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品切紹介、短編案内などに当てはまらないレビューを書いてます。
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京極夏彦『書楼弔堂 破曉』(集英社文庫)【読書メモ】

京極夏彦『書楼弔堂 破曉』(集英社文庫)【読書メモ】

※ネタバレには注意しますが、未読の方はご注意を。

 月岡芳年、泉鏡花、井上圓了……オールスター的に登場する明治の実在の人物たちが、〈書楼弔堂〉なる書舗(ほんや)の主とやり取りをしていく中で、主から一冊の本を提示される、という構成で描かれている連作小説です。最初は連作ミステリ、と書こうかな、と思いましたが、ミステリ色はかなり薄めなので、やめることにしました。敢えて言うなら、第四話目にあたる、「贖罪

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長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房)【読書メモ】

長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房)【読書メモ】

 ※ネタバレには注意しますが、未読の方はご注意を。

 読み終わってからすこし時間が経っている。実はこちらに感想を書くかどうか迷っていた。つまらなかったわけじゃない。逆に、後半こんなにも心揺さぶられたの、ってすごい久し振りだ、と思うほどの強烈な読書体験があった。でもそこへ至るまでの生々しさ、護堂恒明の現状に心を重ねて息苦しくなる感覚、あまりのつらさに読み進めることを拒もうとする自分がいることにも気

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高野和明『踏切の幽霊』(文藝春秋)【読書メモ】

高野和明『踏切の幽霊』(文藝春秋)【読書メモ】

 一九九四年の終わり、元新聞記者で現在は女性誌の取材記者をしている松田は、下北沢の踏切で撮られた心霊写真を取材することになり、やがて知るそこで起こった事件に足を踏み入れていく。ということで本作は妻が死んだことをきっかけに、ぽっかりと心に穴の開いたような気持ちで日々を過ごす記者を主人公にした、ファンタジックな雰囲気の現代サスペンスです。ファンタジックな雰囲気、と書きましたが、内容はかなりシリアスで、

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フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(光文社)【読書メモ】

フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(光文社)【読書メモ】

※ネタバレには配慮しますが、未読の方はご注意を。

 真を得た(あるいは知った)偽りが、真実を取り戻そうとする物語。本書を読み終えて最初に浮かんだのが、この言葉でした。本来共鳴するはずのなかったふたつの魂に触れて、二重の意味でそんなふうに感じてしまいました。ちょっと分かりにくいですよね。すみません。ネタバレの問題もあり、曖昧な表現しかできないんです。

 舞台は20世紀はじめのイギリス。気が付くと

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折原一『グッドナイト』(光文社)【読書メモ】

 ※ネタバレには配慮しますが、未読の方はご注意を。

 眠れない、眠れない。そんな日が続いている。苦しい気持ちを逆撫でするように、隣の部屋から聞こえてくるのは、隣の部屋の生活音。我慢しようとすればするほど、余計に気になって眠れなくなってきて、心はささくれ立っていく。

 ということで、今回紹介するのは、「メゾン・ソレイユ」という古びた三階建てのアパートを舞台にした連作集『グッドナイト』です。短編同

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歌野晶午『首切り島の一夜』(講談社)【読書メモ】

歌野晶午『首切り島の一夜』(講談社)【読書メモ】

※ネタバレには気を付けますが、未読の方はご注意を。

 いやー、困ったな。これ。どうしよう。……とのっけからひどい一文で、はじめてしまった自覚はあるのですが、正直作品の説明がしにくい。そしてたぶん私は作者の企みを三割も理解できていない気がする。そんな私が敢えて言えるとしたら、私はちょっとずつ作品を読み進めていたのですが、これは途中で時間を置かずに、まとめて読んだほうが、ミステリ的な企みへの理解を深

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河合莞爾『豪球復活』(講談社)【読書メモ】

河合莞爾『豪球復活』(講談社)【読書メモ】

 ※ネタバレには気を付けますが、未読の方はご注意を。

 本作は、記憶喪失の元天才投手が復活を目指す物語に、過去に起こった事件、というミステリ要素を絡めた作品です。作者の河合莞爾は、約七年ほど前に、『救済のゲーム』なる結構な大作のゴルフミステリを書いていて、この作品にすごく良い印象を抱いていたので、発売を知ってから、楽しみにしていた作品でもありました。

