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日韓の教科書って何が違うの?~近代史記述から捉える歴史認識~Ⅲ

はじめに

早稲田から日韓の未来をつくる連載企画「ワセミレ」。第3回は前回につづき、日韓両国の高校で使用されていた「韓国史(한국사)」と「日本史」の教科書を、主に近代史の内容を中心に比較していきます。韓流ブーム真っ只中の今、日本・韓国における自国および周辺国に対する歴史認識の違いについて、少しだけ覗いてみましょう。

①日韓議定書

日本:p.297に「日朝関係の推移」というタイトルの表があり、1873年から1910年にかけての代表的な出来事が記載されています。その中に1904年の「日韓議定書」が挙げられています。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦後の国際関係

韓国:ロシアと日本が戦争を繰り広げる兆しを見せると、大韓帝国政府は「戦時国外中立」を宣言した。 これは韓国を中立地帯として保障してもらい、韓国の領土が戦場に変わることを防ぐためであった。 しかし、日本はこれを無視して戦争を起こし、漢城に軍隊を駐留させた後、韓日議定書の締結を強要した(1904年2月)。 これを締結し、日本は戦争遂行に必要な場合、韓国の領土を軍事基地として使用できる権利を獲得した。 また、韓国の内政に干渉し、韓国がロシアをはじめとする列強に接近することを阻止した。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ①日本が韓国を強制的に併合する 韓日議定書と日本の内政干渉(p.124)

比較検討
 日本の教科書では、本文中に日韓議定書についての記述が見当たりません。一方、韓国の教科書では日本が戦争を起こした、締結を強要した等の強めの表現を用いて説明されています。さらに日韓議定書の内容と締結後の結果についても詳細に述べられています。

②第1次日韓協約

日本:【※】日露戦争中の1904(明治37)年に結んだ第1次日韓協約では,日本が推薦する財政・外交顧問を韓国政府におき,重要な外交案件は事前に日本政府と協議することを認めさせた。」

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 3.立憲国家の成立と日清戦争 日清戦争と三国干渉(p.296)

韓国:日本は韓国に第1次韓日協約(外国人顧問傭聘に関する協定書)の締結を強要し(1904年8月)、財政顧問として日本人の目賀田を、外交顧問としてアメリカ人のスティーブンスを派遣した。 これにて日本は韓国の財政と外交に本格的に干渉した。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ①日本が韓国を強制的に併合する 韓日議定書と日本の内政干渉(p.124)

比較検討
 韓国の教科書では時系列に沿って、第1次日韓協約が本文中に紹介されている一方、日本の教科書では1905年の第2次日韓協約の補足説明として注釈部分にて言及されています。また、日本の教科書では条約を「結んだ」、韓国の教科書では、条約の締結を「強要」したと表現されている点が異なります。また、韓国の教科書には財政・外交顧問の名前が具体的に登場する点が特徴的です。
 条約の内容については、日本の教科書では具体的に触れている一方、韓国の教科書では内容をより一般化した表現が用いられています。

③第2次日韓協約

日本:日本は,同年中に第2次日韓協約を結んで韓国の外交権を奪い,漢城に韓国の外交を統轄する統監府をおいて伊藤博文が初代の統監となった。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦後の国際関係(p.296)

韓国:1905年11月、日本政府の特使として来た伊藤博文は、日本軍を動員した状態で高宗と大臣らを脅かし、乙巳勒約を強圧的に締結した。 日本は乙巳勒約によって韓国の外交権を奪い統監府を設置した。 その後、伊藤博文が初代統監に赴任し、韓国の外交業務を担当した。 これで日本は韓国の国権を本格的に侵奪した。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ①日本が韓国を強制的に併合する 乙巳勒約と外交権強奪(p.124)

比較検討
 韓国の教科書では、日本の教科書の「第2次日韓協約」とは違って、「乙巳勒約」という用語が用いられている点が最も大きな違いと言えます。勒約(늑약)とは、強制的に結んだ条約という意味で(2)、第2次日韓協約の不当性を強調するために「乙巳勒約」という単語が用いられているのです(文献によって表記は異なります)。また、日本軍を動員し脅した、国権を侵奪した等の批判的な表現は、韓国の教科書にのみ登場しています。

④ハーグ密使事件

日本:これ(第2次日韓協約)に対し韓国皇帝高宗は,1907(明治40)年にオランダのハーグで開かれた第2回万国平和会議に密使を送って抗議したが,列国に無視された(ハーグ密使事件)。日本は,この事件をきっかけに韓国皇帝高宗を退位させ,ついで第3次日韓協約を結んで韓国の内政権をもその手におさめ,さらに韓国軍を解散させた。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦後の国際関係(p.296)

