『模倣犯』宮部みゆき(8)~結末~

小説の感想です。

2001年出版(日本)
著作、宮部みゆき  

 高校生の塚田真一は、犬の散歩の途中、公園で人間の片腕を発見する。そこから明らかになる連続誘拐殺人事件。失踪したと思われていた女性たちは殺されていた――。片腕とは別に発見されたハンドバック の持ち主・鞠子の祖父、義男。事件のルポを書くライター、前畑滋子。犯人を追いかける警察、武上・秋津・篠崎……そして犯人たち。
 マスコミにかかってきたキイキイ声の電話による犯行声明から、事件は動きだす。

→前(由美子の運命)へ

※ネタバレあり


~結末~

 由美子の自殺を知り、滋子を始め、真一も義男も、相手を追いやってしまったという気持ちを持ちます。
 そして、ヒロミとカズを犯人と決めつけたルポを書いていた滋子は、最も深く心に傷を受け、自分を許せなくなります。その感情が、ピースを倒す力につながるのは、せめてもの救いかもしれません。

 滋子はピースが真犯人だと気づき、単身、山荘に乗り込もうとします。寸前で警察に保護されてしまうのですが(笑)。
 ここで捕まらなかったらと思うと、薄ら寒い思いがします。だって、ピースの山荘ですよ。怖いじゃないですか。女性が一人で乗り込むなんて。

 警察車両で連行されながらの、滋子と秋津刑事の会話が面白いです。

「証拠になりそうなものはすべて、ひとつ残らず、前畑滋子が彼を陥れるために仕込んだものだって」
「別荘もまるごと、あなたの仕込みだって言い張るわけですか?」
「あの男なら言いかねませんよ、それぐらい」
「うむ」

 うむ、と答えるのが秋津ではなく寡黙な上司であるところもポイントです。

 真犯人は隠れるものだとみんな思っている。

 だからこそ表に出て虚をつくピース。とんでもない面の皮の厚さです。

「恐ろしく口のうまい嘘つきです。
 しかしね、前畑さん。嘘の有効期間は短いものです。その嘘が派手であればあるほどね。(中略)もう限界だ。もう終わりです」

 この小説は嘘つきにとっても教訓話になりそうです。

 滋子は、ピースの山荘のことを秘密にすることを警察に約束します。その代わり、必ず、あいつを捕まえてくださいと。頭を下げるのです。

 そんな中、滋子はピースと真っ向勝負する場を与えられます。テレビ番組で共演することとなったのです。
 その中で、ピースは滋子を由美子の自殺の犯人にするだろう、と手嶋編集長はいいます。
 だが、みんなそれほどバカじゃない。はたから見れば、責任転嫁しているように見えるだろうと。でもそれがわからないのだと。
 手嶋編集長も、ピースの本性に気づいているようです。

「君の方が、彼のしっぽをつかんでいるのか?」「前畑」
「はい?」
「何を考えているのか知らないが」「気をつけろよ」

 言葉はきついが手嶋編集長、いい人です。
 スキャンダルだらけで雑誌にも迷惑をかけているであろう滋子にこれだけの言葉をかけてくれるのですから。

 編集長の言葉と、秋津刑事たちとの「約束」を胸に、滋子はテレビ局へ行きます。
 一発、ピースをぶん殴ってやる覚悟で。もちろん精神的に、ですが。

 この期に及んでも、由美子の亡骸すら利用しようとしている。
 それだけは許せない。

 でも滋子は秘密を守る。約束を守る。
 今までたくさんの失敗をしてきた。その中でたどり着いたのがこの約束。

 由美子の死への怒りが滋子にピースを倒させた。だからこの自殺は必要。でも悲しいです。あまりにも。

 滋子がピースに立ち向かうときに巡らせる思考が真に迫っています。とても重たいです。

 嘘でもいい。かまいやしない。言ってしまった言葉は残る。それが網川のやってきたことだ。言った者が勝ち。どれだけ早く、どれだけ説得力をもって、自分が信じてもらいたい事柄を広く伝えることができるか。肝心なのはそれだ。事実や真実じゃない。彼はそのツボを外さずに行動してきた。今夜もそうしようとしている。滋子をだしにして。
 だったら、同じ手段でやり返してやったらどうだろう?

 番組に出る前に、一緒に出演するベテランアナウンサー(向坂)に、滋子は声をかけられます。
 テレビ局も面白ければそれでいいと考える人間ばかりが集まっているわけではない。真実を求めるものもいる。と。

 二人の間にしばし流れる時間。アナウンサーも気づいていたのです。ピースの、網川浩一のうさん臭さに。

 いろいろな人の想いを胸に、滋子は足を踏み出します。自分が叩かれることを望む大衆の前に。闘わなければならない真犯人の男の前に。

 番組内では、網川が想像する現実よりも、網川を非難する声も多くありました。
 乗っかる人間だけではなかったのです。
 内心ではさぞやイライラしたことでしょう。

 こうやって見ていると、間際までピースを妄信してきたヒロミはピュアだったんだろうなとつくづく思います。皮肉ですが。
 そして、生放送番組の最後。残り時間の限られる中、ピースよりも先に滋子がコメントを求められます。

 良かった!

