マガジンのカバー画像

創作【掌編・ショートショート】

87
こちらのマガジンには4000字以内のショートショート・掌編小説を収録しています。
運営しているクリエイター

記事一覧

遅刻する僕と人生のお話【掌編小説(約2000字)】

遅刻する僕と人生のお話【掌編小説(約2000字)】

 思えば僕の人生は、つねに遅刻の言い訳とともにあった。

 幼稚園の時、遊ぶ約束に遅刻した僕は、「なんでちこくしてきたの」と幼馴染のカエデちゃんに言われて、「まいごのドラゴンさんがいたから、いっしょにおうちを探してた」と伝えた。信じてもらえなかった。

 小学校の時、スピーチ大会の日に遅刻した僕は、「なんで遅刻してきたの」と先生に言われて、「妖精に会ってました。正直者だから、って、一時間だけ死期を

もっとみる
雪月夜に、彼女は。【掌編小説(約3000字)】

雪月夜に、彼女は。【掌編小説(約3000字)】

 降り積もってから、まだそんなに時間の経っていない新雪が、紅く染まっている。

 やっぱり、雪は真っ白なままがいいね。

 と誰かが言っていたけれど、いま僕の目の前にある光景を見たら、どう答えるだろうか。聞いてみたいけれど、誰が言ったのかも思い出せない。なんでこんなことになってしまったのだろう。

 事のはじまりを探して、記憶を巻き戻してみると、仙台の実家に帰省して三日目の夜、悠梨がいないことに気

もっとみる
浦島前日譚【掌編小説(約3000字)】

浦島前日譚【掌編小説(約3000字)】

 むかしむかし、カメはいつも竜宮城を抜け出しては、とある村の海辺で遊んでいました。カメにとって、そこは憩いの場だったのです。カメは乙姫様からの寵愛を受けていたのですが、そのことが周囲のやっかみを買ったのでしょう。彼がいる時の広間の雰囲気はぴりぴりとしていました。人間は怖い存在だから城から出てはいけない、という決まりをカメは破っていたわけですが、乙姫様は殊にカメを可愛がっていましたから、大目に見てい

もっとみる
年越しに、ジャンプを。【掌編小説(約1600字)】

年越しに、ジャンプを。【掌編小説(約1600字)】

「あって当たり前、なんて思ったら駄目だと思うんだ」
 と脈絡もなく、彼女が言った。いつものことだ。

「何のこと?」
「日本はもうすぐ年越しの時間になるわけでしょ」
「まぁ時間的に言えば、そうだね」
「いま日本があって、そして地球があって当たり前と思ってるわけだ。私たちは」
「まぁ、そうだね」

 数年前に日本を離れて、僕たちは一緒に暮らしはじめた。慣れない土地はやっぱり不安で、周囲のひとたちの人

もっとみる
髪切るハロウィン【掌編小説(約2600字)】

髪切るハロウィン【掌編小説(約2600字)】

 切ったのは。

 髪は女の命、と聞いたからだ、と思う。彼女の命を自分の物にできないのなら、その代わりに、もうひとつの命を、と。

 あとになってからそう言葉にしてみただけで、あの一瞬、本当にそんな感情がよぎったのか、実のところ分かっていない。僕の曖昧な心の問題はおいておくとして、とりあえず事実を述べるなら、小学生の時、僕は彼女の髪を切り、その半年後、彼女は死んだ。ハロウィンの日に、高級外車に轢か

もっとみる
小箱に隠して【掌編小説(約3600字)】

小箱に隠して【掌編小説(約3600字)】

 ふたりで暮らすにはちょっと狭いけど、ひとりだとすこし持て余すね。

 一緒に暮らしはじめてすぐの頃、仕事を終えて帰ってきた僕に彼女がそう言ったことがある。

「別に疑っているわけじゃないんだけど、たまに、ふと思うんだ。ふたりは恋人同士だったんじゃないか、って。ごめん、嫌な気持ちになったら」

 と夏澄さんが言った。

「いえ、大丈夫です。本当に僕と悠紀は、友達、でしたよ」

 私たちは友達。誰よ

もっとみる
神様からのメッセージ【掌編小説(約2200字)】

神様からのメッセージ【掌編小説(約2200字)】

 俺が小説の神様から才能を貰った時の話をしてもいいかな。知ってるよな? そうそう、小説投稿サイト内でたまに話題に上がる都市伝説みたいなやつだよ。ときおり投稿サイトであまり芽が出ない人間のSNSに〈小説の神様〉っていうアカウントでメッセージを送ってくるんだけど、まぁどう考えてもうさん臭い感じで、もし何も知らない状態で見たら絶対に無視する内容なんだ。

