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(8)国際外交は、「先行」 優位。

4人の日本人政治家が2手に分かれて、黒竜江省に進出した企業の工場視察に臨んでいた。モリは柳井前首相、社会党幹事長と台湾の外相、産業相と共に、台湾企業の半導体工場と自動車部品工場を視察して廻っていた。里子外相とモリ・ホタル官房長官は、日本のプルシアンブルー社とベネズエラのGray Equipment社の半導体工場と自動車部品工場を廻る。旧満州2省の黒竜江省には、半導体、デバイスを主流とする部品産業が進出し、吉林省には完成品組立て工場を配置した。今回は黒竜江省の部品産業を訪問し、来月は完成品工場のある吉林省を訪問する。工場内の公開はしていないので、集まったマスコミは工場の大会議室で、大臣達の視察が終わるのを待っていた。完成部品や半導体すら展示が無い徹底ぶりで、それだけ機密に該当する部品を製造している工場なのだと伺わせていた。
日本とベネズエラがICやCPU等の複雑な半導体を製造し、トランジスタ、コンデンサ等の汎用部品を台湾が製造するという役割分担がなされている。自動車部品も同様に、日台で製造する部品が分割されていた。製造品、生産品が戦略商品であるのも去ることながら、この工場の生産ラインに携わっているのはロボットのみとなり、この生産ライン自体の情報公開が許されていない。  
「先端技術を取り扱う工場では、今後、人手を必要としなくなる」といった憶測が蔓延するのは時期尚早と日台政府間で確認しあっていた。  
不要となるのは工場の生産ラインに従事する人々に限定されており、生産ライン自体がオートメーション化されているので、人数的には限られたものとなる。無人工場で製造可能になったといっても、資材部門や開発研究、販売、営業、人事、経営部門等では引き続き人材が必要となる。ベネズエラの製造企業では工場がほぼ無人化されているのだが、無人化の内情だけが独り歩きしたまま流布するのを日台両国は敬遠した。ロボット技術の確立していない国で、人材雇用に対する将来への不安が増長しかねないからだ。         

マスコミ、特に中国の記者たちは勝手に憶測する。黒竜江省と吉林省に新たに進出して来た外資系企業は、最先端製品を生産する工場を建設した事実を踏まえる。アンモニア駆動自動車やPC,タブレット端末など、日本とベネズエラ製品向けの先端技術を取り入れた工場ばかりだった。そこに台湾資本の企業が加わり、北朝鮮内の日本、ベネズエラ資本の企業との傾向の違いが見て取れた。
ここで「カン違い」が生じる。マスコミや学者達の誤認が「歪な形状となった中国のGDP」に起因する。中国政府は黒竜江省と吉林省の旧満州経済特区のGDPを当然のようにカウントしている。表向きは中国領土となっている為だが、旧満州経済特区の経済成果は北朝鮮で別カウントされている。公にされていない事実なので仕方がないのだが、土地所有者であるモリ家の資産に密かに加えられている。旧満州経済特区の収益が加わってベネズエラの資金源が潤沢となっているのだが、同時に宇宙開発による資源獲得というイレギュラーな資金も加わっており、宇宙環境の監視能力のない他国には、ベネズエラの資金源を俄に判断できない状況になっている。 
ベネズエラ政府の大臣達にも、旧満州の真の所有者が誰なのか知らされていない。公開されているモリの2箇所の住宅は1000万円にも満たないプレハブ住宅で、居住している地所も郊外の安価な土地だ。家族が経営するファストファッションを常に身に纏い、質素な生活に徹している大統領が、実は莫大な資金を持っている事実は巧妙に伏せられている。日本やアメリカの政治家のように、資産内容を公開する必要性が無い国でもある。国会議員の居ない、大統領に指名された大臣で組織された政府によって運営されており、憲法はモリが着任してからも改正はされていない。
国営企業的な体制の大企業が中心となった、社会主義的な体制が残った国家となっており、外からは財政状況を把握することが出来ない。 
宇宙開発で得た鉱物資源の総量をベネズエラ政府は把握していても、元々ベネズエラが資源国なので宇宙開発による資源なのか、ベネズエラ本土で産出された鉱物なのかの区分けが明確にされたり、公表されてはいない。 更に、中南米諸国間でも資源を融通し合うので、ブラジル産なのか、チリ産なのか、ボリビア産なのかが不明瞭となっている。同一経済圏ならではの話なのだが、これが「隠れ蓑」となる。例えば、ベネズエラ政府が外交取引のある各国に密かにバラ撒いている金塊などの費用も顕在化することもない。大統領機密費の項目でも、資源そのものの価格は記載されず、帳簿上は「金塊の製造コスト」だけが記される。

