の反省会

星空の反省会

習慣というのは恐ろしいもので、休暇中だというのに5時前には目覚めてしまった。前日はあまり眠れず、ほとんど睡眠をとっていなかったのに、である。開けっ放しで一晩を過ごした窓から微かに入ってくる高原の風が、わずかに残っていた私の眠気をすくっていった。

まだ深い眠りの中にいるその人は、私に背を向けて穏やかな寝息をついていた。掛け布団の上で眠ってしまったのは、実は私に責任がある。昨晩静かに掛けておいた毛布

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I Just Called Only To Realize I Love You

I Just Called Only To Realize I Love You

私がnoteで紹介する歌は、年齢に見合わずひと昔前に発表されたものばかりで困る。

今回はStevie Wonderの”I Just Called To Say I Love You” (1984年)。ご本人が歌っている映像を観たのはまだ私が幼い頃のことで、それがプロモーションビデオであったかライヴ映像であったかさえ定かではない。ただ、受話器を模したマイクでステージ上で歌い上げる姿は不思議と印象的

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Devotion

Devotion

今日は、大学時代にアルバイトをしていた塾の同僚講師の誕生日だということを思い出した。一つ年下の女性である。毎年誕生日には互いに「おめでとう」とLINEを送っている相手だ。

一か月ほど前、このことについて別の講師仲間からこんなことを言われた。

「今年もMちゃんに誕生日LINE送るの?」

私は直感的に即答したはずだ。

「いや、今年からは送らないかな」
「やっぱり。好きな人がいるからでしょ?」

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It Might Be You

It Might Be You

君が笑ったから地球が周ってんだ
そんなデタラメだってウソじゃない

妹が好きなフォークデュオ「ゆず」の歌『マイライフ』の一節である。初めて耳にしたときは何とも思っていなかったが、最近ふと思い出して、妹にCDを借りようと決心した。「お兄ちゃん、好きな人でもできたの?」とからかわれたが、「それ以外に動機はないでしょ」と開き直って頼むと、苦笑いしながら貸してくれた。

改めて聴くと、明るいメロディもさる

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Ifs and Buts

Ifs and Buts

If I were taller, I could see further.
もっと視点が高ければ、もっと遠くまで見えるのに。

If I were shorter, I could find more on the ground.
もっと足元に目を向けられるなら、もっと小さなものにも気づけるのに。

If I had controlled my mind more properly at tha

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しかし私はその人を心から笑わせることができただろうか

しかし私はその人を心から笑わせることができただろうか

中学生の頃からだろうか、友人を笑わせるのが好きになった。冗談を言ったり、面白い話をしたり、時にはサプライズのプレゼントを贈ってみたり。明確な理由はない。笑っている表情を見ると、こちらも楽しくなる。それだけのことだ。

ただ、それと正比例して、というべきか、反比例して、というべきか、自分自身が笑うことは少なくなった。目の前で笑ってくれるのは確かに楽しい。周りの優しい友人たちは、私に冗談を向けてくれる

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それだけのこと

それだけのこと

とてもきれいな女性とすれ違った。

先日、帰宅ラッシュの喧騒で満たされた駅で乗り換えていた時の出来事である。殺気さえ感じられることもある人々の慌ただしさを背景に、ただ一人だけが色彩を持っていた。緑なす黒髪は肩ほどの長さでまっすぐに切られ、人混みの中でひときわ目立つ。緩やかな弧を描くような口元に浮かべた桃色の微笑みは、すっきりとした顔立ちに溶け込んでいる。小さな胸をごまかすように羽織った紺色のカーデ

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僕は君と恋には落ちない

僕は君と恋には落ちない

Mちゃんへ

昨日はありがとう。とても貴重な時間を過ごすことができました。

帰宅ラッシュの人混みの中で、その間をすり抜けるようにして改札から出てきた君の姿を見つけるのは、思っていた以上に簡単でした。あの頃の柔らかな雰囲気はそのままに、2年半の時間を大人びた装いに重ねて、一際きれいに見えました。駅の柱のそばで待っていた僕に気づいたときに浮かべた笑顔と会釈は、まさに君そのものでした。

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