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牡蠣南蛮、塩むすび、鍋の残りでつくる朝のおじや


2023.11.9 木
 鳩サブレの大きな袋をさげた中年の男の人が、午後の光のなかをむこうから音もなく歩いてきて、単身者用のふるい木造アパートへ消えていった。その姿が、仏さまみたいにみえた。
 かまきりが死んでいた。錆びきった釘みたいに赤茶色をしている。人間が頭の下に両手をそえて眠っているときみたいなかっこうで、耳をすませば寝息がきこえてきそうだった。

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2023.11.10 金
 大磯で買い出し、平塚の名古屋で牡蠣南蛮。十割そばを予約しておいた。おいしいお蕎麦屋さんは、店の外をとおっただけで、もうおいしい匂いがとっぷりとする。レジ横で売っている、北海道のぷくぷくまん丸原木しいたけも買う。
 スーパーに寄り、しずかな住宅街を、山の端に位置する高久神社まで散歩。線路をはさんで海側と高麗山側で、雰囲気がすっと変わる。つやのある山の霊気が、しっとりとあたりを支配している線路むこうのほうが家々も道もふるく、むかしのままのよう。しんと真っ暗な神社は、夜鳥の声がひびきわたって、おごそか。拝殿のちょうちんの明かりだけが闇にぽっかり浮いていた。
 なにごともデジタルよりだんぜんアナログ派だが夜、車の助手席にすわってデジタル時計の時間と分のあいだのふたつの点滅するちいさなドットを眺めていると、まるで時が呼吸しているようで、どきどきする。


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2023.11.11 土
 十一月うまれのたいせつな友人ふたりに手紙を書いた。ひとりは青い花の、ひとりは青い鳥の紙に。この月がくるとあああの人たちが今年も年を重ねるんだなあと思う。


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2023.11.12 日
 季節がいっきにすすんだ。ストーブをつけた。ひさしぶりにYといっしょの朝のさんぽにでたらジョージさんに会った。ジョージさんはいつみてもおしゃれ。
 なにかにあせってしょうがないとき、昨日の鍋ののこりでつくる朝のおじやを思いだそう。時間をおくことで、これだという味にであえることもある。


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2023.11.13 月
 もうすぐはじめて作る本の、原稿が完成する。じわりじわり、あと一日あと一日と、その日までしずかな瞬間をつみかさねる。一生にいちどの、初めての本づくり。印刷所もようやく決めた。金額はすこしかさむけれど、ネット印刷にお願いするより、鎌倉で長くつづけてこられたちいさな印刷屋さんにたのむことにした。顔がみえて、直接やりとりをしながらできるほうがたのしいし、安心できる。イラストと挿絵も、福岡にすんでいるすきな方にやってもらえて、うれしい。
 夕方、鎌万とユニオンと東急を、さんぽがてらはしごして買い物。夜はいなだの刺身をのせて丼ぶり。


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2023.11.14 火
 朝たまたま知った「問いの月」という対話ワークショップ、満席みたいだったが、ああこれは参加したほうがいいなあ、したいなあ、と思い、電話をかけてみる。
 すっかり暗くなった五時から七時まで、鎌倉の今小路踏切そばにある会場で、「辞書を書き換える」をテーマに多数決でえらんだ「境界線」ということばの意味を、みんなで考え、定義する。とてもおもしろかった。
 材木座、大町、由比ヶ浜、御成、鎌倉のいろいろな街からきている人たちと、話をする。ほんのすこしでもしっているだれかがすぐそばで生きていることの、安心感、そういうものがひとつ、ひとつゆっくりとふえていくことがうれしい。

 帰り、御成通りのスタンドへひさしぶりに寄る。そういえばお店の名前も、いつもちいさなハットをかぶっている店主のおじさんの名前もしらない。まんまるのおむすびとすりおろした大根の味噌汁を売っていたけれど、今はお休みしているそう。塩むすびならにぎれるよ、常連さんにだけだすの、と、つくってくれた。今日のつくりたては、とびきりまんまるだった。鎌倉生まれ、鎌倉育ちのおじさんは、いつも鎌倉の小話をおしえてくれる。今日は、昔別荘地だったころの「御用聞きさん」たちのはなし。


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2023.11.15 水
 力をください、とおねがいする。むこうのせかいのおばあちゃんに、おじいちゃんに。角をまがると、ぶわっと風がひとつふいて、帽子が飛んだ。おばあちゃんたちの、へんじだといい。


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2023.11.16 木
 逗子に、米粉パンを買いにいく。コーナンの手芸屋さんで、糸綴じ本用にジーンズ糸を買う。モールのくら寿司でお昼。帰宅して本の試作。糸が針になかなかとおらなかった以外は、おもっていた以上にうまくできて、ほっとした。こんどは手製本でも、zineをつくろう。本をいったん入稿したけれど、直しの作業をいくつか。
 夕方、長谷まで歩き、前髪を切ってもらう。帰りもずんずん、往復九十分。極楽寺にさしかかる前、お地蔵さんたちが屋根の下にならんでいるところをとおりかかると、切通しの崖の底にお地蔵さんのすみかにかけられた時計の秒針がだれもいない闇にかち、かち、とひびいていた。時間がいま、たしかに、まちがいなくすぎていくのだと思ったら、胸がとくん、と鳴った。
 早足で歩くと、じわじわあつくなって、空気はひんやり冷たいのに、寒いのかあついのかわからなくなる。夜ごはんに野菜コンソメ、豆乳、塩、米粉でかんたんにシチューをつくる。具は鍼灸院の先生からいただいたじゃがいもに、にんじん、かぼちゃ、玉ねぎ。おいしくて、おかわり。


