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軽骨堂書店

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記事一覧

短編小説『伸びた日脚の畳み方』

短編小説『伸びた日脚の畳み方』

「小田原城行こうぜ」
 あまりに長い時間それだけを聴き過ぎてそろそろ雨音が完全なるBGMとして可聴域の外へ飛び出しかかっていた頃、ネギッサンは絶望的とも言えるような低い声で言った。俺は気にせず読書を続けたが、気が変わるには十分なはずの時間を置いてからネギッサンはもう一度全く同じ台詞を繰り返した。
「行ってどうするんですか」
「小田原城に行ったという記憶を作る」
「時計見て下さい」
「かっけー時計持

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短編小説『余花迷宮』

 灯篭がトンネルの中をぼんやりと照らしている。まるで大水の後のように地面はうっすら湿り、両端には小さな流れさえ出来ていた。壁は苔生し、蔦が全体を覆うように走っている。そして白い花。永遠に続いているかのような道の途中、ところどころに白い花が咲いている。近づいてよく見てみると、花弁だけでなく芯の部分や茎まで真っ白なのが分かる。だが決して枯れてしまっているのではなく、みずみずしい生命がそこに確かに宿って

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短編小説 『氷の炉』

短編小説 『氷の炉』

 真夜中、物音ひとつしない部屋で少年はひたすら机に向かって微動だにせずにいた。眠っているように見えるがそうではなく、強いて言うなら彼は何かを「待っている」のだった。作文の苦手な小学生の夏休み最終日における読書感想文用原稿ほどにしか書き進められていない紙切れ一枚に、少年は自らのこれまでの人生とこれからの人生すべてが結晶される時を待っていた。結局その夜彼に書けたのは「床に耳をつけて聞こえてきたのは自分

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短編小説 『夕映』

短編小説 『夕映』

 信号の向こうが逆光になってよく見えなかった。「じゃー!」という光の先からの声に「あー! またー!」と返すという暗号のやり取りみたいなことをして今までとは逆方向に歩き出す。途端にまただ、と思う。最近よくあるのだが、一人になった途端に変な感覚に陥る。誰かと喋っているときは大丈夫なんだ。でも今みたいに学校からの帰り道で同級生と別れたり、夕飯を終えて自分の部屋でぼーっとする時、得体のしれない気持ちでいっ

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