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[小説]『無伴奏ソナタ』感想

概要

オースン・スコット・カードの1977年~1979年の短編を集めたSF小説群。
あまり小説を読んでこなかった私が、SF小説を読みたいなと有名作品を色々と買い漁った中の1冊。
短編ごとの感想を書いていきますが、若干ネタバレ的な内容を含みます。(あまりしないつもりですが)

『エンダーのゲーム』(短編版)

1作目が『エンダーのゲーム』で、この本を読む以前に既に長編版(上下)を読み終えていました。
そのため、再読している気分になってしまいました。こちらを先に読んでおけば良かったかな、と少し後悔。

『エンダーのゲーム』は映画化されていて、私は小説の前に映画から入っています。
その映画版が非常に面白かったため、原作が気になり読み始めたという経緯です。
映画版、長編小説版ともに、敵対する勢力は「バガー」と呼ばれる虫(蜂)状の生命体で、どことなく『スターシップ・トゥルーパーズ』のような感じに思えました。
この短編では敵対勢力をはっきり明示せず、人間だったのかエイリアンだったのか不明なまま終わっているのが不穏でした。
(人間との戦いであれば、エンダーの葛藤はより大きいものであったと感じます)

個人的には映画版が非常によくできていたと実感できましたので、小説版も良いですが、特に映画版の方をお勧めしたいところです。

『王の食肉』

どことなく不穏なタイトルだなと思っていたら、やはり見事にエグい話でした。
牧歌的な世界観に思えましたが、典型的なトラップにやられた感じです。(映像作品であればある程度予想がつきそう)
一つ印象に残ったのは、「裁判」のシーンです。この部分は非常にSF的で、なかなか面白いアイディアだなと思いました。
原告、被告の弁論方法が、ある装置を使って記憶を映像としてそのまま傍聴人含め全員が垣間見れるというもので、これなら嘘の供述もできないなと感心しました。
全体的にシュールなエグさを感じました。

『深呼吸』

最初、『ファイナルデスティネーション』じゃん!とツッコミを入れながら読んでしまいました。(この小説の方が圧倒的に先です念のため)
奇妙な設定の短編で、シャマラン風とも言えそうです。ただやはりエグい設定であり、救いがない話と言えます。
一人不穏な真実に近いと感じている状況、自分だったらどうするかと考えますが、恐らく自身の行動に限界があることを知るので、偶然を装って少数の人を救うことしかできないかもしれません。
最後の最後は読んでいてとても怖い。現実にあってもおかしくない光景に思えました。映画『ノウイング』を思い出してしまった。

『タイムリッド』

ここまで読み進めると、何となく全体的な流れがわかってきました。
もしや、このSF短編集はエグい話しかないのかな?と。

この短編も似たエグみを持っていて、少々悪趣味です。
ただ、近未来において娯楽の1つとしてあってもおかしくない麻薬的な何かなのかもしれません。
(結局、過去、現在、未来どれをとっても人間の「中毒性」というものに進歩は見られないのか)

この話に関しては、少々ツッコミどころはあります。
過去を変えることが可能なのであれば、何をしたかという確認以前に、そもそも時間を移動した時点でアウトにしないとマズい。
仮に時代が変わってしまったとしたら取り返しがつかないわけだから。
(映画『サウンドオブサンダー』では確か恐竜時代で何かを踏んだら、その影響で未来が変化してしまう展開だった。)

いずれにしても、「トラック」という方法を選ぶところがエグい。

『ブルーな遺伝子を身につけて』

タイトルでは遺伝子を「ジーンズ」と表記していますが、「ジーン」の方が良いのではと思いました。(英題は複数形)
ここに来て、映画化ができそうなSF展開だなと思いました。
地球から別惑星に移民し、800年も経過した時代。外宇宙から「母なる地球」を探査しに来た数人の人類の話。
個人的な好みである「世界崩壊後」のジャンルにあたります。
(SF世界のため多少毛色は異なります)