 これはもしかしたら向坂アナの気転かもしれないなと思いました。

 そして、滋子はある一冊のノンフィクション本を取り出します。その内容が、今回の事件とよく似ていること。

 犯人と疑われた人間が死亡。死亡者の無実を訴え、真犯人がいると主張する友達が登場。実はその人が犯人だった。なんでそんなことをしたのか? 正義の味方のふりをして注目を集めるのが面白かったからさ。

 これは滋子の作り話です。実際はまったく違う内容ですが、うまく嘘をついて見せたのです。

「サル真似ですよ。こちらが恥ずかしくなるくらいの大がかりな模倣犯です」

 わざと挑発するような言葉をチョイスして笑って見せます。

 ここからのピースのキレっぷりが面白いです。ここの感想ではだいぶ省きますので原作必見です。

 僕が? この僕が?

 ひとこと言うたびに胸を叩いたという表現が面白いです。
 あんなに嫌な奴なのに、可愛いじゃねーかピース、と思ってしまいました。ここにきて萌えさせてくるなんて、恐ろしい子……!

「僕がやったことはオリジナルだ!」

 クリエイターあるあるなプライドが感じられてとてもいいと思います。

 最終的に「僕は模倣犯じゃない」と叫ぶピース。やってしまいました。
 テレビの前で、生放送の現場で、ピースはこらえきることができなかったのです。
 まさに、自爆(だから映画版はああなったのか)。

 タイトルの意味が明らかになる瞬間です。

 最後のブチ切れが安易だ、あっけない、リアリティがないという人もいるかもしれません。
 しかし彼の気持ちがわかるクリエイターは多いのではないでしょうか(笑)。実際、パクっただパクられただと作り手が激高する事件ってよく見ますし。自分は激高はしませんが、身に覚えのないことを言われたら否定はしたくなると思います。
 クリエイターは「パクリ」と言われるのを最も嫌う。
 そのあたりの心理を突いた見事なエスプリの効いたオチだと思います。

 それにしても、フィクションでは多い何でもやっちゃうイカレた芸術家とマッドサイエンティストのイメージってどこから来ているのでしょうね(笑)。どちらも大好物なんだぜ?

 ピースはテレビ局の一室に立てこもります。
 控室で待機する滋子に、別れ話をしたはずの昭二から電話がかかってきます。
 無事か? と。
 やっぱり優しい人です。
 きっと、滋子にも同じように父が倒れたときにいたわってほしかったのでしょう。

 ここでの滋子と昭二のやりとりが素敵です。

「お前はあいつに白状させたんだ」
「滋子は偉い。よくやった。すごく頑張った」
「……うん」
「だから、もういいよ。網川が捕まるまで、隠れてろ(中略)。俺が呼ぶまで、誰に呼ばれたって出ていっちゃだめだぞ! いいな!」
滋子は答えた。「うん!」

「うん!」の「!」が感情をよく表しています。

 それにしても、HBS局、お手柄ですね。最初の電話から最後までずっとこの局が事件のある意味での舞台となっています。大変ですが、おいしい役どころです。

 そして、真一にピースから電話がかかってきます。マジ、怖い。

 この期に及んで失点を取り返したい。
 引き際を知らないやつ。

 そう思いつつも、真一くんは動揺しています。私でも動揺すると思います(小並感)。
 真一くんの電話を義男が取り上げ、代わりに話をします。ここでの義男じいさんの説教は名言のオンパレードです。

「本当のことっていうのはな、網川。あんたがどんなに遠くまで捨てにいっても、必ず帰り道を見つけて、あんたのところに帰ってくるものなんだよ」(犬かな? 猫かな? それとも鳩かな? 私メリーさん今あなたの後ろにいるのかな?)
「あんたがこんな非道いことをして殺したのは、あんたの言う『大衆』とやらのなかの、取り替えのきく部品みたいなもんじゃなかった。どの人も、一人の立派な人間だった。その人たちを殺されて、傷ついて悲しんでる人たちもそうだ」
「世間を舐めるんじゃねえよ。世の中を甘く見るんじゃねえ。あんたにはそれを教えてくれる大人がいなかったんだな。ガキのころに、しっかりとそれをたたき込んでくれる大人がいなかったんだな。だからこんなふうになっちまったんだ」

 ピースが子供のころにしてもらえなかった説教を義男が今、しているのです。
 こうやって最後に叱ってもらえたのは、彼にとって幸せなことだったかもしれません。ピースの心にも少しは届いていたらよいなと思います。