大統領機密費は財務相も外相も、首相でさえも把握していないので、旧満州の齎す利益が加わっている事実も、機密費の総額がどの程度のものなのかが分かっていない。この隠れ蓑の様な大統領機密費の存在が、ベネズエラにとっては都合がいい反面、中国政府にとってはあまり好ましくない内容となる。
「旧満州経済特区の成長が低迷している中国経済を支えている」という論調がメディアで散見される。    黒竜江省と吉林省の所有者は実は中国では無いと誰も知らないのだから、仕方がない。長年ライバル関係にあるとされ、中国と比較される対象のアメリカには経済的に好調な州政府や都市が一つも無い。発展の原動力となっている黒竜江と吉林の2省を経済特区にした前政権の判断は的確なものだと、中国政府への称賛の声が自然と集まる。旧満州経済特区の税収が中国政府のモノになっていると誰もが信じ切っている。
中国の真のGDP数値は、成長著しいこの2省のGDPを省いた数値となる。単なる名目に過ぎない旧満州経済特区が急成長を遂げている実態が、中国のマスコミと経済学者を歓喜させる。他国から見れば、経済特区は北朝鮮総督府の中国への最高のアシストだと羨む。数年後には、この2省のGDPだけで北朝鮮経済規模を上廻るだろうと見なされている。北朝鮮人口3000万人に対して2省が7000万人なので、人口比率の違いにより、生産性や消費購買力で成長カーブが異なったものになるだろうと報じられていた。        
「日本・北朝鮮・ベネズエラ側は中国ばかり支援をしている」と非難混じりの国際的な勘違いもされる。日本連合が隣国の中国経済を旧満州経済特区の強化によって支えていると誰もが勘違いしてくれるので、これ以外の過剰な支援を中国に対して行う必要から解放される。それ故に不要となった農機具や漁船の中古品を充てがうだけで済んでしまう。もし、米国向けの支援と同規模の支援を中国に対して行えば、「過剰だ」と騒ぎに成り兼ねない。                
中国政府だけが、旧満州経済特区の存在に頭を悩ませ続ける。とは言え、特区が加わった名目上GDPが中国に齎す恩恵はゼロではない。旧満州経済特区があるので、経済的に失墜したアメリカ(CCC-)程の国際格付けに中国は(BBB-)はならない。脆弱な中国金融機関であっても、格付け機関の評価だけは維持される・・メリットはそれだけとなる。       
成長を続ける経済特区の存在が、中国向けの支援の必要性は無いと勝手に判断されるので、中国政府は頭を抱え続ける。国内経済困窮の度合いがゆっくりと進んでいるからだ。   
ーーー                     経済特区が成立してからというもの、日本資本、ベネズエラ資本の企業が進出し、経済基盤を作り上げていった。中国資本の企業が競争に敗れて経済特区から撤退する傾向が続いた。 黒竜江省と吉林省の各都市の再開発が進み、中国的な景観は徐々に薄れ、高層建造物の無い北朝鮮の欧州的な都市作りが進んでいった。旧満州経済特区に進出したメディア企業のAngle社によって景観美を兼ね備えた都市を題材にしたCMやドラマが制作されてゆく。撮影時は英語が主要言語となり、AIテレビが持つ翻訳機能で中国語再生する視聴方法が一般的に浸透していた。自然と中国文化を排他する印象操作的な風潮が蔓延していた。Angle社の世界的なトレンドを取り入れた番組作りでは、漢族は殆ど登場せず、モンゴル人、チベット人、ロシア人、朝鮮人、ウイグル人そして日本人と、実に多様な民族が撮られて、無国籍感溢れる映像が主流となってゆく。周辺国からの多民族の流入が加速し、更に台湾資本の企業の進出に圧されて、中国資本企業や経営者が経済特区から撤退し中国本土に帰ってゆく。 経済特区に於ける漢民族割合が減少し、人口の8割から3割を切るまでに至ると特区内での日本人知事の登場も違和感なく受け止められた背景がある。 

