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【毎週ショートショートnote】レトルト三角関係

お題:レトルト三角関係


「あんな女より、私の方がいいでしょ?」

 そう言ってキスに耽り始めた男女を横目に、ぎゅっと鞄の持ち手を握る。「酷い」と呟き、足早にドアへ。ばたんと大きく音を立てて部屋を出れば、ふーっと肩を力を抜き、鞄から手鏡を取り出して髪とメイクを確認しながら自己採点。

「うーん、まあ……87点ってとこかな」

 ぎらぎらとネオンの眩しいホテルから出ると、いつもの送迎の車が目に入る。何も言わずに後部座席に乗り込んで、欠伸をひとつ。運転席から、「お疲れ様です」の一言が飛んできた。

「お疲れも何も、まだあと三件回るんだから」
「分かってますよ。一応の挨拶みたいなもんです」
「やな挨拶ー」
「無愛想よりマシでしょう。にしても、佐野さん本当に人気ですね」

 「今日だけで何件目ですか」と陽気な声。走り出す車。今日の件数を頭の中で一から数えて、「さっきので十件目」とだけ返し、煙草をくわえる。だがかちっとライターで火を点けようとした瞬間に、次の客は煙草が嫌いだったと思い出し、くわえていたそれをケースに戻した。

 私の職場は風俗店。店名は「レトルト三角関係」だ。

 まあ風俗店と言っても、性的な接触はほとんどない。指名されれば現地に赴き、客の要望通りの人物とシチュエーションを演じる。つまり店名通り、三角関係を疑似的に体験出来る店と言う訳だ。
 ちなみになぜ「レトルト」なのかは知らない。「レンタル」とか「インスタント」でも良いとは思うが。変わり者の店長の考える事は分からない。

 元々俳優志望だったが、借金やら何やらと紆余曲折あり、この店に辿り着いた。最初はもちろん嫌々やっていたが、借金の返済額が増える喜びと、何より客の声が私の俳優を志したあの初心を刺激した。

「佐野さんは本当に私達の望み通りの三角関係を演じてくれる」

 三角関係を愛のスパイスに使用したい。そんな変態からの言葉だが、存外私の心には響いてしまった。もう少し続けるのも悪くないと思い、随分と経った。

 なんて物思いに耽っていると、車は目的地に着いたようだ。ドアを開け、車を降りて路地裏の喫茶店へ。指名の際に要望があった人物像とシチュエーションを全身に叩き込み、喫茶店のドアを開けた。
 指名してくれた客の夫婦を見つけると、妻の方へ向けて笑顔で手を振って見せる。そして何食わぬ顔で妻の隣へと座り、腕を組んで見せる。

「もーう、加奈子ー。話ってなぁに?ついにこの男と別れる決心ついたのー?」



レトルト→お手軽→お手軽に三角関係を楽しめる店。


下記に今まで書いた小説をまとめていますので、お暇な時にでも是非。


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