 その後にある、樋口めぐみと真一くんのやりとりも感動的です。あんなにめぐみを避け、嫌悪していた真一くんが、自らめぐみのところへ行くのです。

「誰かほかに、おまえを助けてくれる人を探しなよ」

「探しなよ」という言い方の優しさに胸キュンします。

「だけど気をつけろ」
「世の中には、悪い人間がいっぱいいる。俺やおまえみたいに、辛いことがあって、一人じゃどうすることもできなくて、迷って苦しんでるような人からも、何かしぼりとろうとしたり、騙そうとしたり、利用したりしようとする人間が、いっぱいいる」
「だけど、そうじゃない人だって、やっぱりいっぱいいるはずなんだ。だから、おまえはそういう人を探せ。本当におまえを助けてくれる人を。俺に言えることは、それだけだ」

 真一くんの優しさがめぐみだけではなく、読者である私にも通じてきてじんわりきます。
 あのめぐみともほんの少し、ほんの少しの部分だけ心が通った。人間は誰とでも、もしかしたらわかりあえるのかもしれません。そういう、希望を持つことのできるシーンでした。

 また、カズの学校の先生が、カズが死ぬまでのルートを辿るシーンは、胸にきます。

「いい子だった」
「本当にいい子だった。優しくて、いい子だった。いい子だったんだよ」

 死んだ後もこんな風に、中学の頃の先生に言ってもらえるなら、カズは救われるように思います。昔から今に続くまでちゃんと、彼のよさをわかってくれる人がいたのです。
 この先生にとっては、やるせなくてつらい現実ですが……。

 カズがイイ人だったことは、悩み相談の電話などいろいろなことが、世間的にもこれから証明していってもらえるでしょう。
 でも、ヒロミくんが苦しんでいたことは誰にもわかってもらうことができない。そこが可哀想だなと感じます。

 ヒロミを見捨てなかったカズを愚かだと多くの人が思うでしょう。けれど、カズがいてくれたから、ヒロミくんは最後に改心できた。たとえ死ぬ直前でも、それは大きな意味のあることです。そして、もっと早くチャンスがあれば、ヒロミは道を外さずに救われたかもしれないのです。
 見捨てるばかりがよかったかはわからないと思います(自分の身を壊してまで、近くにいる必要はありませんが)。

 女の子の幽霊は目の病気ではなかった。
 けれど、病気なのは間違いないです。病気なら治療すれば治ります。そのヒロミくんの考えは間違ってはいなかったのです。
 誰かが適切に治療して、彼の心を救ってあげれば……と思わずにはいられません。

 ヒロミくんにはカズがいましたが、ピースには誰もいません。
 悪いことを悪いとも言ってくれない。後戻りできない道から引き戻してくれる人もいない。
 ピースは悪いやつですが、ある意味、一番可哀想かもしれません。誰にも助けてもらうことはできないのだから。
 もしかしたら、ピースはヒロミに助けてもらいたかった、寄り添う相手になってもらいたかったのかもしれません。けれど、彼は心を開くことができなかった。だからヒロミにはピースの痛みが最後までわからなかった。気づけていたら、また違う関係になっていたかもしれません。
 小学校からの幼友達。やっと転校先で見つけた気の合う仲間。女の子の幽霊の退治。「もっと誇りに思った方がいい」――全部が全部嘘だったということはないでしょう。
 ヒロミについて映画版では、「ピースは傍にいてあげたい。カズには傍にいて欲しい」という心情で役者さんは演じていたそうです。
 すごく親心のある解釈だなと思いました。

 義男さんや、娘の真知子にも変化があります。
 精神を悪くしてしまった真知子もよくなると。
 茂にも気が咎める部分があると、義男はそういう風にも思えるようになったと。

 いろいろなことが穏やかに、緩やかによい方へ向かっていく。

 希望を持てる収束の仕方でした。

 その中で、ずっと冷静で老成していた義男さんが最後に取り乱すところが、涙を誘います。

 今作品もですが、宮部みゆきさんはとても道徳意識のある作品を書く作家さんだなと思いました。その反面でヒロミやピースのようなキャラが描けるというところががすごいです。

 読み終わった時にとても感動し、心が高陽したのですが、ハードカバーで読んだから余計によかったのかもと思いました。この厚みが、物語に没頭させてくれた気がします。
 思い入れがある作品なら、文庫本よりハードカバー。ビデオよりスクリーン。今までそういう価値観を持っていなかったけど、そう思った作品でした。
 もちろん、面白い作品はどんな媒体で観ても、面白いものですが。

 犯罪の被害者になったり。誰か知り合いが死んでしまったり。『模倣犯』はそういうつらいこことがあったときの心の守り方が描かれている本だと思いました。

 →その8(雑感・気になる点)へ(つづく) 

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島田つき

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