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「The Bell Jar」by Sylvia Plath / レビュー


The Bell Jar by Sylvia Plath

The Bell Jar

by Sylvia Plath

【作品情報】

ジャンル:フィクション(自伝的小説)
出版:初版1963年(as Victoria Lucas)

【レビュー】

本書は、詩人シルヴィア・プラスの唯一の小説で、1963年にVictoria Lucasの名で初版が出版された。本書は著者の半自伝的(フィクションだが自分の経験を重ね、場所や人の名前は変えてある)小説として知られており、本書が出版された直後に著者自身が自殺したことでも知られている。

この本を手に取った理由は、前回読んだ「Verity」が心に重かったため、軽めや幸せな作品よりも、重苦しく暗めで淡々とした雰囲気で上塗りしたいと思ったからだ。最初はGW中に読み始めたものの、重すぎて途中で本棚に戻していたところ、6月の私の気分に程よく合致したこともあり再挑戦した。本書は私の中では「死ぬまでに読みたい本」の1つだったこともありちょうどいい読み頃が見つかってよかったと感じた。

舞台は1953年。主人公Esther(エスター)はボストンの19歳の大学生。成績はストレートAの優等生で、奨学金ももらっている。ある時、ファッション誌のコンテストで選抜され、NYにある出版社に夏の間インターンシップに行くことになった。だが、誰もが憧れることを手にしているはずの自分が何ら楽しめていない。その夏、町中に流れた死刑執行のニュースと、病院で目にした死体の姿が頭から離れなくなる。何かがおかしいと感じ始めると、彼女の精神状態は次第に悪化していき、ついには精神科病院に入院するまでの状況に陥ってしまう。

主人公エスターの意識の流れを連ねていくような文章は、ヴァージニア・ウルフの「Mrs. Dalloway」(ダロウェイ夫人)を連想させた。エスターの思考がめぐるままに話題が変わっていくようなところがあり、少々状況把握が追いつかないこともあったが、読んでいくうちにエスターと同調し、彼女の気持ちを一緒に感じているような気分になった。

エスターは、当時の「女性は男性の付属物」という社会的常識に疑問を感じ、反発していた。結婚するまで処女を貫くという教えを自分は守ってきたのに、恋人は裏で情事(しかも1度や2度ではない)を経験していた。心の内では純潔な自分を笑っていたのだという裏切りを感じ、女性という役割でしか自分を見ていない彼から心が離れていく。これは今でも大して変わってはいないものの「男の浮気は想定内、女の浮気は言語道断」という風潮が当時のほうが顕著だったのだろう。今でも、口では「浮気は悪」と言いながら浮気に走る人は絶えないものの、意識的なその罪の重さに関しては男女差がほとんどないように感じる。

女性が枠にはめられることに反発するエスターは、ある女性の出産を目の当たりにした時も、分娩台を見て「拷問」だと語る。出産時に女性が鎮痛薬をのんでいる事実を知った時も「男が作りそうな薬」と揶揄する。出産後、周りは穏やかなムードだが、生まれた赤ちゃんが「男の子です」と言われても産婦が無反応だったことから、当時は「出産は喜ぶべきものである」という固定観念が前に出て、女性の苦痛がうやむやに(あるいは完全に無視)されていたことが見て取れる。男性主体の社会で出産の道具になることに反発したくなる気持ちも分からなくはない。

こうした社会の中で精神を病んでいき、最終的には「自分はどこにいてもベル・ジャー(鐘型をしたガラス瓶)の中で自分の吐く酸っぱい空気を吸い続けていて、その空気に包まれ、動けない」と感じるようになる。瓶の中の自分と酸っぱい空気は、恐らく出産を見る前に目撃した死産の赤ちゃんのホルマリン漬けの瓶と自分を重ねているのだと思うが、つまりは、生きている自分に死を重ねているのだろう。

彼女のエリート街道からの転落の裏に、こうした意識が働いているという事実は読んでいてとても苦しかった。精神を病んだから生まれた反発なのか、もともと反発心があったせいで抑圧された社会で精神を病んだのかは分からなかったが、もし完全に女性性が抑圧されない社会であったなら、彼女は病まずに済んだのだろうか? 

たとえ現在、性の平等化が進んでいる国であったとしても、無意識下では少なからず女性が抑圧されている気がする。力では男性に勝てないし、出産が女性の仕事である以上、女性の立場が必然的に弱くなってしまう事実はどうやっても覆らない。では、そこをどうしていくか、ということが私たちが今でも直面している課題ではあるが、この問題が70年前から現在に至っても大きくは変わっていないという事実を突きつけられた気がした。

※文中で使った日本語は、全て私訳。


【訳書情報】

邦題:「ベル・ジャー」
著者:シルヴィア・プラス


#洋書
#海外文学


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