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【小説】神様の囀り

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神様の吐き出した溜息が、 夜の孤独の正体です。
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【神様の囀り】第10章

【神様の囀り】第10章

■遺書 宛先未記入

 人間は自分だけの真夜中を抱えている、と誰かが言った。底知れない孤独を、誰かが闇と呼んだ。

 この世に真実など一つもない、あるのは人の数の主観と解釈だけ。だからこの言葉も真実であって真実ではない。名前のないただ一つの真夜中。

 ずっと誰かを待っていた気がする。ずっと見つけてほしかった気がする。

 さみしいのひとことが言えなくて、言ったらさみしくなくなると思い振り絞った4

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【神様の囀り】第9章

【神様の囀り】第9章

■僕 東京・9月某日 

 彼女は今までの人生を、僕に話してくれた。僕が永遠に知らないはずだった、遠い北国の、ひとりの少女の物語。東京に埋もれ、誰にも気づかれることなく消えてしまうはずだった、彼女の生きた証。
 彼女は一度も泣かなかった。しかし僕には、話している間ずっと、彼女が泣き叫んでいるように見えた。
「書いてくれる?」
 話し終えた後、彼女はまっすぐ僕を見つめて言った。
「書くよ、必ず」
 

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【神様の囀り】第8章

【神様の囀り】第8章

■私 いつか・どこか

 死にたいっていうのはさ、氷山の一角みたいな感情なんだよ。

 無意識のうちに重なって重なって抑圧された感情の断片が、「死にたい」と叫びながら不意に顔を出すんだよ。本当に何でもない瞬間に。

 だから自殺したひとの生い立ちとか既往歴とかいくら探ったところでね、本当の原因なんてあまりにも深海にあるから、他人が見つけれるものじゃないんだよ。これから話すのは私の断片。誰かに手渡し

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【神様の囀り】第7章

【神様の囀り】第7章

■僕 東京・9月某日 

 元々僕は、サッポロラーメンは塩派だった。しかし今では、圧倒的に味噌派だ。
 この味覚の変化も、僕が生物学的な性と訣別したことと関係しているのだろうか。そうでもないような気がする。大人になれば味覚は変わるという現象が、サッポロラーメンに対しても起こっただけかもしれない。
 小鍋のお湯の中で柔らかくなっていく麺をぼんやり眺めながら、僕は不意に「愕然」とした。それは時折起こる

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【神様の囀り】第6章

【神様の囀り】第6章

■僕 どこか・いつか

『僕は生物学的には「女性」で、心は「男性」だが、恋愛対象は「男性」である』

 僕の僕としての人生は、この一文で始まる。

 幼少期から、ままごとやお姫様ごっこに対し全く興味が持てなかった。毎朝母親に髪を結ばれるのが嫌で仕方がなかった。スカートもワンピースも嫌いだった。服の汚れなんか気にせず、男の子たちと走り回って遊んでいる方が楽しかった。
 自分の性について、薄々違和感は

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【神様の囀り】第5章

【神様の囀り】第5章

■僕 東京・9月某日

「人には纏ってるオーラみたいなものがあるんだよ。宗教的な意味じゃなくてさ、色みたいなやつ」
 
 言いながら彼女は、さきいかをひとつかみ(どう見てもひと「つまみ」の域を越えていた)口に入れた。

 ベランダに通じる窓を開け、部屋とベランダの境目に腰掛け、月光に照らされながらさきいかを咀嚼するセーラー服の少女。その姿は、混乱するほど絵になった。あんなに細い月でも夜をこれほどま

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【神様の囀り】第4章

【神様の囀り】第4章

■僕 東京・9月某日 

「あなたの話が聞きたいな」
 期間限定果汁アップを主張する缶チューハイを開けながら、彼女は言った。
 机の上には、まるで大学生が宅飲みをするかのごとく酒やつまみが並んでいた。慣れないものを置かれ居心地悪そうにしている机に、少しの仲間意識を抱いた。
「どうして聞きたいの」
「だめ?」
「話すようなことはないよ」
「そんなことないでしょ。あなたは私とは違う生活をしているんだか

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【神様の囀り】第3章

【神様の囀り】第3章

■僕 東京・9月某日 

 
 冥界へ続くような夜道だった。
 隣を歩く彼女は、さながら可憐な死神だった。
「見て見て月細いね、ひっかき傷みたい」
 頬を赤く染めた彼女が、空を指さしはしゃぐ。肩が僕の腕に触れる度、打ち首級の重罪を重ねている気がしてならない。
 白い指の指す先を追った。分厚い藍色の布に縫い付けられたビーズが、ちらちらと光っていた。月は「明らかに例外的な夜」を過ごしている僕のことを、

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【神様の囀り】第2章

【神様の囀り】第2章

■僕 東京・9月某日 

 突然現れた彼女に対し、5畳半の部屋は明らかに戸惑いを見せた。
「男の子の部屋って、案外綺麗なんだね」 
 彼女が部屋を見回し始める。落ち着かない僕は意味もなく冷蔵庫を開け、中にあるものを数えた。卵3つ、ビール2本、濃くなりすぎた麦茶がピッチャー半分。
「何か、食べる?」
 と尋ねると、
「お腹すいた」
 間髪入れずに彼女は答えた。
 スーパーの袋から、キャベツと玉ねぎと

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【神様の囀り】第1章

【神様の囀り】第1章

■紙切れ

 ひと
  ひと
 ひと ひと
   ひと ひと ひと ひと
  ひとひとひとひと 
     ひと ひと
 ひとひとひとひととひとひとひと
   ひと
       ひと
 ひとひと 

 ひと

 ひとひとひと、ひとの群れ
 ひとひとひと、ひとりきり

***

■夜行バス PM10:00 新宿発

 東京の星空は地上に在る。

 かつて夜行バスはそう耳打ちした。それは真夜中が、長

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【神様の囀り】

【神様の囀り】

元旦の夕刻、あけましておめでとうが飛び交う雪の日に失礼します。

タイトルの通り、お知らせです。
1月、『神様の囀り』という小説を連載致します。

私が小説を書く理由のひとつが、「死なずに一日を生きるため」です。19歳の冬、「これで立ち直れなかったら死のう」と思い新宿行のバスに乗ったあの日以来、毎日Twitterで小説を書き続けています。

この小説は、雑踏に紛れて死のうと思っていた、かつての自分

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