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The Lost Universe 古代の巨大霊長類たち④巨大類人猿

チンパンジー、ゴリラ、オランウータン。いわゆる類人猿るいじんえんと呼ばれる仲間たち。遺伝学的に言えば、私たち人類の兄弟筋に当たります。地球上で最も賢い動物と謳われる彼らの起源は、約2000万年前に遡る可能性があります。太古の地上にはいったいどれほど巨大で、どれほど賢い類人猿たちが暮らしていたのでしょうか。


類人猿とは?

人間に最も近いサルたち

人はサルから進化したーーその真実を形態と習性で強く示してくれる霊長類たちこそ、私たち人間に最も近い類人猿です。その中にはチンパンジー、ゴリラ、オランウータンなど有名な霊長類が含まれており、彼らは高度な知性と精密に動く手を備えています。

大型類人猿ヒガシゴリラ(東京都恩賜上野動物園にて撮影)。霊長類最強クラスのパワーの持ち主ですが、とても穏やかで優しい動物です。高い知能と繊細な感情を持っていて、手話で人間とコミュニケーションを取る個体もいます。

類人猿は人間と祖先を共有していて、分類学上では人間と類人猿をまとめて『ヒト上科』と呼称しています。ヒト上科はヒト科とテナガザル科に二分され、人間やゴリラやオランウータンは前者にあたります。ヒト科の類人猿の中でもゴリラ属とチンパンジー属は前足の指を曲げ、手の甲を地面につけて「ナックルウォーク」という姿勢で歩きます。

人間の進化や実像を解き明かすうえで、類人猿の研究は欠かすことができません。サルたちがどのように知能や感情を発達させて人間となったのか、その謎を探る膨大な調査の中で、彼らの驚くべき能力が明らかとなりました。

人間よりも人間らしい?

類人猿は動物界においてトップクラスの高度な知能を備えており、道具を巧みに操る事例が度々報告されています。例えば、セネガルのフォンゴリに生息するチンパンジーには、木の棒を槍のように使う行動が目撃されています。枝を鋭く研ぎ、獲物に突き刺して狩る姿はまさに人間!
道具の種類や使い方にも地域性があり、彼らは生息地ごとに文化を築いていると考えられています。

また感情面においても、ある意味人間以上に人間らしい事例が報告されています。ゴリラは相手の顔を覗き込み、コミュニケーションを図ろうとします。喧嘩の後などには、お互いに見つめ合って、仲直りをすることもあります。
このようなゴリラの生き方は、人間にとって学ぶべき要素を孕んでいるのではないでしょうか。感情豊かで知性的な類人猿のライフスタイルには、世界人類の平和共存への道を切り拓くヒントが隠されているのかもしれません。

人に最も近いサル、類人猿。現代においても彼らは他の多くのサルより大きくなりますが、古代の地球ではさらに巨大な類人猿が雄々しく繁栄していました。

古代の巨大類人猿たち

ギガントピテクス 〜体重はゴリラの2倍以上!? 史上最大の霊長類〜

ディズニー映画『ジャングル・ブック』(実写版)をご覧になった方は数多くいらっしゃると思います。主人公モーグリを誘拐したサルたちの頭領キング・ルーイですが、実写版ではアニメ版の数倍の巨体だったのが印象的でした。あの実写版のキング・ルーイこそ、史上最大の霊長類ギガントピテクス・ブラッキ(Gigantopithecus blacki)なのです。

古代の巨大類人猿ギガントピテクスと成人男性の対比(Shutterstock 編集可能なフリー素材より)。ギガントピテクスは後足で立ち上がると高さ3 mに及び、体重は300〜500 kgにも達した可能性があります。現在発見されている種類の中では、確実に史上最大の霊長類です。

確実なギガントピテクスとされる化石は、中国南部から産出した歯と顎の骨です。タイ、ベトナム、インドネシアからも発見記録があり、約100万〜約30万年前(更新世中期〜後期)に古代のアジアに分布していたと考えられます。研究によっては、約200万年前から生存していたという説もある謎多き巨大霊長類です。ギガントピテクスの歯の構造は明らかに類人猿のものでしたが、サイズはゴリラの歯よりもずっと大きく、当時の研究者は度肝を抜かれたことでしょう。上下の大臼歯を現生のサルと比較したところ、後足で立ち上がったときの高さ約3 m、体重300〜500 kg という驚くべき推定値が叩き出されました。これは大型のクマにも匹敵するほどの大きさです。
霊長類としては規格外に巨大なギガントピテクスですが、植物食性とてものおとなしいサルでした。頑丈な歯と顎で、柔らかい葉から硬い種子まで食べていたと考えられます。それでも、これほどの巨体ですから、群れで行動していたのなら、大型ネコ科肉食獣も容易には手を出せなかったことでしょう。

では、こんなにも大きくたくましい巨猿ギガントピテクスを絶滅させたものは、いったい何者なのでしょうか。
それは、パンダです。
そう、実はあのぬいぐるみのように愛らしいパンダに負けてしまったのです。

時代が進むにつれて地球は寒冷化し、多くの地域で植物相が変化しました。ギガントピテクスの生息地でも植生が変わってしまい、寒さに強いタケ類を食べるようになったと考えられます。
タケを食べる専門家といえばパンダ。パンダとギガントピテクスの間でタケの奪い合いという資源競争が勃発し、その結果、ギガントピテクスは敗れてしまいました。体の大きなギガントピテクスは必要とする栄養量も多く、小柄かつものすごいスピードでタケを食べていくパンダに比べて明らかに不利でした。

