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【最終回】君と夏が、鉄塔の上
たった一つしか取り柄のない僕だから、とにかくひたすらに頭の中を叩く。
僕と帆月を繋ぐものがあるはずだ。どんなに離れていても、ずっとずっと繋がっているものがあるはずなんだ。
頭の中で点と点を繋ぎ合わせ、線を描く。大丈夫。絶対に繋がっている。
「行こう」
僕はソファーから立ち上がり、帆月の腕を取る。
「……どこに?」
帆月は片方の手で、ごしごしと顔を拭いた。
「いいから」
【84】君と夏が、鉄塔の上
「やあ」
出来るだけ明るく挨拶をしたのだけれど、帆月から返事が来ない。
「比奈山の家もすごかったけど、帆月もすごいところに住んでるんだね」
「別に、たいしたことないよ」
「番号を入れるインターホンって初めて触った」
「ここ賃貸だし。もう、引っ越すから」
「あ、そうなんだ。大変だね」
「そうでもないよ。慣れっこだから」
「……そう言えば、どこに引っ越すの? 遠いところ?」
僕は
【83】君と夏が、鉄塔の上
やって来たのは比奈山で、比奈山は鉄塔を見上げたあと、ぐるりと公園を見渡した。
「また一人か」
比奈山はゆっくりとこちらへやって来る。
「お前も好きだな」
「何が?」
「この公園だよ」比奈山は口の端を曲げて笑った。
「そうだね。毎日いるから」
「俺も、この鉄塔に愛着が湧いてきたかな」
比奈山が再び鉄塔を見上げた。僕も比奈山と同じように顔を上げ、背後に聳えている鉄塔の天辺を眺めた
【82】君と夏が、鉄塔の上
僕は一歩、帆月へ近づく。
帆月は唇を噛み、身構える。
そこへ、スッと一人の男が近寄ってきた。
僕らがずっと後を追っていた、兎のお面の男。
男はやはり何を言うでもなく、じっと僕と帆月に視線を送っている。
僕は帆月の身体を引き寄せ、男から遠ざけた。
お面の男が帆月を連れて行ってしまいそうな気がしたからだ。
「ほ、帆月は……連れて帰ります」
口の中がカラカラで、上手くしゃ
【81】君と夏が、鉄塔の上
その集団は誰もが浴衣姿で、自転車の接近に気が付いたのか、一斉に振り返った。どの顔にも兎のお面がへばりついていて、僕は思わず息を呑む。
取り囲まれ、道を塞がれてしまうかと思いきや、自転車の進む勢いが強かったおかげか、お面の男たちは気圧されるように左右へと分かれ、僕と椚彦を乗せた自転車はその間を一気に突き進んだ。
お面の男たちの姿もまばらになってきたその中に、横並びに歩いている二人の人影が見
【80】君と夏が、鉄塔の上
自転車は地面とほぼ水平に、確実に空を飛んでいて、送電線と並走している。もうすぐ川に差し掛かる。
けれど、このままでは高度がありすぎて、送電線の上を通り過ぎてしまいそうだった。
慌てて僕は漕ぐ足を緩める。
すると、ブレーキが掛かったかのように自転車は急速に下降し始めた。
「うわあっ!」
ぐんぐんと前輪が送電線に迫っていく。この勢いでは、もう上昇させることは出来ないだろう。
あ
【79】君と夏が、鉄塔の上
「椚彦、しっかり掴まっててよ。僕の命は君が握ってるんだから」
背中にそう声を掛けると、首元にギュッと反応が返って来た。
「行こう!」
僕はとにかく恐怖を振り払うために、大声で叫んだ。
「よし!」比奈山も声を絞る。
「……二人とも、自転車を押してくれ!」
僕は大声で叫んだ。「自分からじゃ漕ぎ出せないんだ!」
「格好悪いなあ」
ヤナハラミツルが笑った。
「伊達、これ持ってろ」
【78】君と夏が、鉄塔の上
ヤナハラミツルが持っていた鍵を使い、工事用のエレベーターで屋上に上がった。
屋上には手すりがなく、予想以上に強い風が吹いていて、気を抜くと飛ばされてしまいそうだ。
「すごい風だあ!」ヤナハラミツルが叫んだ。
「楽しそうだな」比奈山は呆れている。「お前、こいつが今からやろうとしてることに対して、何も思わないのか?」
「人力飛行機で空を飛ぶんでしょ。川方向なら追い風だし、きっと結構飛ぶよ」