中国政府にとって最も誤算となったのが、台湾資本の流入だった。自動車やITなどの製造企業は日本企業との合弁企業の体を取るが、旅行業、飲食業、流通業などの中小企業は台湾人経営によるものが増え出した。従来の中国人経営者の事業には打撃となり、商売が尽く傾き始めており、中小企業の中国内陸部への撤退も増加傾向にある。台湾企業のみならず、ASEAN企業も今後は旧満州へ進出してくるようになるとも目されており、吉林省に隣接する、大連や范陽といった大都市を抱える遼寧省へ漢族が転出する傾向が更に加速すると予想される事態になっている。        

北朝鮮で行ってきた無国籍政策が、旧満州経済特区では漢族の自然排他的な面を打ち出している。中国政府、中南海が日本連合の特区内政策に警戒する一方で、中国の各省では真逆の動きをし始めていた。
旧満州経済特区、北朝鮮とフィリピン、スービック市経済特区への進出、南太平洋諸国への資本投入等、昨今の日本企業進出と成功を目の当たりにして迎合する動きをし始めている。「我が省内にも経済特区を作って、日本連合の企業進出を促し、国内経済を活性化すべき」と手を上げる省が少ならからず出ていた。中南海は板挟みであり、諸刃の剣にもなると警戒を強めていた。20年前、中国の国家顧問を担っていたモリが吉林市内と長春市内で始めた無人化輸送網と、ネット流通事業と無人化配送システムの導入した当時の再現のような印象を受けていた。「我が省内にも無人運行バスを、無人列車運行の採用を」と直訴する動きが各省で加速した。現在では、進化した無人化配送システムに留まらず、ロボット支援による24時間工業操業の実現、ロボットとモビルスーツを投入した建設現場作りなど、際限なく要求が膨れ上がるのが目に見えていた。      
経済特区設立に各省が手を上げれば、日本やベネズエラ資本企業に国内経済が侵食され、産業の空洞化が更に進む可能性が高くなる。日本との間の為替レートも芳しいものでは無く、中国内で外貨・円の流通量が更に増し、中国・元の下落が進みかねない。黒竜江省と吉林省での中国企業の更なる撤退が予想されている状況を「已む無し」と受け止めて目を瞑り、経済活性化の為には、競争力のある日本連合の企業の受け入れて迎合するしかない、とまことしやかに囁かれている。中南海が各省からのこの申し出を突っぱねれば、黒竜江省と吉林省だけ潤うのは差別ではないかと反感を買うかもしれない。旧満州経済特区入りし、視察をしながら不用意に発言する省の役人も出現し始めている。「我が省も日本人知事を迎えて、経済特区化を検討したい」と。 来月早々に全人代、全国人民代表大会が始まる。中南海は各省からの要求と要請で満ち溢れる場になるだろうと警戒していた。          
黒竜江省と吉林省の新任の日本人知事が、来月開催する全人代で「成功事例」のプレゼンを行えば、コントロール不能と成り兼ねないと、対応策を論じあっていた。 
ーーー                     封鎖されていたアメリカとメキシコの国境が開放され、中南米を目指す人々が動き出した。中国は日本連合と組んだ経済特区が成功し、経済的な恩恵を得ている・・と世界中で誤解していた。