巨大化しすぎて、特殊化しすぎたことが彼らの敗因だったのでしょうか。
現代の類人猿と比較してギガントピテクスがどれほどの知能を備え、どんな群れ社会を築いていたのか、とても興味深いところです。
風にそよぐ竹林の中、パンダと一緒に葉っぱを食べる巨大霊長類の姿はとても牧歌的に見えたことでしょう。

シヴァピテクス 〜オランウータンの祖先! 古代アジアの森に棲まう大型類人猿〜

東南アジア産の類人猿として有名なオランウータンは、同じヒト上科ではありますが、私たち人類やゴリラやチンパンジーとは別系統です。彼らはオランウータン亜科に属しており、人間とゴリラとチンパンジーはヒト亜科に含まれます。では、オランウータンはいったいどのような進化を経て誕生したのでしょうか。
現在の霊長類研究において、アフリカから中央アジアへ進出した種族がオランウータンの祖先であると考えられています。その祖先種こそが、約1300万〜約800万年前(中新世中期〜後期)にユーラシア大陸で生きていたシヴァピテクス属(Sivapithecus)なのです。

シヴァピテクスの頭骨化石の複製(ミュージアムパーク茨城県自然博物館にて撮影)。シヴァピテクスには3種が知られており、中新世のユーラシアにおいて広範囲に渡って繁栄していたのかもしれません。

シヴァピテクスの化石は、インド、パキスタン、トルコから出土しています。大型個体では体長1.5 mあったと推測されており、かなり大きな霊長類であると言えます。体重も現生のオランウータン(約90 kg)に負けないほどあったかもしれません。体の構造はチンパンジーと似ていて、巧みに木に登ることができたと思われます。厚いエナメル質で覆われた臼歯を有し、硬い草や木の葉、種子などを食べていたと考えられます。
彼らの頭骨を研究した結果、オランウータンとよく似ていることがわかりました。ヒト亜科とオランウータン亜科の分岐は中新世に起こったものと考えられており、シヴァピテクスはまさにオランウータンへの道を歩み出した種族だったのです。

現在、オランウータンはアジアの熱帯地域に棲んでいて、科学者や観光客から人気を集めています。一方、度重なる森林破壊、ペット目的の乱獲により個体数を減らしており、絶滅を回避するための保護活動やエコツアーの実施などの対策が進められています。

チョローラピテクス 〜アフリカで進化し続けた巨大なるゴリラの祖先!〜

ゴリラの祖先が人間やチンパンジーの祖先と血筋を分けたのは、約1000万年前であると言われています。その証拠を裏付ける化石が、日本とエチオピアの共同研究チームによって、エチオピア中部のチョローラ層から発見されました。出土したのは大型類人猿の歯の化石であり、詳細な分析から約800万年前(中新世後期)に生きていた新種の霊長類であると判明しました。
当該類人猿はチョローラピテクス・アビシニクス(Chororapithecus abyssinicus)と命名され、ゴリラの祖先種として位置づけられました。臼歯の大きさはゴリラ並みであり、プロポーションが同じならサイズも遜色なかっと思われます。

ゴリラの全身骨格(国立科学博物館にて撮影)。成体のオスの体重は約200 kgにもなります。祖先にあたるチョローラピテクスも、同サイズの巨体であったと考えられます。

チョローラピテクスが生きていた中新世のアフリカでは、ゾウやカバ、そして恐ろしいネコ科肉食獣などが暮らしていました。子孫であるゴリラたちはヒョウに警戒しながら生活しているので、チョローラピテクスも当時の肉食獣たちの脅威にさらされることがあったでしょう。
歯の構造がゴリラに近いチョローラピテクスは、ゴリラ同様に植物食傾向の強い雑食性だったのかもしれません。食べ物の豊富な熱帯のジャングルの中、集団で協調して生活を営んでいたと思われます。

チョローラピテクスは生命をつなぎ、アフリカの大地で生き続けました。そして、ギガントピテクスなき地球において最大の霊長類であるゴリラが誕生するのです。

【前回の記事】

【参考文献】
R.ルーウィン(1993)『人類の起源と進化』てらぺいあ
Suwa, G., et al. (2007) A new species of great ape from the late Miocene epoch in Ethiopia. Nature 448: 921–924.
コリン・タッジ(2009)『ザ・リンク ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見』早川書房
Katoh, S., et al. (2016) New geological and paleontological age constraint for the gorilla-human lineage split. Nature 530: 215–218.
Zhang, Y. and Harrison, T.(2017)Gigantopithecus blacki: a giant ape from the Pleistocene of Asia revisited. American Journal of Physical Anthropology, 2017 Jan:162 Suppl 63:153-177.doi: 10.1002/ajpa.2315.
日本モンキーセンター(2018) 『霊長類図鑑 ーサルを知ることはヒトを知ること』京都通信社
Welker, F., et al.(2019)Enamel proteome shows that Gigantopithecus was an early diverging pongine. Nature, 576, 7786, 262–265.
高井正成・中務真人(2022)『化石が語るサルの進化・ヒトの誕生』丸善出版
My animals(2020)『フォンゴリに住む槍を持ったチンパンジー:人間との共通点』 https://myanimals.com/ja/saishin-nyusu/yari-chinpanjii/
東京ズーネット, https://www.tokyo-zoo.net/

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