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愛の在処 あなたの在処


「私が幸せになっていいのかなぁ」


電話越しに不安気な声。泣き出してしまいそうな、でもまだ我慢出来ると強がるような。まるで祈るような、赦しを乞うような声。その言葉に私は無言で返す。私の言葉を欲している訳ではないから。きっと解っているのだ。赦しなど必要ないことくらい。


わたしも、同じことを考える。 

愛を受けたとき、真っ直ぐな愛の言葉を貰えた時。 ああ、いや、別に、暗い話や悲しい話をしたい訳じゃない。ただの独り言、もしくはひとりの普通の女の思考。そんなものだ、誰かにとってはきっと。


人の価値など、考えたことはない。

価値なんて付けられるような、そんな魂ではないのだから。でも自分に関しては何故こうも、価値を求めてしまうのか。そんなことをしても何も変わらないのに。デパートのバーゲンセールのワゴンにでも並べて置いて。買取不可。心を揺らすものにしかついていけないの。そんな傲慢な台詞。それくらいでちょうどいい。

触らないで放っておいて、なんて言えるほど強くもない。誰でもいいから持って行って、なんて乞うほど弱くもない。中途半端な心。なにひとつ間違ってない。でも〝私〟はわたしを赦せない。ずっとずっと。きっと誰に赦されても嬉しいだけで、私がわたしを赦さなければ、この呪いは解けない。厄介な女だ、私はわたしを笑う。


あなたがわたしを愛していいのだろうか?

わたしはあなたをどうしようもなく愛しているけれど。


繰り返す自問自答に、きっともう答えは出てる。私が言う。〝自分で選べ〟と。


長く迷子になる人は多い。

どうしようもなく、どうすればいいのか解らない。ほんの少しの拒絶の言葉が、まるで自分の心を踏み躙られるような痛みを孕む。わたしはそんな心を護りたいの。わたしと過ごす一瞬だけでも。傲慢だと言う人も無力なのにと笑う人も、どれだけいても構わない。わたしの心は砕けない。

けれど、わたしは〝私〟の言葉で一瞬で砕けてしまう。私はいつだって辛辣でわたしの弱点を知っている。だからこうして不意に思い出す。そしてどうしようもなく考える。わたしについての〝愛の在処〟を。わたしはそういう人間だ。良くも悪くも、常に自分自身と戦っていなくてはならない。日常の隙間で夢の狭間で、眠れない夜の中で。


きっと、あなたもそうだろう。


大なり小なり、なにかと戦い、傷付き、癒して。前を向いて生きるための何かを、どうしようもなく探している。眩しい朝も、乗りたい訳がない満員電車も、解放されぬ午後も、一人きりの夜も。全てが容赦なくあなたを責め立てる。癒えぬ傷も、呟く弱音も、不安に沈む心を無視して。世界はただただ正常に活動していく。わたしはそれがどうしようもなく淋しい。


彼女が幸せであればいい。彼が笑っていてくれればいい。君が生きていればいい。



じゃあ、あなたは?


どこかの誰か。巡り合わぬ人。それでも確かに息をし、今もただ不安な夜を見つめるあなた。

幸せであれ、不幸であれ、そこに生きていなければいけないあなたは、誰に寄りかかり愛を求めるのだろう。

高い高いビルの上から下を見つめて、夜の人波を見ている時は必ずそんなことを考える。手にした温い紅茶、香りを運ぶ風、遠くに響く雑踏、流される髪。それら全てを引き換えに、わたしはただただ思考する。

なにひとつ、なにひとつ。間違いなんてない。あなたが否定するのなら、それはあなたにとって不要なもので、あなたが肯定するのなら、それはあなたにとって必要なもの。けれど満たされない、この心に空いた孔に見合う言葉が、見つからない。そのもどかしさを、わたしはどうにかしたいのだ。


行く宛がない。


信頼出来る地図なんてない。驚くほど複雑な獣道。手を引いてくれる〝誰か〟が、どうしても必要なのに。〝私〟はわたしを赦せない。どれほどに美しい心でも、どれほどに優しい言葉でも、私はわたしを肯定できずにいる。まさに迷子だ。


「わたしが幸せになっていいのかなぁ」


いいの。それでいい。愛されて、愛して、そして幸せになって。なにひとつ、なにひとつ間違いなんてない。間違いなんて、あるわけがない。何度も心で答える。それは〝私〟がわたしに言い聞かせるものと、全く同じ言葉。あなたにあげたい。わたしと過ごす、この一瞬だけでも。ありったけの愛をこめて、あなたにあげる。

だからどうか、その心の孔を塞いでくれる誰かを必ずその目で見つけてほしい。あなたが良しとする人を、あなたを良しとする人を。ただただそれだけで、わたしはとても幸せなのだ。


高い高いビルの上。

なにを引き換えにしても望むものがあるのなら、わたしの答えはきっとひとつだけ。それだけでいい。解り切ってる、解ってる。もう随分と前から。

夜を眺める人。

わたしの心に空いた孔は、そのままにしておく。そうやって戦い続けていく。きっと、わたしはそれでいい。そんなわたしの言葉を聞いてくれる誰かが、わたしにはいるのだから。


見下ろす街に人波に。

あなたが、いるのだから。





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