shibayama

四国・高知の片隅で短編小説を書いています。散歩、海、バイク、美術が好きなアラフィフです。

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四国・高知の片隅で短編小説を書いています。散歩、海、バイク、美術が好きなアラフィフです。

最近の記事

【短編小説】出遅れスタートライン

 アプローチを一歩踏み出した瞬間、ピンを何本倒せるかはだいたい予想がつく。球が手から離れるまでに少し修正できるものの、最初のほんの数動作でほぼ投球結果が予測できるのがボウリングだ。投球動作の最序盤でその一投の結果が分かるのと同様に、一、二フレーム目でストライクが取れなかったらそのゲームのスコアもほぼ見通せてしまう。序盤で大したスコアにならないことが分かってしまうと、その後最終フレームまで投げ続けるのがひどく無駄な時間に思える。物事は最初が肝心というのなら、投げ始めの動作と序盤

    • 【短編小説】最愛

       沙本彦と沙本姫、木梨軽皇子と衣通姫こと軽大郎女。好きになってはいけない血の繋がった実のきょうだい同士で恋に落ち身を滅ぼしたという人たち。あくまで伝説であり実際は後世に何らかの理由で尾鰭が着いたものだろう。兄や弟に恋するなどありえない。  なのにおとうとに恋をした。  きっかけは幼稚園の年長組になった弟、郁野の何気ない言葉だった。  「おれ、おおきくなったら、かおりとけっこんする」  意訳すれば「おねえちゃん大好き」くらいの、どこの姉弟でも交わされる他愛のない愛情表現だろう。

      • 【短編小説】ノエルのできごと

         「マリアンヌ・デュモンと申します。一年足らずの短い期間となりますが、宜しくお願いいたします」  彼女と出会ったのは所属する大学の書道サークルの新歓コンパだった。日本文学の修士課程に国木田独歩研究のため一年間だけ在籍するという。フランスの学校制度はよく分からないが、修士課程に留学してきたということは僕より二、三才年上ということだろうか。  第一印象はとにかく地味の一言に尽きた。長身で化粧っ気のない顔。ピアスも指輪もしていない。ぼさぼさっとまとまらない金髪。眼鏡は実用一点張りと

        • 【短編小説】流れ着いたものは

           その男性のことは気になっていた。  彼がこの田舎の海辺の町で暮らし始めたことは人づてに聞いてはいたが、しばらく姿を見ることはなかった。それが早起きした朝にたまたま浜辺を散歩していて彼を見掛けた。実際に会うと、何を思ってこの町に一人で越してきたのか、どういった人となりなのか一層の興味を持った。  狭い地域のことである。まずは役場で移住促進係の仕事をしている知人に彼のことを聞いた。個人情報保護の観点やコンプライアンスよりも強固な地縁がものを言った。彼は関西で新聞記者をしていたが

        【短編小説】出遅れスタートライン

          【短編小説】ターナーズ・リバティ(環礁2)

           誰にも生涯忘れられない夏がある。そんなテーマの小説とか映画って、けっこうあるよな。例えば。ジョディ・フォスターの「君がいた夏」みたいな。  宿泊客を見送りながら、ジンはぼんやりと考えた。  「八丈島で潜った夏が忘れられない」  客の一人が、昨晩の夕食時にビールを片手に、いかにその夏が思い出深いかを語っていた。彼は、真夏の八丈島でのダイビングをきっかけに妻と出会い、結婚したということだった。  最後の宿泊客のワゴンが、遠ざかっていった。少し雨交じりの風が吹いている。海の上に

          【短編小説】ターナーズ・リバティ(環礁2)

          【短編小説】父のミューズ

           父が色気づいている。  久しぶりに実家を訪れて祥子は気づいた。  部屋や廊下が塵一つなく掃除され、新しい本棚に写真雑誌が整頓され並んでいる。ここ数年は雑草が繁り放題だった庭も手入れが行き届いている。父一人暮らしにしては、なにもかもが整いすぎていた。  なにより父の服装が小綺麗だ。休みは無精髭にスウェットの上下が当たり前だったのが、今日はきちんと髭をそり、チノパンにポロのボタンダウンシャツを着ている。以前より腹周りが引き締まり、庭先にはレーサータイプの自転車が置かれていた。

          【短編小説】父のミューズ

          【短編小説】夜間潜水

           海上に向けて砂浜にフラッシュライトを置く。規則正しく点滅する光は、夜の暗闇で陸の方向を見失った時の目印だ。ただ今夜は月夜なので、よほどタイミング悪く雲が月を隠さない限り、陸地を見失うことはないだろう。  波打ち際から水に浸かっていく。身に着けている潜水機材は全部で二十キロ近くになる。波にフィンを取られてバランスを崩しかける。背負った空気タンクの重みでさらに体が斜めになったが、どうにか倒れずに姿勢を維持する。ブーツ、ウェットスーツのふくらはぎから太股、胴へと水が浸み入ってくる

          【短編小説】夜間潜水

          【短編小説】グウィネヴィア

           厚い霧が湖面に立籠めていた。霧がすべての物音を吸い込んでいるかのように、静寂だけが広がっていた。微かに、櫂をとる水音だけが聞こえる。霧の奥深くから、小舟が岸辺に近づいているようだった。  汀には棺が一つ置かれていた。女が一人、寄り添うように立っていた。  静寂を乱して、馬蹄の音が響いた。一頭の馬が駆けてきた。締まった体躯に輝くような濃い茶色の鬣が靡いている。騎士が一人、跨っていた。革製の簡素な鎧を身に纏っている。鎧の上に羽織った深紅の外套の生地が、卑しからざる身分であること

