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【掌編小説】深夜、海沿いの道の駅で

私は、車に乗って一人旅をしていたことがありました。

行先も決めずに、車に毛布と着替えと歯ブラシを積み込んで、一路田舎へ。
渋滞を避け、のんびりと走るドライブ旅。
FMラジオをかけ、その地方の地元の情報番組を聞きながら、ご当地グルメや、聞きなれない名所はないかと、ふんわり思いながら運転を楽しんでいました。

走りながら道沿いに出てくる看板を頼りに、道の駅やスーパー銭湯で休み、「The観光地」になっていないようなちょっとおとなしめの名所や温泉をまわる旅は、仕事から離れてリフレッシュをするにはとても良い過ごし方です。

いわゆる「デジタルデトックス」というやつで、スマホはほぼ見ずに過ごすと、はじめのうちはなんだか落ち着かないものの、慣れてくればそれが当たり前のように、伸び伸びと「今ここにいる自分」をメインに考える時間の過ごし方ができるようになってきます。

現代の日本でお仕事にいそしんでおられる皆さん。
自分だけの時間、おすすめです。
でも実は、これこそが最もぜいたくな過ごし方なのかもしれませんね。


さて、そんな一人旅の途中のある日のこと。
日本海側の海沿い、何にも考えずにただ走ってしまっていて、気が付けば深夜二時。

しっかりとした広い道ではあるものの、沿道には店らしい店もなく、コンビニはたしか30分ほど前に通り過ぎた感じ、動くものは暗い海の中にぼーっと浮き上がる白い波のようなものと、道の左右に立ち並ぶ樹木が風で揺れる影だけ。
要するに何にもないド田舎でした。

そろそろ眠くなってきたし、トイレにも行きたい。
困ったな…と思っていると「道の駅」の看板が。
ホッとしてそのまま流れるように駐車場へと入りました。

こぢんまりしていますが、比較的新しい作り建物、清潔そうなトイレ棟があり、居心地は良さそうです。
道の駅の駐車場は、夜でも数台停まっていることが多いのですが、ここは50台分ほどの広さがあるものの、隅の方に一台停まっているだけでガランとしていました。

休憩をさせてもらおうと、真ん中あたりに車を停め、エンジンを切ります。
ふぅ…と一息ついて、車から降りてトイレ棟へ。

海に面して作られた道の駅で、駐車場の奥側はもうすぐそこに海があります。
駐車場と海の間に、大きめのコンビニほどの平屋の建物があって、昼間はここでお土産などを売っているのでしょう。
その横に物置くらいの大きさのトイレがあり、明るい常夜灯が周りを照らしてくれていました。
トイレと平屋の建物の間は舗装されていて海岸へと行けるようでした。

歩き始めて十数歩、視界入った海岸へ行く道にゆらりと動く影のようなものが見えました。
深夜二時です。
人のことは言えませんが、こんなところに人がいるとは思いませんでした。

直感的に引き返して、静かに車のドアを開けて乗り込みます。
運転席から姿勢を低くして、改めて観察してみます。
目を凝らせて見てみてもハッキリは見えませんが、人のような影が一人で立っているように見えました。

ほぼ動かないのですが、ゆらゆらしています。
あまりこういうものは信じていないのですが、場所と時間を考えると幽霊なのかもしれない。
そんなことを考えながら息を殺していると、もう一つの影が現れました。

こちらもゆらゆらしていて、ふわっともうひとつの影に近寄ると、片方は呼応するかのように揺れ、しばらくすると、二つの影が、なんとこちらへ向かって近づいてきてしまいました。

観察などせずにとっとと逃げておけばよかった…
今まで聞いてきた怪談話だと、車で逃げても後で後部座席のシートが濡れていたり、窓ガラスに手の跡が付いていたりと、ややこしいことになることは確定です。

とはいえ、今からでも逃げた方がいい。
移動しようとエンジン始動ボタンに手をかけた瞬間、
駐車場の端っこに停まっていた車がライトをつけました。

そのライトに照らされたのは、人間の若い男女。
10台後半か、20歳そこそこの、着物など着ていない、ちゃんと今風のカッコをした若者たちでした。

人間だった!
とにかくホッとしていると、ライトをつけた車から、数人の男女が喜声を上げながら降りてきて、若いカップルへ走り寄っていきます。
笑顔で取り囲んで、肩をたたいたり、女性がカップル側の女性に抱きついたりしていました。
男女カップルは苦笑いをしながら応対していて、女性は涙ぐんでいるようにも見えました。

今日は土曜日の夜。
ただの地元でたむろっていた若者たちの集まりだったのか。
ホッとしたのか尿意が復活し、車を降りて、彼らを回り込むようにしてトイレに向かいました。
用を足している間も、楽しそうに笑う声が聞こえてきます。

トイレから出て車に戻る時、取り巻いていた中の一人が声をかけてきました。

「すみません、お気遣いいただいて」

その男女カップルは、周囲の誰もが認める両想いだったのに、二人ともどうも煮え切らない態度で、関係がなかなか進展せずに、仲間たちがヤキモキしていたとのこと。

このままではいけないと、一念発起した彼が、彼女を呼び出して告白し、成功した。

いつも優柔不断な彼だったのと、ひとけのない深夜の場所に呼び出されたと彼女から聞いた仲間たちが心配して、カップルには内緒で、ひっそりと見守っていた。
というのが、事の真相のようでした。

そして、道の駅に着いた直後に、車を降りてトイレに行こうとしたのに、急に戻った私の動きを、仲間たちに見られていたようで、私がカップルたちの告白に気を遣って車へ戻ったのだと思ったようで、私に話しかけてくれたようでした。

ちょっと恥ずかしかったですが、素朴で仲良しの若者たちの告白に立ち合えて、心温まるエピソードが聞けて、あと、幽霊じゃなくて、本当によかった。

ちょっとした旅の思い出になりました。

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