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連載小説「359°」 第2回


   『ユナ』 ②

 仲濱市立。仲濱南小学校。新興住宅地のそばに位置しており、市内でもトップクラスの児童数を誇るいわゆるマンモス校だ。一年四組。ヒナも私も、同じクラスになった。この仲濱南小では進級の度に毎年クラス替えがあるのだが、私たち姉妹は小学校生活の六年間、ずっと同じクラスで過ごすことになる。双子の絆が生んだ奇跡、では、決してない。母親が学校にそれを希望したからだ。
「参観日も同じ教室から移動しなくていいし、個人懇談も一回で済む。去年は発表会もクラスごとにやったみたい。お母さんにも仕事があるから、二人が同じクラスだとすごく助かるのよ。」
同じ双子の子をもつ知り合いから、勧められたのだそうだ。毎年、クラス替えの度にこういった親の要望だの、子ども同士の人間関係だの、学力だのピアノを習っているかどうかだの、様々な要因を考慮しなくてはいけないなんて、学校もさぞ大変だ。一年生の時こそ、双子で同じクラス…そういうものなのかと思っていた私だが、二年生に上がるときには、もうイヤになっていた。当たり前だ。見た目がそっくりな双子。比べられないわけがない。

 姉は、賢かった。クラスでもダントツで勉強ができた。
 私もそれなりではあったので、はじめの頃はお互いにほぼ毎回満点をとっていたからよかったのだが、私が段々と点数を落としても、姉は常に満点を取り続けた。一年生のおそらく終盤のある時、担任のカネダ先生-おそらく40代、女性-が、まだ習っていない漢字があるのに国語のテストを実施してしまったことがあった。
「いやあ、本当にごめん!今からテストを返すんだけど、『学校』っていう漢字まだお勉強していなかったよね?みんな、ごめんねえ。そこの問題は、もちろん点数には入れていないから。うん?うん。そうそう。他の問題が全部合っていれば百点になります。」
やったー!と大半の子が喜んでいたが、自分のテストが何点かもまだわからないのに、何がやったーなのか、今思えば全く意味がわからない。いや、私もつられてやったーと言ってしまった気がするが、先生がミスをしてそれを謝罪しただけなのにその状況を喜ぶなんて、なんとも子どもらしい。案の定、私は「他の問題」も間違えていて、九十点だった。
「でも、ひとりだけ、まだ習っていない漢字も、完璧に、きれいに書けていた人がいたので先生は驚きました。ヒナさん。いつもたっくさんお勉強しているからですね。学校のお勉強より先のお勉強をすることを『予習』と言います。みなさんもヒナさんのように、『予習』もできるようになるといいですね。」
カネダ先生に促されるように、教室中が拍手に包まれた。自分のミスを棚に上げて、美談にすり替える技術は、見事という他にない。ペテン師と教師は、紙一重だ。
 その授業のあとの休み時間、何人もの子が姉を囲んでいた。
「ヒナちゃん、すごいね!いっつも百点まんてんだもん!」
「ヒナちゃんって、天才だよね!」
悪意の無い言葉たちが、私の胸にグサグサと刺さってくる。「同じ顔のあの人とは大ちがいだね!」「そうそう!」誰も言っていないそんな言葉が、どこからか聞こえてくるようだ。そんな時、決まって私はトイレで長い用を足した。心の中でカウントダウンをして、ちょうど次の授業が始まる直前に教室に戻った。

 姉に負けないぐらい勉強を頑張る。そして姉と同じぐらい賞賛される。そう決意したこともあったが、すぐに諦めた。理由は二つ。どんどん難易度の上がっていく学習の中で、テストでの一つの凡ミスすら許されないというのはあまりにハードルが高かったこと。そして何より、「常に満点」の姉には、よくて、引き分け。「勝つことはない」という現実があったことだ。
 私はこのへんで『ビョーキ』をこじらせてしまったのだと思う。姉と同じ「物」なら、親にねだれば手に入った。でも、姉と同じ「能力」はどうやっても手に入らなかったのだ。

 「頭が良くて、自信に満ち、活発な姉」への負い目が、私を「おとなしく、影の薄い妹」へ変容させていくのに、時間はかからなかった。似ていれば似ている分だけ、周りから比較される。正反対の個性を獲得することは、私にとって唯一の鎮静剤となっていった。
 ただ、困ったことに、おとなしい子、は、ヤンチャボウズにとって恰好の標的となることも知った。からかう。物を奪う。小突く。そういう行為を自然と呼び寄せてしまうらしいのだ。しかし、私を泣かせる者を、姉は絶対に許さなかった。男子や、上級生にだって立ち向かっていって、最後には相手をだまらせるのだった。
「ユナは私が守るから。」
姉は、優しく、賢く、そして強かった。いつしか姉は、絶対に手が届かないほど大きな存在になっていた。

 「太陽の『陽』でヒナ、夕暮れの『夕』でユナ。お母さんのお腹の中にいる赤ちゃんが双子だってわかった時から、お父さんこの名前に決めてたんだ。そうして、生まれてみたらビックリ!本当にヒナは昼間に生まれて、ユナは夜になってから生まれたんだよ!」
お酒に酔うと、父はいつも自慢げにこの話をしていた。聞き飽きた母と姉は「またその話。」とあしらっていたが、私は聞けば聞くほど、強く心に刻まれていく思いがした。陽と夕。朝と夜。光と闇。私たち姉妹に、本当にぴったりじゃないか。私は生まれた時から、姉の影として生きていくことが決まっていたんだ。

 しかし、月日は流れ、小学四年生となった私たち姉妹に、一つの大きな転機が訪れる。

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