 おめでとうございます。あなたは神に選ばれました

もっとみる
書き殴り、書き、殴る

書き殴り、書き、殴る

むかしガチュクチュの花は植物学者の血を啜って花弁を青に染めていた。ガチュクチュは造花ではなく、死花には自身を生花として過ごした一生があった。カベイロは壁のとりもちに付着した木乃伊の頭に差したストローから女の体液を啜って木乃伊として過ごした余命一年の一年もあったが、結局彼が生きたのは三百年だった。藪医者を責めようと思った時にはすでに医者は壊れていて新たに取り替えられていたから怒りのやり場はなかった。

もっとみる
僕の反撃【掌編小説(約1100字)】

僕の反撃【掌編小説(約1100字)】

 朝、目を覚ますと、僕は眠っていた。僕は、僕の身体を揺する。僕は横になったまま、僕の顔を殴る振りをした。

「ほら、さっさと仕事へ行けよ」

 と僕は言った。僕は今日もずっと自宅に寝転がりながら、一日を過ごす。僕は僕を愛しているし、僕もまた僕を愛している。ただ、僕は愛情と同じくらい僕を憎悪しているのだが、僕は僕を憎んでなどいない。僕は僕がいなくても困らないが、僕は僕がいなくなると生活ができなくなる

もっとみる
戻れない春の挿話【掌編小説(約3600字)】

戻れない春の挿話【掌編小説(約3600字)】

 おじぎするように控えめに咲くしだれ桜に挟まれた並木道を、あなたはひとりゆっくりと歩を進めていく。

 少女の頃の面影を残しながらも、あなたはだいぶ大人になった。

 幼い頃から自己評価が低いのかなんなのか、あなたの自分に自信の持てないところは相変わらずで、誰かがそう言えば、きっとあなたは首を振るだろう。だけど僕が保証する。

 あなたはとても綺麗になった。

 僕を置き去りにするように、本当に。

もっとみる
鳴き声も残さず、カッコウは【掌編小説(約3100字)】

鳴き声も残さず、カッコウは【掌編小説(約3100字)】

かんこどり【閑古鳥】
1、カッコウの異称。2、寂しいことのたとえ。「今は――が鳴く〔=さびれている〕(ような)ありさま」――『新明解 国語辞典 第八版』

「閑古鳥って、結局はカッコウのことなんでしょ? 不吉じゃない?」

 彼女がマスターに想いを寄せていることを、そのカッコウは知っていました。彼女がその喫茶店を訪れる理由はそれ以外にはありません。常連さんと呼べるお客さんは彼女くらいで、一見さんも

もっとみる
夜明け前の新世界から【掌編小説(約1000字)】

夜明け前の新世界から【掌編小説(約1000字)】

 

 これは僕がまだ陽の光を昔話でしか知らなかった頃の話だ。

※※※

「初日の出、って知ってる」
「……初めて、聞いた」
「じゃあ今日が、初めて知った日だね」

 この街よりもずっと遠く、彼女のかつて住んでいた街では、初日の出、という新年最初の夜明けを喜ぶ習わしがあるらしい。

 人工的に小さく射した灯りを消したせいで、実際に彼女の表情を見ることはできなかったけれど、くすり、と笑うその声から

もっとみる
私が一番欲しかったもの

私が一番欲しかったもの

「サンタさんは子どもたちを夢と希望に溢れさせたい、って思っているから、良い子にしているとイブの夜にあなたたちの一番欲しい物を運んでくるのよ」

 たしか小学校の低学年くらいのことだったでしょうか。クリスマスに向けて飾り付けられた教室で、給食の時間に、あわてんぼうのサンタクロース、がラジカセから流れる12月の中頃だった記憶があります。例年よりも早めの雪がグラウンドを覆う、とても寒い日に、担任の先生が

もっとみる
赤に染まる世界で【掌編小説(約3300字)】

赤に染まる世界で【掌編小説(約3300字)】

もう私たちの関係を終わりにしませんか……。

 今冬最初の雪が降った日、僕は恋人として一緒に暮らしてきた女性から別れを告げられた。その期間は一般的に言えばながく、だけど、終わりなど想像もできなかったはじまりの頃を思えば、それはあまりにも短かった。彼女の言葉を聞いて、僕は哀しみや怒りよりも前に、あぁ最後まで彼女は僕に対して敬語だったなぁ、と、どうでもいいことを考えていた。

 僕たちは関係を持つ前か

もっとみる