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【連載3】聖女の誓い

「おお聖女様、お目にかかれて光栄でございます」
「高名な聖女様、ぜひ私の領地にもお越し下され」
「聖女様、ご機嫌麗しゅうございます」

宮廷の社交界の場に参加した若き僧侶に、王国の名だたる貴族たちが、皆、恭しく頭を下げる。

教会の権威者の娘である彼女は、幼い時にたまたま聖典の一部を暗唱したことで周囲から驚かれ、それからは「奇跡の聖女」として各地の祭事や、災害救助などの教会の事業に随行し、広告塔として、教会のプロパガンダを担う存在となっていた。

「私のような者でお力になれるのでしたら、どこへでもお伺いいたしますわ」

このような扱われ方にはとっくに慣れている。
聖女聖女ともてはやしておきながら、少しでも尊大な態度を見せると途端に悪評が立つ。
もちろん、私自身、聖女でもないし、特別な力があるとは思っていない。
ただ、他の年配の教団幹部たちと比べ、若く清らかなイメージを持つ私は信者からの支持も高く、教会の中でも一目置かれる存在となっていることに関しては、実にありがたい立場を得たと思っている。

私には、今、実現したいことがある。
それは北の帝国と南の王国の戦争を止める事だ。

魔王が出現しこの世界を支配しようと攻勢を仕掛けているというのに、帝国と王国は依然として国境をめぐり、激しく争っている。

かつて慰問に訪れた国境の街で、年端もいかない子供たちが主義も思想もわからずに剣を持ち、命を落としたり、大けがを負う光景を目の当たりにし、どうにかしたいという使命感に駆られた。

「聖女」として民衆の支持を得て影響力を私が発言することで、両国の為政者たちへ意見を通し、今も繰り返されるあの悲劇を終わらせたい。

そのために私は今日、王国の首脳部の参加する晩餐会に出席している。
この後、多くの貴族が見守る中、王への謁見で私が停戦の献策をする。

民から慕われる”聖女”からの涙の陳情に心動かされた王が帝国へ停戦を申し出、幾年と続いた戦乱に終止符が打たれる。

まるで叙情詩の一幕のようなこの状況に私は酔いしれていた。
この大事を成し遂げられたとしたら、聖女と呼ばれることに少し誇りを持てるかもしれない。

そんな中、大広間に大臣の声が響き渡る。

「では王より、本日登城された聖女様へお言葉がございます」

周りの貴族たちが皆、大広間の奥の壇上、玉座に現れた王へ。即座に向き直りひざを折った。
私も、王の壇上の面前へ進み、膝をついて伏す。

事前に侍従長と示し合わせた通り、この後、私から王に帝国との停戦を具申する流れだ。

「聖女よ、よくぞ来られた。そなたの名声は聞き及んでいる。」

「謁見が叶いましたこと誠に嬉しく存じます。そして、本日は…」

「ふむ、大義である。今日は余からそなたに使命を授けたい」

使命?
事前の打ち合わせとは異なる言葉だ。
王への謁見はそう簡単に行えるものではない。
王の側近へ願い出て、人物評やその功績を大臣たちに吟味され、許可が下りてからも、公の場での王からの言葉に寸分の誤りも出ないよう、慎重に謁見内容のすり合わせが行われる。
このような齟齬があるということは、単なる伝達の不備か、もしくは何か意図的なものがあるのか。

「余は、この度、この世を我がものとせんとする魔王を、打ち滅ぼすための、討伐隊を募ることとした。名乗りを上げてくれた者たちは、皆そなたと同世代の若く、そしてこの国を想う勇敢なものたちだ。そこに、清きそなたの力を貸してはくれまいか」

「…御意、…謹んで拝命いたします」

耳を疑う言葉だったが、この場で王の言葉に異を唱えることはできない。
魔王討伐の王命を拒絶するとなれば、私の”弱気を助ける聖女”としての名声は地に落ちることになる。
王を直視できないまま、言葉を絞り出す。
その後、侍従から王命に対する補足が述べられていたが、もはや聞こえてこなかった。

王が退室し、ふと顔を上げる。
先ほどまで笑顔で私を見ていた貴族たちが、皆、無表情でこちらを見ている気がした。
いたたまれなくなった私は他の貴族たちへの挨拶もせずに足早に謁見の間を去る。

次の日、私は教団から改めて「魔王討伐軍参加」の任務が下る。
数日後、準備を整えたのち、同世代の英雄の卵たち数人と連れ立って、遥か遠方からこの世界の支配を窺う人間の大敵を打倒する旅に向かうことになる。

若き聖女が、王命を受け、人類を救う旅に出る。
これこそ叙情詩の一幕かのような見事な王国賛美のプロパガンダだ。

そういうことだ。
私は勘違いしていた。
王国は、決してただの客寄せでしかない私に影響力などない。
いや、影響力など”出させない”のだ。
私は、この国の支配者たちの操り人形でしかないのだ。

しかし、今私はこの王の裁定に感謝をしている。
魔王討伐の旅は、王国の影響力から私が脱却する良い機会だ。
魔王を倒し、そして今度こそ、真の聖女として凱旋し、この国を変えて見せる。

そう誓った。

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