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奪われる人々を読む

こんにちは。
自分と同じ時代を生きながらも、本来なら決して交わる事の無い人々の営みや文化に触れられる。海外作家の現代文学を読む面白さは、そういう点にあると思うのです。
先日、それを実感できる本を偶々立て続けに読むことができました。
どちらも12話収録の短編集なのは完全に偶然です。乱読の面白さ。


・なにかが首のまわりに

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ/河出文庫

何が起こるか分からないのが人生だとはよく言いますが。
それでも自分がこれから生きていく中で、ナイジェリアという国そのもの、もしくはナイジェリア出身の人と親密になる機会が訪れる事は、きっとあり得ないかもしくは限りなくゼロに等しいぐらい可能性の低いことだと思うんです。正直。
でも優れた文学作品は、そういう「あり得ない」距離を軽々と超える。
本書に出会えたことで、これまで全く知る機会が無かったナイジェリアという国の文化や、そこで今を生きる市井の人々を、物語を介して知ることが出来ました。
過不足無く淡々とした、物語を邪魔しない文章も素敵だった。

なにかが首のまわりに、という書名だけ見たらホラー的な要素の話かと思われてしまうかもしれませんが、そうでなく「真綿で首を締める」という表現を指すものだと解釈していただければしっくりくるかと思います。
あるいは茹でガエルの話でもいい。
生まれ育った故郷を離れ、新天地でその土地の文化へと自分を順応させることは、それが自発的な行為なら前進の意志漲る良きことでしょう。
でも本作のある話で描かれるのは、恋人や配偶者といった外部からそれを強いられる女性。母国語、習慣、懐かしい食べ物、そういったひとつひとつを摘み取られ奪われていく。登場人物の誰も指摘しないけれど、ひとりの人間がこれまで生きてきた日々を全否定するそれらの行為がいかに乱暴で残酷なことか。
そういう、アメリカ移民の現実を俯瞰する読書体験。
過度に怒りを煽るだとかの扇動の意図が込められた文章だと引いてしまうから、こんなふうに読めることは単純に有り難い。

そして本作の興味深いところは、そういった話と同列で、生まれ育った土地で連綿と続いてきた風習に囚われる人々の物語も収録されていること。
馬鹿げていると言えなくもないけど、外側から一方的に否定したり断罪したりする行為が乱暴で残酷なことだと目にした以上は骨髄反射でなく思索から入りたい。
楽しかった、面白かった、だけでなく考える機会をくれるのも、優れた文学作品に欠かせない要素だと思う次第です。


・セヘルが見なかった夜明け

セラハッティン・デミルタシュ/早川書房

無知を晒すようであれなんですが、本書のおかげで初めて「名誉殺人」なるものの実態を知りました。
言葉の響きから伺えるもの以上に恐ろしい人権侵害。
『なにかが首のまわりに』で、他国の文化について外部からどうこう言う事を乱暴な行為だと自覚するのも大事だと思ったものだったけど。被害者の感情も存在も全否定するこんな風習にはダブスタと言われようと絶対ノーと言いたい。物語として読むかたちとはいえ知る事が出来てよかったよ。

あまり意識せずに読んだので後書きで驚いたんですが、著者はトルコの政治家で、政治犯として現在も拘留中とのこと。本作は獄中で書かれた短編集です。
ミヒャエル・エンデ『モモ』を彷彿とさせる成功者が登場する短編もあるけれど、どちらかといえば貧困層を生きる市井の人々の話が多く、その人たちの日々を時には淡々と、時には二人称で書いている。

これを読んでいる私はテロの脅威とは遠いところで生きていて、唐突に巻き込まれ人生を奪われる事も、愛する人が一瞬で肉片と化す痛ましい絶望も体験した事はありません。
本来なら絶対交わらないだろう人々の世界を、今この同じ時代を生きている作家の言葉で知れるというのもまた読書の効能。知る事は思考を拡げるし思考が拡がれば想像力も身につく。想像力が反転可能性(他者に対する行動や要求が、もし自分が他者だったとしても受け入れられるかどうか)の発想を育むと信じているので、知ることを蔑ろにせずにいたいです。
誰にだって夜明けは平等に訪れるもの。他人が略奪して良いわけがない。

ところでこの本、装丁もすごく素敵なんです。
帯が面白い紙質なので表紙との違いが際立っていて、薄い単行本のスタイリッシュな存在感と合わせて所有する喜びをくれる。
紙の本、という呼び方に別段違和感を抱かなくなって久しい昨今。手許に置きたいと思わせてくれる一冊、という価値観に磨きがかかってきたような。
書店でお見かけの際はぜひ手に取って、帯を触ってみてください。


以上です。
それにしても河出文庫も早川書房も、いつ何を手にとってもハズレが無いのがすごい。全幅の信頼を寄せています。
これからも気の向くままに出会えるといいな。



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