見出し画像

我思ふ Pt.131 過去の古傷16 【まずは仙台へ】

↑の続き

「えぇと…何だよ…何でホームがこんなにあるんだよ…出口は…と…おいぃ…」

東京駅に着いた私は電車からホームに降りると、そのホームの多さ、そして出口の多さにパニックになった。
私の生息域にある駅はホームは三つ、出口は二つだ。
それに比べて、この東京駅というのは何だ。

何度も言うが、この時代スマホなんて無ぇんだからな?
地図アプリなんて無ぇんだからな?

細々した情報は本や雑誌で収集、後はパソコンで事前にチェックしたものを印刷したり、道のりや地図なども事前に印刷し、持参し、それを見ながら目的地を目指す。
田舎者で、移動手段は個人所有の車が殆んどというこの私が電車で東京に行くというのだからこれまたちょっとした大冒険だ。

自宅アパートから徒歩五分のバス停へ

バスに揺られて十五分

駅に到着し、某駅まで四十分

他線へ乗り換えて待ち約十分弱

他線電車に揺られて約四十分

東京駅到着←今の時系列ここ

パンキッシュな柄がプリントがされただぼついた黒いパーカー、ピタッとした青いニット帽、青いレンズのサングラス(度付き)、やや太目のダメージジーンズ、スニーカー、そして黒いディッキーズのリュックという出で立ちでこの私、東京上陸。
四月末とはいえまだまだ夜は寒い。
いや、東京を舐めていた。
寒い。

ちなみに一応よそ行きの服装なのよ?
この時代のあたしったらいつもの冬から春コーデと言ったら、真っ黒のサングラスに、メタルバンドTシャツ、ライダースの革ジャン、ダメージジーンズにエンジニアブーツというメタルキッズ丸出しのもの。
だから今回の装いは私なりに精一杯お洒落したつもり。
アンチB系だった私が精一杯B系に近付こうと努力した結果が上記の装いだ。

東京駅八重洲口発、仙台駅行きの夜行バスの発車時刻は夜十時、ただいまの時刻、夜七時ちょうどだ。

「と、…とりあえずアレだな…夜行バスのバス停だけ確認しとくか…。飯はそれからかな。」

私はバス停の場所を確認しに行く為に、とりあえず階段の登り降りを繰り返し、ホームから脱出したのだが…

分からん。


全然分からんぞ、TOKYO。
ギタリスト宅でプリントアウトしてもらった地図や、駅マップを片手に歩き回る事数十分…マジで分からん。

「いや、コレ…マジで迷子かもしれねぇな。」

冷たい汗が額に浮かぶ。
東京駅に来るのは初めてではないが、単独で降り立ったのは初めてだ。
聞く相手もいないし、知識もほぼゼロに近い。

「飯食う時間が無くなっちまう。えぇと…どうすっか…。ん?そうか…。」

私の目にKIOSK(キオスク)が見えた。
あ、キオスクってまだあんの?
しばらく電車乗ってないから分からないんですけど、まぁいいや。
キオスクの有り無しは今の私にはあんまり関係無いんでね。
キオスク≒駅売店という扱いでいいのかな?
知らんけど。
今はコンビニが入っている事が多いのだろうか?
私はキオスクのおばちゃんに聞いてみようと思ったのだ。
現状は知らないが、昔はキオスクのおばちゃんに聞けば駅の事は大体知っているという伝説があった…よね?

私はキオスクでアサヒスーパードライ350mlの缶をケースから取り出し、おばちゃんの前に置いた。
よく冷えている。

「はぁい、210円で…ス」

愛想の無ぇB …いや、何でもない。

「…。」

愛想の無ぇババァに愛想良くするほどこの時の俺は大人じゃないんでな。
無言で210円を渡し、向こうが何か言う前にアサヒスーパードライを手に取りその場を立ち去った。
少し離れた位置に立ち止まると、アサヒスーパードライの缶をプシッと神の福音を響かせて、ゴクゴクと喉に流し込んだ。

「かぁっはぁ!ふぃい〜。」

もう一度言うが、私は空前絶後の馬鹿だ。
もうキオスクに行った理由を忘れている。
馬鹿に失礼だと思うくらい馬鹿だ。

「あ、忘れてた。あのババァに聞こうと思ってたんだっけ?ムカつきすぎて忘れちったわ。一から客商売の勉強し直せやク○が、ったく気分わりぃなぁ。えぇと…どうすっか。お?あぁあそこ…。」

駅の窓口だ。
わざわざ駅売店の店員に聞かなくても、その道のプロに聞けば良いではないか。
いちいち馬鹿である。

「おぉ…空いてる。チャンスだ。」

私はグビグビとビールを飲み干すと、窓口へと向かい、駅員に話しかけた。

「すいません。」

「あ、はぁい。」

駅員は三十代くらいか?
まぁまぁ老けたおっさんだ。

「あのぅ…八重洲口のバス停に行きたいんですよ。どう行っていいか分かんなくて。教えてもらえたらなと。」

「あぁ、八重洲口ですね?ちょぉっとこっから遠いですよ?時間は?まだ大丈夫?」

「はい、十時発なんで…」

「あ、ホント?良かったです。んじゃ…えぇと…なんか紙に書いた方が分かりやすいかな?」

「あ、そうしてくれると…」

「分かりました、少々お待ちを…」

フレンドリーで優しいおっさんだ。
こういう人に対応してもらうとこちらも自然と丁寧になるし、落ち着くもんだ。
その駅員はデスクの端にある雑紙を手に取り、簡単な案内図をボールペンで書いてくれた。