グアム沖で中国漁船が沈没した事件は、米中の高官の発言や検証ばかりが先行し、グアム政府の蚊帳の外の出来事のように扱われる。加害者となった米軍がグアムに居なければ生じなかった事件であり、違法操業していた中国船が領海内に来なければ起きなかった事件だ。 
グアムの政治家が「大国の意向や尻ぬぐいに左右される国家のままでは、明るい未来はやってこない。難民を生み出すまで弱体化したアメリカと離別して、自立する時がやって来た」と発言し、地元のメディアでは大きく取り上げられ、人々が賛同した。  
アンドリュース米軍基地の前や、中国人の経営する中華料理店や企業前を通るデモ活動が市民によって行われ、アメリカ人と中国人の排斥の運動が起こるに至って、漁船沈没事件を追っていたマスコミが伝え始める。事件が引き起こした余波として報じられる。    
タイミング的に重なったのが、中国人留学生の存在が多数、グアムに滞在していた頃でもある。アメリカの世情が混乱していたので、ハワイ、グアム、サイパンに一次避難していた中国人留学生が一定数居た。
中国の若者がアメリカ留学し、学位を取って米国市民となる・・21世紀になってそのような潮流が起こった。米国の大学へ進学する学生を増やして、米国内の研究内容を把握し、技術を習得する・・中国・中南海政府の思惑も微妙に絡んで、政策の様に推進されて来た背景がある。留学前に語学習得目的で、グアムやサイパンの英会話スクールが利用され、米国統治領で英語を身につけてから、米国本国の大学進学を目指す若者が年々増加する傾向に有った。      
 風向きが変わり始めたのは数年前からだ。米国経済が低迷期に入っていた所へ追い打ちのように、行政が対処できない事態を顕在化してしまう。過去最強クラスとされた寒気団が南部を除く北米全土を覆い、降雪と路面凍結による都市機能麻痺を齎した。スリップ事故や送電異常による火災などの様々な混乱を誘発していった。行政対応が追いつかない事態に都市機能が麻痺状態となると、店舗襲撃などの暴動が恒常化し、主要都市で生じた社会混乱が都市から都市へと伝播していった。
暴徒化した市民の攻撃対象は広範囲に及んだが、黒人層、白人層の共通した標的の一つとなったのが、アジア人だった。日頃から人種差別的な扱いを受けてはいたが、排斥の対象に転ずると攻撃対象となった。米国社会に潜在していた本質が噴出し、社会混乱の度合いが過激になってゆく。これが数多くの難民を生み出すキッカケとなった。ヘイト対象から逃れようとメキシコ国境を目指す人々が増加し、中国人だけがを渡れない状態となり、中国政府は中国人留学生に向けて国外退避勧告を行った。中国に帰国するもの、語学留学で地の利があるハワイ、グアム、サイパンに一次避難する学生、企業雇用者がいた。そのタイミングでグアム島民によるデモ活動が頻発となっていた。中国人留学生や米兵とグアム島民との間で衝突が度々生じて、ケガ人が出る事態にまでエスカレートしてゆく。        
 北マリアナ諸島政府、グアム政府は拡大解釈したのか、中南米軍にレスキュー隊の派遣を要請し、米国本土の騒乱の再現を止めてほしいと泣きついてきた。米軍に要請すれば更なる衝突に繋がり兼ねないと判断したようだ。

