中村邦生編「この愛のゆくえ」ポケット・アンソロジー

これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛
(松坂慶子「愛の水中花」より)

岩波文庫別冊で「ポケットアンソロジー」として発行された2冊のうちの1つです。

「愛」というテーマは魅力的でありながらも漠然としていますが、編者の中村さんは古今東西の作品を目配りよく取り上げて、未知の作家・作品に出合う喜びと、既知の作品を新たな視点から捉えなおすことができる愉しみを読者に提供してくれています。

作家名をざっとあげるとイタロ・カルヴィーノ、チェーホフにはじまり、三島由紀夫、太宰治といったメジャーな一群から、プラトーノフやユルスナールといった面々から梶井基次郎、坂口安吾などなど。プロレタリア文学の代表者としてのみ捉えられがちな小林多喜二が、アンデルセンや宮沢賢治と同じ一冊に収録されているのに散漫な印象を与えないのは中村さんの編集の妙でしょう。

個人的に心に残ったのは、BLの先駆けともいえる堀辰雄、シニカルな三島由紀夫、得意中の得意の女性による一人語りが冴える太宰、捕虜と監視員に流れる友情を描いたオコナー、救いようのない話なのに、なせか温かさを感じるギャリ、淡淡とした文体でシュールな状況を綴った吉田知子あたりです。

それにしてもこのアンソロジーから覗き見ることができる「愛」の多様さには目を見張ります。友情以上恋愛未満の愛、ひたむきな愛、破壊にいたる激情の愛、遠回りな愛・・・人間という生き物はこれほどまでに愛を必要としていることが実感できる優れた一冊です。

So you’ve got to know there must be love.
やっぱり愛がなくちゃね
(矢野顕子「愛がなくちゃね」より)

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?