「はい、これね?どうぞ。」

「あぁ、すいませんね。助かります。」

「多分これで分かると思うけど…分からなかったらこの先にも窓口も改札口もあるから聞いてみて下さい。」

「いや、ホント、ありがとうございます。」

私は深々と頭を下げると、その場を後にした。
そしてその駅員が書いてくれた案内図を頼りに東京駅内部を歩き回る事…忘れたけどかなり彷徨った記憶があるな。

見つけた。
東京駅八重洲口だ。

「ふぅ…歩いたな。しかもビール飲んじまったから余計疲れた。後は、このバスチケットに書いてある番号のバス停を見つけりゃとりあえず安心か。」

私は更に歩き、ようやく見つけた。

この頃の八重洲口バス停の案内ってば優しくねぇんだわ。
田舎モンや初心者に厳しいっスよ。

「はぁ…見つけた…ここか…バス会社、行き先、時間、んで…番号!間違い無ぇ!さぁ…飯にすっかな。」

とはいえ、私はそれほど金銭を持ち合わせていない。
バリューな食事処はどこかなぁ?

そうだね、吉野家だね。

幸運な事にこのバス停から吉野家の看板が見える。
ありがたい。
現代日本ならば、スマホを出してすぐに検索して済むものなのだが…。
今から過去に戻っても恐らくまともに生活できないだろう。

吉野家に入り、並と味噌汁を注文してようやく一息。
久しぶりに座った気がする。
ぬるいお茶が心地良い。

迷ったおかげというか、計算通りというか、これから食事を済ませ、飲み物をその辺で買っていればちょうど良い時間になる。

「はぁい、並と味噌汁でーす。」

「はい、ども。」

私は三分で牛丼と味噌汁をかき込み、吉野家を後にした。
そして美結に電話をする時間だ。
私はバス停に向かいながら電話をかけた。

「もしもーし!たける様?今どこぉ!」

私はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら鬱状態ではないようだ。

「ハハハ!美結、まだ東京に着いたばかりだよ。まだまだ山形は遠いよ。今夕飯食ったところだ。」

「えっへへぇ、そっかそっかぁ…ムフフフン…。たける様がこっちに来るのか…大丈夫?バスの中で夜を明かすんでしょ?さみしくないの?」

「アパートでも一人だからね。バスん中で寝るかアパートで寝るかの違いだけだよ。」

「そっか、ならいいけど…ねぇ…たける様ぁ、あたし…たける様に会ったらおかしくなっちゃうかもしれないな…」

私はギョッとした。

おかしくなる≒そういう状態になる≒そういう事をする

健全なヤローならそう考えるんじゃない?
この時の俺…別におかしくないよね…?

私は平静を保つ為に、煙草に火を点けた。

歩き煙草してしまいました。
もう二十年以上前だから時効としてくれないスかね。

「たける様ぁ…煙草…火点けたでしょ…動揺してるの…?」

美結のトロンとした声が私の脳を刺激する。

こいつは本当に高校一年生なのか?
本当にあの写真の娘なのか?

「あ、あぁそりゃそうだ…好きな人から、んな事言われたらな…。」

「ンフフ…たける様ァ、かわいいな…そんなところも大好き。」

「…み、美結…。俺も好きだよ。」

「たける様ぁ…待ってる…。あたし…待ってる…」

「あぁ…。待っていてくれ。安心して待っていてくれ。必ず行く。」

「うん、分かったよ。たける様…待ってるね。」

「あぁ、じゃあ、おやすみ。」

「…うん…。」

美結が通話を切ったのを確認して私も通話を切った。

「お、大人をからかうんじゃねぇや…ったく…」

私は煙草を咥え直し、バス停へ向かった。

バス停に着いたのは、発車時刻の二十分前という、ここしかないといった時間だ。
すでにバスは到着しており、係員がバスの乗降口の前に立っている。
係員にチケットを渡し、座席番号を確認した後にいざ乗車。
初めての高速夜行バスだ。
心地良い緊張感が私の内臓を気持ち良く締め付ける。
バスの中央から少し後方の席の窓側席だ。

「すんません。通りやす。」

すでに私の隣の通路側の席には先客が座っていたので一声かけて膝を引っ込めてもらい、自席に着いた。
隣の席は白髪のおっさんが座っている。
そのおっさんのツラを見るとそんなに刺々しい印象は見受けられない。
まぁこれから私と寝床を共にするのだ。
よろしく頼むぜおっさん。

さぁ…行こうではないか。
初めての東北へ、初めての高速夜行バスに乗り、初めての遠距離恋愛の彼女に会う為に。

夜十時、満席となった東京駅八重洲口発、仙台駅行きの高速夜行バスは定刻通りに発車した。


続く

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければフォローお願いします。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?