『ドカベン』などを書かれた水島新司の作品に

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夕木春央『方舟』(講談社)【読書メモ】

夕木春央『方舟』(講談社)【読書メモ】

 ネタバレには配慮しますが、未読の方はご注意を。

 誰かひとりが犠牲にならなければ、生き残れない極限の状況下で起こった殺人事件。だとすれば、犠牲になるべきは犯人だろう。本書はそんな特殊な舞台でしか成立しえない秀逸な動機と予想もしていなかった強烈な結末がとても魅力的な一冊です。

 この結末を読むためだけでも、買う価値がある、という言い方をすると、ただのインパクト頼りの作品なのか思われてしまいそう

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謎は、これからも続いていく。「またね」と言って ――倉知淳『ほうかご探偵隊』(創元推理文庫)感想

謎は、これからも続いていく。「またね」と言って ――倉知淳『ほうかご探偵隊』(創元推理文庫)感想

※敬称略

 小学五年生の藤原高時が、朝、教室に入ると、自分の机にもう要らなくなって教室に放置していたはずのたて笛が、真ん中部分のみ無い状態で立て置かれていた。このクラスでは先週から、要らない物が次々と消える〈不用物連続消失事件〉が起こっていて、高時は自分が四番目の被害者になってしまったことを知る。クラスの雰囲気や消失した物から〈いじめ〉とも考えづらく、不可解さばかりが際立つ事件になっていた。生徒

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何を読むべきか決まらないあなたへ

 今、noteでこんな企画が行われているみたいです。

 季節に関わらず、読書へのきっかけ、小説の愉しさが共有されていく機会が増えていくのは、とても嬉しい人間なので、こういう企画が盛り上がっていくのを見るのは温かい気持ちになります。……と言いつつ、私はまだ一件もこのタグを使って記事を書いていないのですが。

 そして記事には、

今回はさまざまな出版社に、「課題図書」を合計56冊選んでもらいました

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ミステリは、はらわたを求めている。 白井智之『名探偵のはらわた』(新潮社)

ミステリは、はらわたを求めている。 白井智之『名探偵のはらわた』(新潮社)

 はらわたから始まる物語が、名探偵のはらわたとともに変転し、名探偵のはらわたとともに閉じていく。……というのは読んでいないひとからしたら、まるで意味の分からない言葉だと思いますが、要は読み終えた時、そのタイトルがあまりにもしっくりと来る作品だ、ということです。

 この作品は特に事前情報は得ずに読んだほうが良いタイプの作品だと思うので、いつも通りネタバレには注意しますが、この駄文に付き合っている暇

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自意識の檻に囚われたあなたへ贈る一冊『黄金色の祈り』西澤保彦

自意識の檻に囚われたあなたへ贈る一冊『黄金色の祈り』西澤保彦

 もしも見たくないものがあるなら眼を瞑ればいい。そうすれば何も見えなくなる。

 これは自分の人生なのに。
 他の誰のものでもない、この、自分自身の人生なのに。
 主役を、やらせてもらえない。

 折に触れて読み返す一冊の小説がある。自意識の檻に囚われそうになった時、その本はいつも私のそばにあり、その容赦のない悲痛さに、語り手の不安に、私自身の感情が千々に乱れていくのを自覚しながら、それでも読後、

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童話の感想を背景について一切考えずに書き散らかしてみる「赤ずきん」編

童話の感想を背景について一切考えずに書き散らかしてみる「赤ずきん」編

〈最初に〉 タイトルに書いた通りです。童話を紐解く時、現代の感覚なら首を傾げてしまう場面でも、本来なら時代背景、成立背景を鑑みながら、噛み合わない部分を解消していく形がもっともベターなやり方……かどうかは知りませんが、そうされている方が多いと思います。とはいえ私は無精者なので、そういった別の資料に当たって物語の背景に隠された意味を拾い上げるようなことはしません(そもそもできないし 笑)。ただただ今

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それを知るのは十年先のこと #あなたに送るブックレビュー

それを知るのは十年先のこと #あなたに送るブックレビュー

学校蝙蝠は、町をぐるりとまわりながら自分が町に告げるべきことを告げた。
今宵は夜市が開かれる。

 その一冊に出会った頃、あなたはまだ十代の学生で、先のよく分からない漠然とした不安と、先のことなんてどうでもいいやと投げやりな気持ちを抱えながら深夜帯のアルバイトに明け暮れる毎日でした。真面目な学生だったかと言われると、残念ながら疑問符が付きます。でも不真面目を割り切っていたかと言われると、それはそれ

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