ーー

黒竜江省チチハル市のエンジン部品工場の視察を終えて、台湾の外相・産業相と日本の柳井前首相の3人と共に日本資本のスーパーマーケット、Indigo Blue Groceryのチチハル市内の大型店舗に到着する。店の前でプルシアンブルー社の副会長の樹里・マクスウェルが大臣一行を待ち構え、出迎える。表向きはモリの養女の一人として知られている樹里は、長春とハルビンで開催された日本人知事の就任式典でヴォーカル担当し、踊りまくった事で旧満州内では顔は知られている。バンド演奏放映時の瞬間視聴率が7割近くまで上がったらしく、大勢の人で店舗前の広場はごった返している。ちゃっかり自分が歌っている曲をBGMのように流す周到さだ。副会長として台湾の大臣をもてなす素振りを見せながらも、時折視線を義父に絡めてくるので、ワザとそ知らぬ顔をする。メディアに映されようものなら、2人の本当の関係がバレてしまうかもしれない。強面の顔をベースにして、会話の端々で笑顔を見せる。     
樹里が東京からやってきた目的は、スーパーに陳列する新商品を大臣達に紹介する為だった。プルシアンブルー社が所有するサンダーバード輸送機のガントレーボックスを分厚いアクリル状の透明な特殊樹脂にし、大気を経由しない強力な太陽光を四方から浴びる仕様に変更した。高度5万mの上空で漬物作りを行い、酒類の酵母培養、魚の干物、ビーフジャーキー、鶏肉の燻製、ドライフルーツ等の製造、培養を始めた。       
宇宙空間でダイレクトに直射日光を浴び、無菌状態の極度に乾燥した室内で数時間で干物や乾物を作り、酵母を培養する。宇宙空間の食材をIndigo Blueのオリジナルブランド商品として、北朝鮮と旧満州の各店舗で今日から先行販売を開始する。高速無菌培養されたビール酵母と酒酵母で製造された、ビールと日本酒を、宇宙空間で漬けられたキムチを摘みながら試飲すると、大臣達は大喜びしながら、もっと寄越せとお代わりを求める。

プライベートブランドと言っても、モリが20年前に作った吉林市の酒工場で製造しているので柳井前首相とモリは既に常用しているのだが、2人で初めて食したような顔をして台湾の大臣と談笑していた。この熟成されたキムチが地球を20周、約2日で漬かったものだと聞けば大臣達も驚いた顔をする。日本海の鯖と鯵の干物も、北陸牛のビーフジャーキーも、フィリピン産果物のドライフルーツも1日掛からずに出来てしまう。   
他社には無い製品であるのと、宇宙空間仕様の食品ということで注目は集まる。発売日をこの日に合わせて政治家に試食させ、PRするように仕組んだのも、無菌の宇宙空間の活用を考案したのも樹里だ。台湾の大臣が飲食に熱中しだすと、樹里はモリに張り付いて、娘のように笑っている。映像では仲の良い親子として撮られているであろうと祈りつつ・・。  コンビニでも販売している定番のウイスキーの「Forest」、日本酒の「吉林」RedStar Beerと製造方法は同じで、酵母だけが宇宙酵母に置き換わる。「Galaxy」と「銀河」という形容詞を商品名に加えて、値段は1割増しとした。ウィスキーはー昨年から、日本酒は昨秋から仕込みされているのだが、その矛盾に誰も気付かないのか記者たちは追及しない。   仕方ないと判断したのか、5年前から少量の酵母培養と干物の製造をしていたと柳井前首相が明かす。政府関係者だけで実は試作品は手にしており、万全の態勢でこの日の商品化に至ったと。 大臣達だけで無く、各メディアにも試食してもらい各社がそれぞれ食レポしてゆく。          
大臣達は中国メディアからの質問を受ける。一緒にいたモリと樹里は3人の話す中国語に付いて行けず、タブレットの翻訳機能を使って記者とのやり取りを聞いていた。      
モリには分からないが、「台北なまり」なるものがあるそうで、台湾国籍を所有する柳井純子の、密かに任務している台湾政府顧問としての役割が所々で散見され、モリが所々で片言の北京語で合いの手を入れて誤魔化し、樹里が英語で応える、そんな場「・・現在は5機の輸送機の25mのガントレーボックスで、商品の製造と発酵、乾燥、原料の酵母の培養をしております。先ずは旧満州と北朝鮮の売上の状況を見て、世界中の店舗と提携スーパーへの商品導入を計画しようと考えております。輸送機の台数を増やして十分な量の生産を実現するのです。因みに、宇宙空間で培養した酵母を使った酒類の製造は父が建設したRedStar社の工場に委託しております。5年前から、彼の晩酌の定番酒なんです。ね、ダディ?」
突然、樹里に英語で振られ頷く。