韓国:高宗は1907年、オランダのハーグで開かれる万国平和会議にも李儁(イ・ジュン)、李相卨(イ・サンソル)、李瑋鍾(イ・ウィジョン)を特使として派遣した※。しかし、日本などの妨害で成果を上げることができず、日本はこれを口実に高宗を強制退位させ、純宗を即位させた。 その後、日本は丁未7条約(韓日新協約)を強制的に締結し、統監が韓国の法令制定、高等官吏の任免など内政権を掌握した。続いて日本は秘密裏に附属の覚書を結び、日本人を各部の次官など韓国の官吏に任命し、大韓帝国の軍隊を解散した。
【※】彼らは列強の反対で万国平和会議に参加することはできなかったが、会議場の外で各国代表に送る嘆願書を発表した。 また、ハーグで発行された平和会議報において、日本の国際法違反行為を暴露した。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ①日本が韓国を強制的に併合する 高宗の強制退位(p.125)

比較検討
 日本の教科書における「ハーグ密使」は、韓国の教科書では「ハーグ特使」と表記されています。そして、彼らが成果を上げることができなかった原因については、日本の教科書では列国による無視、韓国の教科書では日本などの妨害と記述が異なります。また、韓国の教科書の注釈部分に書かれている会議場の外での嘆願書の発表や平和会議報に関する活動は、日本の教科書に書かれていません。
 「ハーグ密使事件」後の展開については、日韓両国の教科書間で概ね共通していると言えますが、「きっかけ」が「口実」、「退位」が「強制退位」、「結ぶ」が「強制的に締結する」というように、比較的強度が高い表現が韓国の教科書に多く登場するのは特徴的です。また、日本が秘密裏に附属の覚書を締結したという内容は、日本の教科書には見当たりませんでした。
 最後に、日本の教科書における「第3次日韓協約」は、韓国の教科書では「丁未7条約(韓日新協約)」と表記されています(文献によって表記が異なる場合があります)。

⑤義兵運動の鎮圧

日本:日本政府は,1909(明治42)年に軍隊を増派して義兵運動を鎮圧した

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦後の国際関係(p.296)

韓国:義兵闘争が続くと、日本は大々的な軍事作戦で義兵を鎮圧した。 特に湖南地域の義兵が持続的に抗戦すると、日本軍は「南韓大討伐作戦」を行い、義兵部隊の根拠地になる可能性がある村落と家屋を焦土化し、良民を虐殺した(1909)。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ②抗日義兵運動と義烈闘争が展開される 日本の義兵鎮圧(p.128)

比較検討
 日本の教科書には、日本軍が義兵運動を鎮圧したという一文が登場しますが、韓国の教科書ではその説明に加えて、南韓大討伐作戦という具体的な事件名に触れ、日本軍による虐殺が起きた点を強調しているという違いがあります。

⑥伊藤博文の暗殺

日本:前統監の伊藤博文が,ハルビン駅頭で韓国の民族運動家安重根に暗殺される事件がおこった。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦後の国際関係(p.296)

韓国:日本は1909年から韓国を併合する※準備を本格化した。1909年7月には韓国の司法権と監獄管理権を奪い、法府と軍部を廃止し、10月には安重根が伊藤博文を処断した事件を口実に韓国併合に対する世論を誘導した。
【※】日本帝国は韓国の国権を強奪する過程で、侵略性を隠す用語を模索した。(中略)日本の韓国「併合」は事実上「併呑」だった。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ①日本が韓国を強制的に併合する 日本の韓国強制併合(p.125)

比較検討
 日本の教科書では、安重根による暗殺事件が起きたという事実のみが述べられている一方、韓国の教科書ではそれを口実に日本が韓国併合に対する世論を誘導したという別の内容が併せて述べられています。
 また、韓国の教科書には、当時の日本帝国が侵略性を隠蔽できる用語を模索していた、韓国併合という表現は実は適切でないという内容の補足説明が記載されています。このような内容は日本の教科書では見当たりません。

⑦韓国併合

日本1:日本政府は憲兵隊を常駐させるなどの準備のうえに立って,1910(明治43)年に韓国併合条約を強要して韓国を植民地化し(韓国併合),漢城を京城と改称してそこに統治機関としての朝鮮総督府を設置して,初代総督に寺内正毅陸相を任命した。
日本2:p.297に「日朝関係の推移」という表があり、1873年から1910年にかけての代表的な出来事が記載されています。その中には本文および注釈では言及されなかった1910年の「大韓帝国を朝鮮に改称」などが含まれます。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦争後の国際関係(p.296-297)

韓国: 日本はロシア、イギリス、フランスから韓国併合の承認を受け、韓国併合条約を強制的に締結した(1910年8月22日)。 この条約の締結で国権を喪失した大韓帝国は「朝鮮」と呼ばれ、朝鮮総督が最高統治者として君臨した。 大韓帝国の最高統治者であった高宗は「李太王」、純宗は「太王」という呼称で地位が格下げされた。

Ⅱ近代国民国家樹立運動 4.日本の侵略拡大と国権守護運動 ①日本が韓国を強制的に併合する 日本の韓国強制併合(p.125)

