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【ショートショート】春のデーゲーム

 まだエアコンも扇風機も不要な春。窓を開ければ心地良い風と、子供のはしゃぐ声が室内に遊びにくる。そんな春の土曜日。テレビの向こうは太陽が眩しいデーゲームの横浜スタジアム。

「よっしゃー!」
「え?何何!?」
「度会ヒットで出塁~!」
「うっそ、見たかったー!」

 キッチンで追加のおつまみセットを用意していると耳に入ったのは、軽々と百デシベルを超えていそうな観客の歓声と、それを掻き消す勢いの彼のガッツポーズ。一点を追いかける展開の中、どうやら期待の一番が出塁したようだ。その瞬間を見れなかった事を残念に思いつつ、大急ぎでお気に入りの青い皿におつまみセットを完成させる。リビングに戻る頃には華麗な盗塁で更なる歓声が上がっていた。
 ぷしゅっと新しい缶ビールのプルタブを開け、じわじわと押し寄せる同点への波にごくりと一口。喉を通過する爽快感に息を吐きつつ、目線は大きな画面に向いたまま。二口目を飲んだ瞬間、二番は器用にバットを振り、一塁と二塁が埋まる。続く三番が倒れて二人で悔しがるも、四番のバットは言葉に表せない圧を纏っていた。

「打つ……!絶対に打つぞ……!」
「頼むぞ、牧ー……!」

 勝利の為にもまずは同点。横浜スタジアムの期待を一身に背負った四番のバットは白球を捉えた。成り行きを把握する為の一瞬の静寂が流れる。
 その瞬間、ぶわりと心地良い春の風が室内に遊びに来た。そしてそれは風の強い今日の横浜スタジアムにも遊びに行っているようで、やや詰まった白球は風に乗り、守備につく相手選手の予想を狂わせる。

「落ちろ!落ちろ!」
「っしゃ落ちたー!」

 ボールがぽとりと芝の上に落ちた瞬間歓声が上がるが、それは単なるヒットの域を出ない。誰もが満塁で頼れる五番を迎える事を悟った。しかし予想を狂わされたせいか、確かその選手は若手だったからか、掴んだボールは再度芝の上にぽとりと落ちた。

 その瞬間湧き上がるのは、一番星の帰還。

「行ける!回せ回せ!」
「行けー!間に合う間に合う!」
「よっしゃー!これで同点ー!」
「勝てる!勝てるぞー!」

 三塁から自慢の快足を飛ばし、相手捕手のミットをかわした一番星が同点のホームを踏んだ。隣の彼と痛いくらいのハイタッチを交わし、まだ一死の攻撃を見守るべくビールで喉を潤す。
 続く五番の華麗なヒットで勝ち越しを得るや否や、勝利の祝杯だともう半分になっている缶ビールでこつんと乾杯。まあもちろん、負けたって反省会と言う名目で酒を飲む事はご愛敬。
 だがどうやら今日は勝利の祝杯のままで終われそうだ。

 春の土曜日のデーゲーム。ビールを飲みながら心地良い気温で野球を楽しむ、贅沢な春の土曜日のデーゲーム。



春のデーゲームが好き。
昼間から酒とつまみと涼しい風と野球。
最高じゃん?



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