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2023.11.25 土
 静岡に上映会ででかけていたYが、駿府城でマルシェをしていたと、ちいさな米粉の焼き菓子を買ってきてくれた。上映でお世話になった人がくださった安倍川もちと、年にいちどしかとれないニホンミツバチのはちみつの瓶もいっしょに。しらない土地のかおりをすこしだけ部屋に運んでくれるおみやげは、とてもいいもの。
 夜、洗濯物をとりこんでいると、一匹のたぬきと目があった。たまにこの住宅街にも出没するたぬきをみると、ああわたしもおなじだ、とおもう。たぬきのほうでは、とんでもない、めっぽうちがうよ、とおもっているかも。


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2023.11.26 火
 ひさしぶりの雨。真冬なみの寒さに、背中をきゅうっとまるめてでかける。御成小学校でやっているチャリティーイベントに、だいすきなcotonohaがキッチンカーをだしているときいて、買いにいった。たっぷりのおかずがこぼれんばかりにお米のうえにのっていて、とてもしあわせな気持ち。
 中央図書館で谷川俊太郎「ひとり暮らし」と鴨下信一「面白すぎる日記たち」を借りる。電車で、さっそくぱらぱらページをめくった。勝新太郎さんがこんなことをいっていたと書いてある。「おれっていう人間とつきあうのは、おれだって大変だよ。でも、おれがつきあいやすい人間になっちゃったら、まずおれがつまらない」

 横浜にむかい、「本は港」へ。やさしくて、やわらかくて、本が好きな人たちがしずかに明かりに寄っていく虫たちのようにそろそろあつまってきていて、とてもすてきな場所。もうすぐできあがるzineを置いていただけないか、気になる書店の人たちとお話しをさせてもらう。手にするだけでわくわくするzineも、いくつか購入。
 雨はやんだが、ビル風がよけいに冷たい。コレットマーレで日記展にひつような備品を買い、文房具屋さんをうろうろ。買い物という買い物に、都会という都会になかなかでてこないので、いろいろ目移りして、クリスマス前の子どもみたいにうきうきする。ビオセボンでお水を買って、イートインで休憩。
 ベイクウォーターのユザワヤ、ルミネの世界堂とまわり、展示用のリーフレットにつかう紙と糸をえらぶ。ジョイナス地下のいつものヴィーガンラーメンを食べて、帰宅。


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2023.11.27 月
 さんぽにいくと、銀杏みたいな色とかたちの実をいっぱいつけている低い木が気になる。実が破裂して、小さな赤い花のような、それもまた実のようなものが、なかからいくつもあらわれている。みると、そのむこうの木でもそのまたむこうの木でも、おなじことが起こっている。  
 ドラッグストアのレジに並んだ。目の前のひとのお会計が3,333円だったのに、割引券をつかったので3,150円になってしまった。
 夕方、歯医者にいったときは淡い夕焼けの空だったのが、おわってでるとまっくらだったので、ちがう世界にきたものかなあ、と思った。火の用心の拍子木の音が、はじめてきこえてきた。

 ご近所の円福寺さんのおすすめではじめて行った歯医者では、口をあんぐりあけてみせたとたん歯軋りがすごいですね、といわれる。奥歯二本が、歯軋りによって欠けているという。じぶんではまったく自覚がないですというと、ぎしぎしやるだけでなく、気づかないうちにつよく噛み締めていることも歯軋りです、と先生。パソコン作業など、こまかいものをみるしごとの人に多いという。それなら、とても自覚がある。集中してくると、しらないまに口元にちからが入っていて、奥歯をぎゅっとしている気がする。
 自覚している人は、治すことができますよ。あ、力入っているな、とおもったら、奥歯をすこし浮かせるんです。口をすこしあけるということですか?ときくと、いえ、浮かせるんです、ふっと、と先生は淡々といった。もんだいは気づいている時点で半分解決しています、という、いつかの芝居の先生のことばを思いだした。

 今日、はじめてつくった本が届いた。「やさしいせかい」。この本と、この先どんな旅が、できるだろう。


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2023.11.28 火 
 枯葉のこんもりかさなった道のふちを、しゃりしゃりあるいていると、ひときわちいさくて赤い一枚の葉っぱと目があった。すくいあげてみると、まだ生温かくて、ついさっき旅立ったところなのだとわかった。ちいさな命の温度を、手にかかえながらあるいた。昨夜遅くに雨がふったのか、まだ陽のあたらない地面がどこも湿っている。つやつや黒光りする地面に葉をかざすと、ちいさな身を燃やすような赤がよく映えた。
 ひとつの木で、ふるい葉っぱをかきわけてあたらしい葉っぱがはえているのをみるのはたのしい。





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