見出し画像

2024年のはじまり|万物の黎明

2024年、最悪の年明けに人類学者・デヴィッド・グレーバー氏が遺した『万物の黎明 人類史を根本からくつがえす』を読み解けば、今の社会の歪みに気付かされます。何かと穏やかではない時代だからこそ、互いに足を引っ張りあっている場合ではないと思うのです。

 2024年の日本は能登半島地震からはじまった。元日に最大震度6強を記録した能登市中心部・朝市通りでは200棟以上の店舗や住居が焼ける火災が発生し、翌2日には支援物資を届けようと羽田空港の滑走路で離陸の準備を進めていた海上保安庁の航空機に、着陸してきたJAL516便が衝突した。燃えさかる満員のエアバスA350-900型機からは奇跡的に全員が脱出できたけれど、海保機の乗員は機長を除く5人全員が亡くなっている。最悪の年明けである。被災地では沿岸部を中心に土砂崩れなどによる道路の通行止めが相次ぎ、いくつもの集落が孤立した。水や食料だけでなく、毛布などの防寒具も不足しているという。すぐに各方面から支援の声が上がったのは自然な流れだろう。

 台湾当局から6000万円、米メジャーリーグは大谷翔平氏と所属球団から100万ドル、嵐の5人が所属レーベルを通じて6750万円と、多額の義援金が報道されればされるほど、その輪は広がっていく。各界の著名人たちは各々にSNSで寄付を報告すると共に、その方法を私たちに案内してくれた。これに対して、いつも通りに、偽善だ、売名だというヤジが飛ぶ。東日本大震災、新型コロナウイルスという未曾有の危機を共に乗り越えて、日本にもすっかり寄付の習慣が根付いたかと思いきや、状況は以前から変わっていない。他人に恵んでもらうことを由としない恥の文化によるものなのか、質素倹約を美徳とし稼ぐことを躊躇う国民性によるものなのか。4日には被災者救援に向けて自ら陣頭指揮を執るはずの首相がテレビで呑気な姿を見せたこともあって、本来はもっと国が援助すべき話だという声も上がっていた。

 日本に生まれた育った私たちは、国が何とかしてくれると信じて疑わない。しかし今の国民主権の民主主義において、国とはすなわち私たち自身のことである。国民同士が互いを頼らず、国という概念に寄りかかろうとするのは何故なのだろうか。国がきっと上手くやってくれる。国であればきっと皆を公平に扱ってくれる。そのために高い税金を納めているのだから。そのための国という制度なのだから。この暗黙的な前提を疑ってかかったのが人類学者・デヴィッド・グレーバー(David Graeber)氏である。遺作となった、考古学者・デヴィッド・ウェングロウ(David Wengrow)氏との共著『万物の黎明』(光文社、2023)において、都市や国家が成立した歴史を振り返り、その道のりが決して一直線ではなかったことを解き明かす。

 これは人類が農耕というイノベーションを生み出し、狩猟から解放されたことをきっかけに土地に住み、分業を進め、組織を作り上げる過程で必然的に見い出された最適解が「国」だったという通説に疑問を投げかれるものである。ヨーロッパ人が入植する前のアメリカ大陸はもっと民主的だった。たとえリーダーがいても命令に従わない自由が認められていた。資産は共有され、互いに与え合うことが当然だった。だからヨーロッパの階層化社会を知ってもそこに魅力を感じず、自らの社会のあり方を選択的に維持し続ける人々がいたという。また危険を伴う狩りの季節には一箇所に集まり、安全保障のために一時的には警察を組織するも、それが終わればまた小さなチームに分かれて暮らす部族もあったようだ。彼/彼女らは権力の危険性を知っていたのだろう。少なくとも複数の社会制度を行き来する自由を有し、自らのために選んでいたことが分かっている。それがいつの間にか、西洋の規定するフォーマットに一律的に押し込まれてしまった現状がある。

 グレーバー氏らはなにも今の国のあり方を否定したいわけではない。ただ、これまでの歴史が隠され、過去の多様な社会が忘れ去れることを案じているのだ。それはつまり今を最先端として、無条件に賞賛することの危うさとも捉えることができる。私たちは国の怠惰を言い訳にして、自らの自由を放棄していないだろうか。他人の自由を制限してはいないだろうか。『万物の黎明』を通じて明らかになる多様な人々の暮らしは、いつだって集団を基本としていた。規模の大小は異なれど、互いに支え合って生きてきたことは共通している。格差が助長され、一部の人に権限が集まるような現在の「国」が、もしもこれを妨げているのであれば、人間社会の自然なあり方ではないと気付かされるだろう。いよいよ軌道修正のタイミングに来ているのかも知れない。JAL516便から全員が無事に脱出できた理由は、誰もが自分の手荷物を放棄したことだと言われている。もう互いに足を引っ張りあっている場合ではないと思うのだ。

この記事が参加している募集

読書感想文

多様性を考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?