          【短編小説】グウィネヴィア

          【短編小説】瓶詰めのBOYHOOD

           台風の後はいろんな漂流物が打ち上がる。  家の柱にできそうな太い流木から美しく輝くシーグラス、時には浜辺に座礁してしまう船舶まで。  夕方に浜辺を歩いていると、波打ち際に光るものが転がっていた。夕方の太陽光を鈍く反射させながら、打ち寄せる波に翻弄されている。  「なんだろう?」  紀正が近寄ってみると、ガラスのボトルだった。表面の傷やラベルの擦り切れ方、フジツボやカメノテ、蛎殻の付き具合から随分と長く海を漂っていたらしいことが分かる。  「今時、ガラスのボトルとは珍しいな」

          【短編小説】瓶詰めのBOYHOOD

          【短編小説】環礁

           市場のスピーカーから、礼拝の先触れが流れる。続いて、潮風の中に祈りの言葉が響く。美姫の周囲の印僑や欧米系の人々はしかし、特に気に留める様子もない。多様な人々が集まったこの小さな島国では、宗教や思想などお互いの価値観を押し付け合うことはなく、また侵すこともなく皆が共存している。  東洋系の一団が美姫の前を通り過ぎていく。手にしたバッグに、高級ブランドのロゴが読める。美姫の耳に馴染みのない言語を喋っているので多分、中国からの観光客だろう。  買い出しのため久しぶりに出て来たマー

          【短編小説】環礁

          【短編小説】書香

           筆が紙の上を走る静かな音だけが聞こえる。スッ、スッと軽やかに穂先が動き、白い平面に濃く薄く、時にかすれながら文字が連なっていく。  半切に三行、中国初唐の書家、虞世南を臨書し落款を書き入れようとした時、視野の片隅で自分に視線を注いでいる人物に気付いて彼は顔を上げた。  長谷川美香と目が合った。  この春まで書道部長を努めていた3年生の先輩。薄く眉を描き、淡い色合いの口紅を塗っている。そろそろ思春期も最終盤にさしかかった顔つきは、あと数年すれば間違いなく美人といわれるだろう。

          【短編小説】書香

          【短編小説】Malice

           取調室を出ると、岡野は深い溜息を一つついた。ちょうど聞き込みから帰ってきた後輩の田村が廊下を通りかかった。  「被疑者、どんな感じですか?」  「字義通りの『確信犯』だな。被害者は死んだほうが世の中のためになると、堅く信念を持って犯行に及んだようだ」  そう答えると岡野はまた一つ、深い溜息をついた。  「俺が二十歳未満に見えるか、バカが」  そう松居が怒鳴ると、レジの女性店員はふてくされたように飲酒可能年齢かどうかを確認する液晶画面の「YES」ボタンを自分の指で押し、素早

          【短編小説】Malice

          【短編小説】既視感と夏の訪れ

           庭先の睡蓮鉢がきのうまでの雨で縁まで水で満たされている。浮かんでいる睡蓮の葉に一匹の足長蜂が降りている。蜂は、葉のふちから水中を覗き込むようにして水を飲んでいた。ひとしきり水を飲むと、蜂は首を上げた。一拍遅れて小さな波紋が睡蓮鉢に広がる。波紋を残して蜂は飛翔した。  飛んでいく蜂の後を鳴は目で追った。庭の草陰に隠れたなら、そこに巣がある。この季節は紫陽花がよく育ち、その葉陰にしばしば巣が作られていた。庭のどこかに巣があれば退治しなければならないが、幸い蜂は庭から出て、屋根を

          【短編小説】既視感と夏の訪れ

          【短編小説】甲州葡萄 ーマリアージュー

           フルーティーでアルコール分の弱いサワーくらいしか飲まなかった菜穂がワインを覚えたのは、修平と付き合い始めてからだ。酒と料理の相性はとても大切で、ワインと料理の相性は特に結婚にも例えられる、そんな文章が修平の部屋で読んだ雑誌に書かれていた。  グラスの表面についた水滴が、かなりの時間が過ぎたことを知らせている。  菜穂は左手首の時計を見た。交際を始めて最初の誕生日に修平がくれたイタリア高級メーカーの時計が、約束の時間から十五分以上過ぎていることを告げている。  修平はこのごろ

          【短編小説】甲州葡萄 ーマリアージュー

          【短編小説】あの人

           ぱらぱらと雨粒がヘルメットを叩き始めたと思ったら、あっという間に土砂降りになった。レインウェアを着る暇もなく、一瞬で肌までずぶ濡れになった。  あの日は今日以上の土砂降りだった。強烈な夏の通り雨に、せっかくウェットスーツから乾いた服に着替えていたのに車へ逃げ込む間もなく、二人とも下着までびしょ濡れだった。  「このままだと風邪ひいちゃうかもしれないね」。口実に過ぎないと分かっていたが僕は真由美さんの誘いに乗った。彼女は車を海に近い国道沿いの、モーテル?そういった建物に乗り入

          【短編小説】あの人

          【短編小説】ある施設

           くぐもった衝撃音とともに、真夜中に自宅が揺れた。  「何やったがやろうな、夜中のは」  そう語りかけながら飼い犬のラッキーに朝ご飯をやっていると、蓮次のスマートフォンが鳴った。漁協の地区長から呼び出しだった。  「地区長が俺に直接用件とは珍しいな」  ラッキーに話しかけるが、返事はない。ラッキーはラブラドール・レトリバーの老犬で、ゆっくりとエサを咀嚼している。もともと誰にも吠え掛かることのないおとなしい性分だったが、年がいってなおさら聞き分けの良い、おっとりとした犬になって

          【短編小説】ある施設