「宇宙空間で培養された酵母や食品でも、価格が通常品とさほど変わらないのは、どうしてですか?」記者が質問して、樹里が答える。   

「地上で製造するより、大幅に時間の短縮が出来る為、なんです。これが価格の要因ですね。輸送機自体のコストは掛かりましたが、我が社の運輸部門が所有している機体を利用しています。核燃料ですので、殆ど燃料費は掛かりませんし、それに、キムチもたくあんも、京都の千枚漬も全てモリ大統領のお気に入り食品なので、輸送機自体の価格も破格値で提供して頂きました。パパ、その節はどうもありがとう」と、モリの方を見ながら言う。
「どういたしまして」とモリも頭を仕方なく頭を下げる。「パパ」とモリに対して呼称すれば、樹里との間の息子たちにとっても違和感は無い。

 Indigo blueの各店舗では「中南米の収穫フェア」も同時に開催している。ブラジル、コロンビア、ベネズエラの小麦や野菜、ベネズエラ産のコシヒカリ、蕎麦を中国内の51店舗で販売している。2月と9月の2回の収穫期に、中国の統制価格を下回る商品を販売するのが、狙いだ。中国のスーパーには無い商品と価格を店頭に並べてゆく。 
採れたての穀物類の販売が落ち着いた頃に、宇宙環境由来の食料品の発売を始めてゆく。世界一斉発売をせずに、テストマーケティングをしながら新商品を市場に投入してゆく。  
他社には簡単に真似出来ない商品だからこそ、時間を掛けて商品の生産規模を推し量ってゆく必要が有る。  

質問を終えた記者たちが試食に取り掛かり、柳井前首相は台湾の大臣達と談笑していると、義理の親子でもあり、夫婦でもある2人が、その場にポツンと取り残される。 
樹里が鎧を脱ぎ去って、普段の状態に変化したようにモリは感じた。そこに里子と杏に共通した一面も感ずる。3人の母娘を手中にしている喜びと共に・・。
 「経済特区として都市造りとインフラは ほぼ完成したよね。経済面では最初に主要通貨として円の浸透を促して、アンモニア・カーの次は食料品・・大統領閣下、次の一手はどうするの?」 樹里が肩をトンとぶつけながら尋ねてくる。この仕草は母の里子に似ている、真似たのかもしれないが。

「経済的には、こんなところかな・・翔子さんのシナリオだと、次は多民族エリアの確立だね、周辺国の民族がもっと集まる土地に、時間を掛けてゆっくりシフトしてゆく」    
翔子の名前を意図的に出して、自分のアイディアではない素振りを見せる。義理の娘たちに共通して芽生えているのが、自分の母親達の壁だった。蛍、翔子、里子、そして幸乃の母親カルテットの力量に、娘達が追いつけずに居る。娘達が経営者として成功し始めた際に、母親達は貪欲なまでに学習に臨んだ。衆院議員時代は幹事長であり、国連事務総長だったモリを講師にして、行政と外交面の能力を身に付けて政治家としての力量を上げていった。 政治家として、大臣として4人が活躍を始めると、土俵を変えられた娘たちは取り残されたような気になったらしい。大統領としてのモリを4人が大臣として支える姿が、優れた内助の功だと認定し合ったと言う。それぞれが大企業の社長以上の肩書を持っている。女性陣がそれぞれ樹立し、互いに協力し合う。勘違いして芸能人や有名人を集ったり、宗教に被れない妻達で良かったと心から感謝していた・・。