【77】君と夏が、鉄塔の上
「どういうことだ?」比奈山が首を傾げる。
どんなに目を凝らしてみても、送電線の間にあったはずの薄く光る道は見えなかった。
椚彦はそのまま指を94号鉄塔の方向へずらし、そしてさらに先へと持っていく。薄闇の中、マンションを越えるあたりにかろうじてきらきらと光る道が残されている。
「どんどん消えて行ってるのか……?」
僕は椚彦に尋ねた。椚彦はこくりと頷く。
「……他に行き方は? あの小さ
【76】君と夏が、鉄塔の上
比奈山は鉄塔の天辺を見上げ、それから僕に言った。
「場所を変えよう。こっちだ」
そう言って比奈山は公園を離れて行く。僕はとにかく比奈山に従った。
やって来たのは公園から少し離れたところにある、小さな社だ。
「神様にお願いするなら、こっちだな」
僕と比奈山は鳥居を潜り、赤く塗られた社の前に立つ。鳥居の先が鉄塔の上だったら、なんて淡い期待は脆くも崩れ、僕は焦る一方だった。
「賽銭箱
【75】君と夏が、鉄塔の上
どちらが上下か分からない。それでも僕は無我夢中でもがいた。
ようやく水面へ顔を出すと、風切音が耳の中に入り込んでくる。ついさっきまでの夕日が嘘みたいに、あたりはもう薄闇に包まれている。
僕はとにかく川岸まで必死に泳いだ。川の流れは速く、息継ぎのたびに口の中に大量の水が入ってくる。やっとのことで荒川左岸へとたどり着き、息を切らせながら空を見上げる。
荒川を渡る電線には、上と下の電線が風
【74】君と夏が、鉄塔の上
「……これで終わりかな」帆月は立ち上がり、前後を見渡した。
「そうかも」
「あそこ、集まってる」
帆月が指差した場所─川の真上の送電線に、十数人ほどのお面の男たちがいた。彼らは一様に川下の方を向き、流れていく物たちを見守っている。
「行ってみよう」帆月が鉄塔を降り、彼女に手を引かれ、僕はその後に続く。
台風の影響なのか、川は激しく波立っている。川上からはまだ列が続いていて、流れなど気
【73】君と夏が、鉄塔の上
「みんな、忘れられるために歩いてるの」
「忘れられるって、どういうこと?」
彼女の顔は逆光で影になってしまい、その表情が窺えない。
帆月は続けた。
「記憶は、一杯になると、古い物、大事じゃない物は忘れていかなきゃいけないでしょ? そうしないと、頭の中が溢れちゃうから」
「それは……」
確かに、そういうものかも知れない。僕らはただ生きているだけで、常に新しい物が頭の中に入ってくるわ
【72】君と夏が、鉄塔の上
「川に流すって、言ってたよね……」
「え?」
「調神社で、お面の人たちが言ってた。川を流し、海に返すって」
「そう言われれば……」
そうだったかも知れない。僕はあまりにも慌てていたから、ほとんど覚えていなかった。
「すべて忘れる……記憶……」
帆月は後ろを振り返った。
物の列は94号鉄塔を乗り越え、93号鉄塔へ向かう送電線をゆっくりと歩いてくる。
「あれは、記憶なの? 物の記
【71】君と夏が、鉄塔の上
「もし落っこちそうになったら支えてね」
帆月は念を押した。僕はとにかく大きく頷き、自分の手に力を入れる。
彼女はそれでも少しのためらいを見せたが、やがて意を決するように足を下げると、送電線の間、光る道にその足を着けた。そのまま落下するでもなく、跳ね上がるでもなく、帆月の体はしっかりと空中に立っている。
「行けそう」
送電線の間にぼんやりと浮かぶ道の上に両足を乗せ、帆月は僕を引っ張る。
【70】君と夏が、鉄塔の上
それらが近付くにつれ、黒い塊が何であるのか、だんだんとハッキリしてきた。
まず初めに、冷蔵庫が目に入った。萌黄色をした古ぼけた冷蔵庫だ。その後ろには赤茶けた郵便ポストがあり、さらに後ろにはこげ茶色をした大きな箪笥が追従している。
それは列だった。
様々な物の列だ。
車や自転車、何本もの電柱や電話ボックス、古ぼけた人形やおもちゃといった様々な物が、まるで行進するかのように列を成して