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「あしたから出版社」島田潤一郎

「本は情報を伝える媒体というよりも、こころを伝える「もの」であるように思えるのだった。」



「あしたから出版社」島田潤一郎


僕は、本屋で自分が好きな装丁があると手にしてみます。


結構な頻度で手にした本は、島田潤一郎さんのひとり出版社「夏葉社」さんが多いんです。


何故、手にしてしまうのか?


その答えがこの本「あしたから出版社」にありました。


ひとりで出版社を営んでいる島田潤一郎さん。「こんなに思いをこめて本をつくっているのか!」とこの本を読んでいてひしひしと伝わってきました。本への愛情が半端ないんですね。


本が好きな人ならきっと「夏葉社」の本が好きになるのではないでしょうか。


僕がもしも本をつくるとするならば、絶対に夏葉社さんの本の装丁のようにしたいと思うのです。


色は派手でなくていいです。
広告っぽくないほうがいいです。
タイトルなどの文字は小さくていいです。

(中略)

それは単純に好みでもあるのだが、もうひとつは、長い時間をかけて本を売りたいからでもある。

ぼくには、三年後のデザインがわかるわけではないし、一〇年後のデザインなんてわかりっこない。

ぼくは、自分のつくった本が一〇年後も、三〇年後も、時代の波が届かない場所で、質素に、輝いていてほしい。だから、デザインはできるだけシンプルなほうがいい。

それに、「本」は「本」らしくあるときが、いちばん美しいと思うのである。余計な要素や、言葉を増やしていくと、「本」がだんだんと広告物のように見えてくる。


島田さんは、はじめから出版社の経営をしたかったわけではありませんでした。


自分の出版社をつくるきっかけとなったのは、とても仲の良かった従兄を事故で亡くしたからなんです。


ケンがいなくなった、この世の中がたまらなく恐ろしかった


島田さんは子どもの頃から、辛いとき、困ったときは、本屋へ行きました。


従兄が亡くなったとき、島田さんはグリーフケア関連の本ばかり読んでいたそうです。


グリーフケアとは、一九六〇年代にアメリカで誕生した、大きな喪失(grief)を支える(care)ための考察であり、学問だ。


その中で、ある一遍の詩に出会います。


死はなんでもないのです
私はただ
となりの部屋にそっと移っただけ
私は今でも私のまま
あなたは今でもあなたのまま……


詩の作者は、聞いたことのない100年前のイギリスの神学者でした。


島田さんはこの詩を読んでいるときだけ、悲しみから抜け出せたといいます。


島田さんは自分と同じ気持ち、いや、それ以上の悲しみを抱いている叔父さん、叔母さんのために、なにかできることはないか、もしなにかできるとするなら、自分には本をつくるしかない。そう考えました。


ぼくは、あの一遍の詩を、本にして、それを叔父と叔母にプレゼントしようと思った。


いい本をつくるなら、自分が思うような出版社が必要だと「夏葉社」を立ち上げました。


島田さんの思いは


本がなにを伝えられるかというと、かなり大雑把だけれど、こころであり、気持ちだと思う。ひとりの作家のこころを、ひとりの読者に伝える。


島田さんの気持ちは、多くの読者を意識したものではなく、ひとり対ひとり、ひとりの心に寄り添いたいという気持ちだったのです。


だから


初版でつくった部数を何十年かけてでも、読者に届いたらいいという考えなんですよね。


僕はこの本を読んでいて、夏葉社でつくられたすべての本を、今すぐにでも読んでみたい気持ちに駆られました。


島田さんの語りは、純粋な気持ちがそのまま文章に変換されているので、読んでいる自分の気持ちと知らず知らずに同期してしまいます。


それを一番に感じた島田さんの思いがこれです!


文学が、本が、特効薬になるというのではない。けれど、本を開き、言葉と向き合うことで、すくなくとも日常の慌ただしい時間からは逃れることができる。

辞書を引きながら文字を追い、そこに書かれていることに自分の経験を重ね、ときに、だれかのことを強く思うことで、自分の時間だけは、かろうじて取り戻すことができる。

正確に読めばいいというのではない。知りさえすればいいというのでもない。本は情報を伝える媒体というよりも、こころを伝える「もの」であるように思えるのだった。


島田さんの文章を読んでいると、島田さんが目の前にいて語りかけてくれているような、そんな感じがするんですよね。飾らない文章で、本や本屋のことが好きで、共感することが多かった本でした。


最後にもうひとつ、これも前からそう感じていて、あらためて共感できた言葉でありました。


「なにをやりたいかは、それほど重要じゃないんだよ」

むかし、行きつけの美容院のお兄さんがそういっていた。

「それよりも、だれと仕事をするかのほうが、よっぽど重要なんだ」



【出典】

「あしたから出版社」島田潤一郎 ちくま文庫


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