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キガラシの花|掌編小説(#シロクマ文芸部)

「春と風にてられたんだな。何とも運が悪い人だ」

 診療所に運ばれてきた若い女性を見ながら言う。いや、宮下が偶然近くを通りかかったので、運が良かったと言うべきか。

「死んでんのか?」

 女性を運んできた宮下が心配そうに聞く。

「心配要らないよ。3秒で起きる」

 気付け薬を女性の鼻のそばに持って行くと……。

「はっ!」

 飛び起きた女性に驚いたのか、宮下は「おお!?」と変な声を出す。

「お姉さん、記憶は?」
「えっと……菜の花畑を見つけたの。そしたら、急にめまいがして……」
「キガラシにやられたんだな」
「え? キガラシ?」

 毎年、何も知らずにやって来た観光客が1人か2人、キガラシの犠牲になる。診療所に運ばれて来た時は、ほとんどが手遅れの状態だ。

「見た目は菜の花にそっくりだが、全く違う。キガラシは、『生き物の気を枯らす』って意味だ。つまり、生き物を誘い込んで気絶させて、そのまま養分にしちまう恐ろしい植物なんだよ。そこの宮下さんが通りかからなきゃ、あんたはキガラシの餌食になってたところだ」

 女性は青白い顔のまま、小さな声で宮下に「ありがとうございます……」と礼を言った。

「お姉さん、駅まで送って行きますから」

 宮下が女性に手を差し出す。

「気を付けてな」

 そう言うと、女性はぺこっと頭を下げ、宮下と一緒に出て行った。

「チッ、余計なことを。キガラシ達のエサが逃げちまったじゃねぇか」

 車でキガラシ畑に向かう。

 ――バカな観光客が引っかかってないか。

 そんな期待に胸を躍らせながら。

(了)


小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。

話はフィクションですが、「キガラシ」という植物は実在します。
詳細はこちらをご覧ください。

バナー写真は、私がオホーツクの佐呂間町で撮影したキガラシ畑です。


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