「先生が翔子おばさま好きなのは、誰もが認めてるよ。正妻である蛍おばさまの座を今回の計画が成功に終わったら射止めちゃうんじゃないかって、あゆみも心配しているくらいだし」
樹里が寂しそうな表情をしながら言う。   

「正妻の座って、なんだよ・・」      

「いいの。私達娘達は先生のセフレだから・・」今度はニヤニヤした顔で言うので、モリはに慌てて周囲を見回す。記者の耳にでも入れば面倒になりかねない。
「冗談だってば・・話を変えますねぇ〜、えっと通貨政策から手掛けるのは、先生の昔からの定番だけどさ、今回の件で円が中華圏で浸透すると、EUにだって、その内にジワリと影響を及ぼすよね?」                   自分がイタリア人とのハーフで、母親の里子がイタリア政界に転ずる予定だけに関心があるのだろう。「眉間に皺が出るようになったんだな」と思いながら、指でその皺をそっと触ろうとすると「あっ、気付いたな」と慌てて近付く指先から顔を離して、むくれている。30代の後半ともなれば、シワが出るのも年齢的に仕方がないのだ・・おおらかな性格の姉の杏の額にはシワは認められないが・・           
「ユーロを20世紀に導入したのは画期的だったけど、支払い方法がデジタル化されるようになると環境も変わっちゃった。アスカやシモンズで通貨為替レートが自動的に採用されるようになると、統一通貨のユーロと基軸通貨のドルの存在価値が希薄になった・・イタリアとギリシャのユーロでも、価値が未だに違うしね」

EUは共通の金融政策を取っているので、経済状況が芳しくない国家や地域では金融政策に対応できない状況が生じてしまう。結果的に、それらの国や地域では財政赤字が更に増加してしまう。 これがEU、ユーロ圏における大きなデメリットといえる。一方でメリットは、為替の取引コストがなくなり、欧州域内の価格の透明性が高まるという側面があった。より生産性の高い企業、産業、地域に資本と人材が流れて、全体として欧州経済が強くなると考えられたが、アスカやシモンズが浸透すれば、為替の取引コストの壁が解消されてしまう。統一通貨の デメリットである、生産性、インフレ率、景気サイクルなどで格差が生じた際に、限られた政策手段しか取れない問題が付きまとう。    
西欧と東欧、トルコ、北欧とバルト三国のそれぞれの国家間の経済格差が異なる状況が未だに続いているので、EUとして戦略的な経済政策が取れないまま半世紀が過ぎようとしている。中南米諸国連合に抜かれ、近年中にはアフリカ連合に抜かれてしまうとも言われている。

「通貨を元に戻す・・って言ってもすごい困難な作業になってしまうんだけど、敢えて 元に戻す。EUの金融政策チームを解体して、各国の財務大臣、財務省で各国なりの金融政策を取るようにする。ユーロは自動決済システムと通貨両替システムを搭載して、アスカとシモンズに準じたシステムとして生まれ変わる・・なんていうのは、どうだろう?」      
冗談のつもりで口にしたのに、真剣な表情に変わった。目だけが授業中の高校時代の樹里の面影を偲ばせる。社会と英語の授業だけは担任の話を真面目に聞いていたらしい・・。  

「ねぇ、それ大統領からEUに提案して下さいませんか? 造幣局はベネズエラが作業を請け負えばいいだけでしょう? どうせ、電子通貨が主流なんだからお札も貨幣もさほど要らないでしょうし」
腕を絡ませてグイっと胸を押し付けてくる。今夜は面倒臭くなりそうだと思いながら、笑うしかない。「国家主権、地域経済への侵害となるので簡単にはいかないよ」と言って、お代わりのビールをゆっくりと飲み干した。          

(つづく)  

これが、武器?
ぴぃ・・ぴかちゅう〜


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