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黒い棘 孕む毒


柔らかな人が好き。

ふわふわと揺れるように揺蕩うように、自己を形成してきた人。ふにふにした見た目とは裏腹に、根底に毒を持つ人。そんな人が男女共に好きで、どうしようもなく憧れる。わたしもそう成りたい、わたしもそう在りたい。それはいつも、わたしの心と頭のどこかにある、ひとつの願望。

手を握って、話を聞くとき。微かに震える手に泣きそうになることがある。無理矢理に押さえつけた感情は、一体どこに消えるのだろう。消えずに蓄積されていくのだろうか。井戸の底の澱みのように、濁り沈み、そしてまた何度も何度も浮き上がってくるのか。その澱みに生かされていることは、良い事なのか悪い事なのか。


なぜ、そうなってしまったのか。

過去や未来や今。それらに押し潰されそうになる心と、共鳴するように弱る身体。なぜ と どうして を何度も何度も問いかけて、答えを必死に探し続ける。自分の心と頭の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き回して、嵐の過ぎた後の静かな荒地で膝を抱えて泣く。上手く生きる方法すら教えてもらえず、下手に笑うことが増えていく。それはどれほどの苦しみなのか。

拒絶されることに慣れ、人に期待することを辞める。愛されることを諦め、人を愛することすらできない。本当はとてもシンプルな感情と答えが、複雑に絡みだす。本当は誰ひとり、傷付けたくはないと泣くのに、傷付けられてばかりの自分と釣り合いが取れるように、相手を傷付けたくなる。何ひとつ望んではいない筈の歪さが、毒を孕んで牙を剥く。



「私を捨てたから、棘を刺してあげたのよ」

そう言って笑う彼女。一矢報いなくては気が済まないのに、消えない愛に邪魔されて黒い棘を深く刺す。相手の心の一番柔らかいところ、深く深く、貫通してしまわぬ程度に穿つ。愛を愛と釣り合うように、永遠を求めても叶わなかった。ならば深く傷付けよう、せめて暫くの間、この痛みにもがきます様に、と。

異常 や 間違い などと、言えるはずもなかった。相手を傷付けることで愛を確かめる訳ではない。最後の最期まで愛していた証拠を、どうにかして遺したかった。それだけ。それのどこを 異常 と 間違い と言えるのだろうか。抜けない楔ではなく、いつか脆く消え去る黒く鋭い棘。手を震わせながら泣く彼女は、狂うほどに欲しいものが手に入らなかった。きっと自分自身の心、柔らかいところに、同じ棘を刺したのだ。貫通するほど、強く穿った黒い棘。


柔らかな心の根底に、毒が欲しい。

深く刺さった鋭い棘の先端から、相手をじわりと侵食していく毒。美女の加虐性に溺れるように、呼吸を奪う愛撫のように。じわりと染み出した毒が効くのであれば、二度と触れたいとは思うまい。そんな柔らかな心が、わたしにはとても美しく映る。風に揺れる鈴蘭のように、彼岸花の紅に惑うように。わたしは柔らかな心に〝毒を隠す人〟がどうにも好きなのだ。

あなたがわたしを忘れないように。わたしがあなたを忘れないように。跳ね返る黒い棘を、お互いの心に深く刺して。潔く離れるのだろう、振り返ることすら許さずに。そして荒れた部屋の片隅で、膝を抱えて泣くのだ。声も出さずに、ただ独りで。後悔も愛憎も恋の始まりも、全ての感情と記憶を抱き締めて、彼女はそうやって心の澱みを作り続ける。それは酷く悲しく、酷く優しい。いつかその澱みすら掬い上げる人が、彼女の傍に現れてくれることを、わたしは今も望み続けている。


一輪の花のように、柔らかな毒を孕んで。

それでもその毒を不用意に扱わない、そんな柔らかな人が好き。孕んだ毒が自分自身を侵食しようとも、それすら上手く扱い隠せるような、そんな強かさ。自分の毒に侵食されて、息もできない夜を泣きながら受け入れた弱さ。

彼女は笑う。何ひとつ、後悔することは無いのだろう。荒れた部屋で作り出した澱みすら、彼女の糧に、毒になっていく。美しく咲く花ように。








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