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記録8

引用 古今和歌集
 袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ

訳 夏の日に袖を濡らして両手ですくった水が、秋も過ぎて、冬になって凍りついていたのを、立春の今日の風が解かしていることだろうか。

記録
 訳は現代で和歌を詠む人たちのために優しく添えられているもの。それも相まってこの和歌を深く理解できた。それと同時に、私は初めてかもしれない。初めて和歌の深淵さ、詠み手の感性の美

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観能日記

観能日記

涙が自然に流れる感動はそこになかった。いわば、能という完成された様式美の中にシテ方の芸の凄みがあった。
 私が能にのめり込むようになっていたきっかけの一人であるこのシテ方。最初に見たとき、その無欠な美に、培われてきた伝統がまだ息づいているのに私は涙した。あのような表現にどれほど先人たちが費やしきたのだろうか、それをその老体とも言える肉体で見事と言えるほどに表している。積み重ねられてきた歴史がこの時

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鍵

余情、余白が文章に散りばめられており、それがその世界を構築している。そのような文章ばかりで構成される世界は、透き通った綿菓子のように掴みどころがなく、充溢は得られないの常であるが、違った。一見、品のある文章、色気が仄かに漂う文章。この域に到達したものは今までに何人いたことであろうか。それよりも、氏の文章は一度口にしてしまうと、何よりも芳醇であり、多様な味を魅せてくれる。そこに氏の意向がみられないの

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記録7

引用 古今和歌集から

 春の夜の やみはあやなし 梅花 色こそ見えね かやはかくるゝ

記録 
 目に入る事物は、闇の前では一切の無力である。そう考えるとこの歌は、梅の生命の輝きを歌っており、決して闇を忌み嫌っているわけでもないように見える。闇があるからこそ、ただの梅の香が一縷の、一筋の、希望であり、喜びであり、吉報に移り変わるように感じえる。ひどく単調のような歌に見えるが、私はこのような歌にこ

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メモ

メモ

色彩は混沌を極めているように見えたが、その作品群はどこか理性によって拵えているようだった。不規則な色調であれば、鑑賞者は仄かに嘔吐を催すと思っていたが、それは見られなかった。皆、それらにファッション性を見出し、装飾品のように着飾るように撮っていた。その事実から私はこの色彩は人を豊かにするものだと思えた。耽美という美しさに自惚れることはなく、ただただその作品にはその迸るエネルギイをぶつけられているよ

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記録6

記録6

引用
『自分の内部と外部とが不規則にゆるやかに交代し、まわりの無意味な風景が私の目に映るままに、風景は私の中へ闖入し、しかも闖入しない部分が彼方に溌剌と煌めいていた。その煌めいているものは、ある時は工場の旗であったり、塀のつまらない汚点であったり、草間に捨てられた古下駄の片方であったりした。あらゆるものが一瞬一瞬に私の内に生起し、又死に絶えた。』
記録
 内面の描写は言わずもがなで素晴らしいのだが

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記録5

記録5

引用 

 うめの花 にほふ春べは くらぶやま やみにこゆれど しるくぞ有ける

訳 梅ノ花ノニホウ春サキノコロハ 暗部山ヲクライ闇ノ夜ニコエル時デモ (梅がサイテアルト云コトハ 見エイデモソノ匂ヒデサ) ヨウシレルワイ 
 カッコ内は訳者の意訳。

記録 
 私は闇だとか、蠢くとか、潜むとか、そういう言葉に弱い。見えないところに私は何かを感じとろうとするし、何もなくても意味をつけたがる。この歌は

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記録4

記録4

引用

 をりつれば 袖こそにほへ うめの花 ありやとこゝに うぐひすのなく

記録 
 枝が折れたことより、梅の香が袖にうつろぐ。梅の木は目の前にはないけど、香りを通して梅を感じることができ、そこに鶯が鳴く。春が見えるが、冬の寂しさがどことなく漂う。それはきっとをりつればに込められいるのであろう。季節の移ろい、特に春に変わるであろう時期は心が踊るものだが、その嬉々だけを捉えようとしていない。むし

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記録3

記録3

引用
『総じて私の体験には一種の暗合がはたらき、鏡の廊下のように一つの影像は無限の奥までつづいて、新たに会う事物にも過去に見た事物の影がはっきりと射し、こうした相似にみちびかれてしらずしらず廊下の奥、底知れぬ奥の間へ、踏み込んで行くような心地がしていた。運命というものに、われわれは欠如としてぶつかるのではない。のちに死刑になるべき男は、日頃ゆく道筋の電柱や踏切にも、たえず刑架の幻をえがいて、その幻

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記録2

記録2

引用
「一面の雪の凍りつく音が血の底深くなっているような、厳しい夜景であった。月はなかった。嘘のように多い星は、見上げていると、虚しい速さで落ちつつあると思われるほど、あざやかに浮き出ていた。星の群が目へ近づいて来るにつれて、空はいよいよ遠く夜の色を深めた。国境の山々はもう重なりも見分けられず、そのかわりそれだけの厚さがありそうないぶした黒で、星空の裾に重みを垂れていた。すべて冴え静まった調和だっ

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記録1

記録1

引用
 『彼の手の動きは見事という他はなかった。小さな決断がつぎつぎと下され、対比や均整の効果が集中してゆき、自然の植物は一定の旋律のもとに、見るもあざやかに人工の秩序の裡へ移された。あるがままの花や葉は、たちまち、あるべき花や葉に変貌し、その木賊や杜若は、同種の植物の無名の一株一株ではなくなって、木賊の本質、杜若の本質ともいうべきものの、簡潔きわまる直叙的なあらわれになった。』

記録
 この描

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