文体や言葉遣いに乱暴さがありますが、設定としてはかなり面白いなと感じました。
アメリカとロシアが地球規模、生命規模の破滅的な戦争状態。地球環境を絶望的な状況に追いやってしまった、頑なに「敵がいる」と信じ込んでいる人々の話。
なかなかに人間心理の愚かさが皮肉として描かれていました。

知能があり、全てを捕食できる単細胞生物(アメーバ)というものも登場し、これは映画『ライフ』を思い起こさせました。
(『ライフ』の生命体は凶悪で、あの世界線での地球は終わりだと思いますが・・・)

また、「人間」がDNA改変で別の生命体として変化した場合、果たして(より完全であっても)「人間」と言えるのだろうかというテーマ性も感じられました。
人間としての「カタチ」を保っているから人間なのか、別の生命体として変化してもより完全に近いものであれば、それは「進化」だと言えるのか。
今後、仮に遺伝子の研究が人体にまで及んだ場合、人類に課された大きな問題なのではないかと感じられました。

四階共用トイレの悪夢

全編SFなのかと思いきや、まともなホラー話でした。
いきなり別ジャンルになった新鮮さがあり、またなかなか不気味で不条理な展開で楽しめました。
80年代くらいの不可解ホラー映画にありそうな題材です。
「ヒレ」の手と言われてピンと来ませんでしたが、吸盤のような感じらしく、何となくイメージできました。
が、それが皮膚を剥がすとなるとまたピンと来ませんでしたね。
これが、主人公の闇から生まれたものなのか、実際に正体不明の存在だったのか、謎なところがまた想像をかきたてさせてくれます。
(個人的には、幻影と思いきやある種の心の波長が合うと見える何かだと思っており、妻が目を覚ますと見えてしまう展開が好みです)

死すべき神々

かなり短い話なのにインパクトがとても強い作品。
非情に哲学的な題材だと思います。目から鱗が落ちた感覚でした。
「永遠の命を持つ存在にとって、寿命がある存在は神のように見える」
普段、限りある命である人間が持つ神々への羨望、「永遠」というものの別の見方と言えるでしょう。
地球外生命体が何ら障害なく人間社会に溶け込むという描写も面白いと思います。
全体を通して1,2を争う良作でした。

解放の時

難解なパラドックスのような話。
思うに、迷いのある者が死に瀕したとき、現在、過去、未来を通したパラレルワールドにアクセスし、その者が救われる光景を垣間見ることができるという意味だと受け取りました。
そう考えると、主人公の迷いや苦しみが解放されるという救いに繋がるため、個人的にはそう捉えたい願望があります。
(また、自分自身にも照らし合わせ、こうであればいいなと思う部分もあります。)
発想としてとても斬新だなと思いました。

アグネスとヘクトルたちの物語

全編を通してかなり長い作品。(長編とまではいかない)
この話は、読んでいて手塚治虫の『火の鳥』を思い出す無常さを感じます。
主人公であるアグネスにフォーカスしつつ、同時にヘクトルという惑星型生命体(?)の意思を垣間見ながら進んでいきます。
リアリティあるSFかと思いきや、かなり寓話的な雰囲気を感じました。
このヘクトルの内部(良質な環境で人間が移住することになる場所)は、かなり広大なスケールのようですが、どの程度のものかが今一つイメージし辛いところがありました。
惑星規模の細胞膜のようなイメージでいましたが、実際のところどうなのでしょうか。

終盤の展開は不条理なようでいて、宇宙全体を俯瞰すると些細な変化なのかもしれない、哀しげな壮大さがあります。
人間にとって未知の出来事などは、宇宙規模で眺めたとき、それはわずかな変化に過ぎないのかもしれません。
ヘクトルという疑似惑星(?)も一つの生命体としての機能と役割を果たしただけであって、その過程で運悪く(?)人間が巻き込まれてしまったということなのでしょう。
ただ、その命の尽き方を見るとやるせない気分になります。唯一の救いとしては、「無意味ではない」ことに尽きるのではないでしょうか。
オースン・スコット・カードは、恐らくこの唯一のわずかな救いだけは残しておきたかったのではと感じました。
(全編において言えることかもしれない)