比較検討
 日本の教科書でも韓国の教科書でも、韓国併合条約が日本側の強制によって締結された条約であるとする内容は共通しています。一方、国権を喪失したという表現は韓国の教科書のみに登場し、大韓帝国の朝鮮への改称については、日本の教科書では韓国の教科書と違って本文中には書かれていません。
 また、韓国併合以降の動きについては、日本の教科書では初代総督に寺内正毅陸相を任命した、韓国の教科書では大韓帝国の最高統治者であった高宗は「李太王」、純宗は「太王」という呼称で地位が格下げされたとそれぞれ書かれている内容が異なります。
 そして、日本の教科書には漢城を京城と改称したとする内容が含まれていますが,韓国の教科書ではその内容が見当たりませんでした。

⑧憲兵警察

日本:警察の要職は日本の憲兵が兼任した。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦争後の国際関係(p.297)

韓国:1910年代に日帝は憲兵警察制度を基に、強圧的な武断統治を実施した。 全国各地に警察官署と憲兵機関を設置し、憲兵に警察業務を担当させた。憲兵警察は税金徴収、検閲、言論指導、衛生点検などの一般行政業務まで担当し、拘留、笞刑、3ヵ月以下の懲役などに該当する犯罪に対して即決審判できる権限も与えられた。

Ⅲ日帝植民地支配と民族運動の展開 1.日帝の植民地支配政策 ②日帝の武断統治が実施される 憲兵警察を通した武断統治(p.163)

比較検討
 日本の教科書では、憲兵が警察を兼任したという一文で簡潔に述べられています。一方、韓国の教科書では憲兵警察が担っていた業務や権限についても言及されているという違いがあります。
 実は韓国の教科書では、日本の植民地政策がおおよその年代ごとに区分されており、今回の1910年代に関しては武断統治という用語が用いられ、その政策の中身について具体的に説明されているのです。

⑨土地調査事業

日本:総督府は,地税賦課の基礎となる土地の測量,所有権の確認を朝鮮全土で実施したが(土地調査事業),その際に所有権の不明確などを理由に広大な農地・山林が接収され※,その一部は東洋拓殖会社や日本人地主などに払い下げられた。

第Ⅳ部近代・現代 第9章近代国家の成立 4.日露戦争と国際関係 日露戦争後の国際関係(p.297)

韓国:土地調査事業は決められた期間内に土地の所有権者が直接申告し、所有地として認められるかたちで進められた。日帝は以前、統監部が国有地に編入した皇室所有の土地を朝鮮総督府の所有地にした。 しかし、この土地は実際には農民の所有である場合が多く、所有者を確定する過程で多くの紛争が発生した。 総督府は国有地とした土地を東洋拓殖株式会社に安値で売却した。

Ⅲ日帝植民地支配と民族運動の展開 1.日帝の植民地支配政策 ②日帝の武断統治が実施される 土地調査事業実施(1910~1918)(p.164)

比較検討
 土地調査事業が行われたという内容は、日韓両国の教科書に共通して登場します。しかし、日本の教科書では土地の測量や所有権の確認とだけ表現されている反面、韓国の教科書では土地の所有者の申告制であったと具体的に説明されています。
 また、日本の教科書では広大な土地が接収されたと述べられていますが、韓国の教科書ではそれに加え、所有者を確定する過程で紛争が起きたと追加で記載されています。そして、接収された土地の売却について、韓国の教科書では日本の教科書と違って「安値で」払い下げられたと明記し、強調している印象を受けます。

さいごに

 お読みいただきありがとうございました!今回は日韓議定書についての内容から韓国併合後の1910年代の植民地支配政策までの出来事について、日韓両国の教科書がどのように記述しているかを見てきました。
 次回は三・一運動から見ていきます。お楽しみに。改めて最後までお読みいただきありがとうございました!

注釈

(2)국립국어원,『표준국어대사전』,「늑약(勒約)」(https://stdict.korean.go.kr/search/searchView.do?word_no=72095&searchKeywordTo=3)を参照(最終アクセス2023年1月2日)。

備考

  • 【※】は教科書本文ではなく注釈部分に内容が書かれていることを指します。

  • *は、補足説明のために追加した注釈です。教科書の原文には記載がありません。

  • 半角のカッコ()は原文に記載のもの、全角のカッコ()は原文にはなく、こちらで追加したものを指します。

  • 各サブタイトル等の引用文以外の文章では、便宜上日本の教科書に登場する名称を基準として用いています。

引用・参考文献

笹山晴生ほか10名,2014,『詳説日本史B』山川出版社(2012年検定済).
국립국어원[国立国語院],『표준국어대사전』[標準国語大辞典],「늑약(勒約)」(2023年1月2日,https://stdict.korean.go.kr/search/searchView.do?word_no=72095&searchKeywordTo=3).
도면회 외 8인[ド・ミョンフェほか8名],2020,『고등학교 한국사』[高等学校 韓国史],ソウル特別市: 비상교육[ビサン教育](2015年の教育課程).(本記事には拙訳し引用)

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