常識と良識と病識と夢の季節#06

統合失調症の疑い。そう記された書類を見てから
気がつけば僕には病名が付けられていた。
統合失調感情障害。
僕は恥ずかしい事にそれまで精神病なる病気の概念も
何もかも知らなかった。
それからネットで調べたり、誰が何年にこの概念を発見し、なんて知らなくてもいいような事まで頭に叩き込んだ。やれと言われていたらここまでやらなかっただろう。
ユキのサポートもなかったら、関連疾患についてまで知れば知るほどに
悲しくなり、人生に辞表を出していたと思う。
おそらく受理されないだろうが。

悪天候により、いつものツーリングは中止になった。
日中のユキの部屋にあがることは初めてで
お邪魔しますなんて口にしていた。

「何回もきてるのに、今更じゃんね。」

今の今更になって気付いたけど、室内のありとあらゆる所に
ピルケースがあった。だいたい20個くらい。

しばらくはそのまま、ぼーっとしていた。
僕等にしては珍しい時の流れ方だったと思う。

「気付いた?そう、私もなの。」
「よく僕もだって解ったね。」
「ライムも解ってたでしょ?」
「なんとなく、ね?感じてた。」

「じゃあちゃんと答え合わせっていったら語弊があるけど、しようか?」

声が重なる。

構うもんかといった調子で続けた。特段何もないから怒ってるわけでもない。ただ僕の方が先に話した方がユキも話しやすいだろう、と思ったから。

「僕の現時点での診断名は統合失調感情障害。きっと他にも
つけようと思えば病名がつくような性質もあると思う。でも僕も主治医も認めてるのはこれだけ。」

「私はね、パニック障害。医者からは何十個も病名言われて正直、自分の話で大事な話なんだろうけど覚えられなかった。でも
過ごしていく日々で死ぬわけじゃないんだけど、発作がよく起きてパニック障害だけは認めるしかなかった。」

「病識をはっきり持つまでに僕は発病から約4年を要した。クスリって響きがどうしても好きになれなくて、どんなに頭が痛くても自然に引くのを待ったし、こんな人工的なものに頼ってたまるかと忌み嫌っていた。じゃあどうして認めたか、飲んだか。今の主治医との出逢いや周りのため。最初は次の日に残る眠気がキツかったな。薬価の高さにも驚いたり。」

「持論だけど結局身体にそこまで出てしまう
ストレス因子のクリーンアップするのが第一なんじゃないかなぁと私は
思うなぁ。」

「圧倒的に攻めてくる外的ストレスさえ
消してしまえばいい。僕も今、辿り着いてる応えは同じようなものかな。」

「ここまで、も大事だけどいまどうしているか?も大事だよね。」

「大事じゃない要素はどれにもないよね。」

「恥ずかしい話なんだけど、それからだんだん家族と折り合いがつかなくなっていって、独りで暮らしてるんだよね。」

「え?ユキも?僕もなんだ。全く同じ理由。」

クスりとユキが笑んで言う。

「運命ってやつ?」

「そんなのあるのかね?」

「あるんじゃないの?そういう言葉があるんだし。」

「それはないということを裏付けるために存在してるのでは?」

「ライムは頭が堅い!堅すぎる。うん。
偶然でもいいなら、運命でもいいじゃん?」

「まぁ、たしかに。ユキに言われると
それでいいや。と思えてしまうよ。」

「詐欺師みたいに言わないで下さい!」

「そこまでは言ってないよ。」

「思ってるんじゃん?」

「似通ってるなぁ。とは思うけれど。」

「じゃあもう一緒じゃん!」

怒ってるのか、笑ってるのか、わからなかった。多分どっちもかもしれない。

「情緒不安定かよ!って思ってるでしょ?」

「ご名答。」

「情緒不安定だもん!それでいいもん!」

一本貰っていい?って吸ったこともないはず
なのに僕が愛煙しているCOLTSのグレープテイストから
一本引き抜かれる。

うーん。咥えてから唸っている。

「これはライムの香りって感じで私の香りじゃないね。でも美味しいね。びっくりした。」

「ライムなのにどうしてグレープ?」

「これでライム吸ってたらギャグでしかないだろ。」

「たしかに。」と笑っていた。

次からは会う時には決まって彼女は
COLTSのチェリーテイストを携えるようになった。

お互い突然、切らした時は吸う?って
命の灯火の交換をし合う。
そんな時に限って、片方はスペアも
ちゃんと持っている。

自分の一本より
ユキから貰う一本の重みは断然に
増していて。
どんな
アクシデントも2人ならそれさえ楽しかった。

病気のことを話してからは
余計に僕らの距離は縮まった。
同族嫌悪みたいなのもなかった。
似てれば似てるところを見つけるだけ
嬉しくて
全然意見が食い違うジャンルについては
話せるだけ話した。

僕等は病気を何かから
逃げるような言い訳や理由にすることを
嫌った。

ライムとなら大丈夫って
冷や汗かかせて、涙声で、握る手が
いつもより強くて。

僕じゃなくても分かるほどに
臨界点に触れそうな心と身体に
理性で働きかけようとしていた。

自車で移動してもいいんだよ?って
言えば言うほどに
発作手前になりながらバスや電車を敢えて選んで
乗った。

「私は私を知らないといけない。」

ユキの口癖のひとつだった。

いつからか、じゃないと君のことが
分かるわけがないから。
は省かれるようになった。

数回言ううちに恥ずかしくなったようなのか
言わなくなった。

「決めつけたくないの。私の限界を。」

他の誰かからみたら、たかだか
公共交通機関を利用する程度のこと。

でもこれも大衆の面前に赴くことも
僕やユキからすると、とてもハードルが
高かった。

命懸け、とまでは言わない。
だけど、僕もあまり調子が良くない日が
あるらしく、乗ると過呼吸がでて
全く知らない駅で降りることもある。
ユキはそこからのパニックがでることがある。

日によっては
もう頓服の薬も追いつかない。
ユキが
追いかけて口にすることを僕も止めない。
止めれば止めるほどにきっと募るばかりで
ストレスになる。下手をすれば命を絶つ。

僕の存在がユキのストレスになるなら
解ったようなふりで死なせてしまうようなら
存在価値はない。
死んだ方がマシとさえ思う。

ここまで生きてきてやっと見つけた
僕がいていい場所。僕が僕でいていい場所。
他の誰かにこの役はできない。
そして乞われても譲るつもりもない。

昏睡になる前もその後も
ずっと生きている感じがしなかった。

なんのために生まれてきたのか?
なんのために生きているのか?

夢なんてありゃしない、ない夢は
無論やってこない。

でも今の僕にはある。

君を護りたい。ユキを護りたい。
僕にとってはすごくすごく大きな夢だ。

まだ目標や通過点なんて言えた口じゃない。
世界中がユキを揶揄しても僕だけは
絶対的な味方でいる。いつだって宿木になる。

このやっと見つかった夢を
やっとできた生きる理由を
大事にしたい。
大事なことばかり忘れていく人生で
僕が何をどう思い、今に至るのか。
見失いたくない。

また乗り込んだ揺れる電車の中
隣で微睡んでるユキをみて誇らしく思う。
今、僕は夢の中にいる。

夢の季節の中にいる。




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