磁器のサラマンダー

とても綺麗な物語で、非常に寓話的な展開。
珍しく魔法のようなものが存在するファンタジー世界が舞台。
ただ、やはりこの世界でも優しさだけが描かれる幸せな空間ではなく、その中には人間の持つ愛憎、慈悲、そして哀しみといった感情が見て取れます。
現在、過去、未来、異世界、どのような世界観であっても、人間の持つ本質は変わらないといった普遍的テーマを感じます。
物語としては非常に儚く美しいものがあります。童話のような優しげで、それでいてどこかに暗がりを感じる世界観です。
この物語を読んでいて、恨みから呪いの魔法をかけた少女に対し、自らの愛で呪いを解いた『マレフィセント』を思い出してしまいました。

無伴奏ソナタ

本小説タイトルを冠する物語。
思ったより非常に短い話ですが、読み終えて衝撃を受けてしまいました。
未来の世界、または別の惑星が舞台なのかもしれませんが、ある管理体制(法律)によって、全ての人間がその適性から役割を配置される世界。
私はこれを読んで、AIによる管理社会の果てを見た気がしました。
全ての人間がその適性をもって配置され、それ以外のことを知ることがない管理社会。
大多数の人間にとって、実は最良で幸福と言える体制なのかもしれません。(実際に作中ではそう描かれていた)
既に生まれたときからこのシステムの下で生きているのであれば、全体としてこれほど効率的な仕組みはないでしょう。
成功も失敗も、後悔も失望も、自身の「選択」からは結びつかない世界。
絶対的な「システム」による振り分けは、誰の疑いもなく、ある意味「神」による采配といえます。
この世界から抜け落ちた「自由な選択」という要素。
この自由意志の選択について、深く考えさせられました。
人間としての最大のテーマであると言えるように思えます。
AIによる管理社会で自身の選択の余地なく、全て最良の選択がなされたとして、それは果たして人間としての進歩であると言えるのだろうかと。

淡々と語られていく展開には、やるせない気持ちになりました。
本来自分がやりたかったことであっても、法律という絶対的な「ルール」で制限された世界。大多数が幸福であっても、この世界は「ディストピア」と言えるでしょう。
(ただ、結局のところ黒く醜い本質を持つ人間性をも肯定することになり、このことが葛藤を生む。ただし、その葛藤こそが人間としての伸びしろと言えるのかもしれない。)

この物語を通して、現在の自分自身に置き換えてしまう箇所がいくつもありました。
恐らく、読む人とその時代によって、感じ方が大きく変わる物語だと言えます。
主人公は最後の最後、自らが生み出した歌を聞き、自分の役割は果たしたと清算がついたのだと判断しました。
その清算が出来たということは、彼がそれだけ自分の思いに正面から立ち向かう瞬間があったからこそだと思えることが救いでした。

まとめ

全体的に、SFという架空の世界にあってどこか恐ろし気なホラー要素、冷たい現実感が隣り合っていたような作品集でした。
中には映像化できそうなものもあり、逆にこれは内面的な描写が多すぎて映像化には向かないなと思えるものもありました。
その分、非常に人間の感情の機微を表現しており、SFというジャンルに囚われない斬新さを感じました。読んで良かったなと思える短編集でした。
中でも『死すべき神々』、『無伴奏ソナタ』には衝撃を受けました。
これは映像化が難しい世界観であり、小説ならではの良さが垣間見れました。

これら短編集を読む限り、オースン・スコット・カードの本領はどちらかというと、こういった内面を描く方向性なのかなという感想を持ちました。
(一番最初に読んだのが『エンダーのゲーム』長編版だったため、印象の違いに戸惑った)
しばらくは他の有名SF作品を読み進めてみようと思いますが、またこの作者にも戻ってこようと思います。

#読書の秋2022

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