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(6) パズルゲームは 永遠に・・・

ワシントンDCにある日本大使館を斜め下に見ながら、中層階のビルの屋上に2人の記者が居た。タレコミ・・情報提供された時刻に、間もなく至る。通りを双眼鏡と肉眼を使い分けながら2人で見ていた。

「あの車じゃないかしら・・」
ネーション紙の阿部記者が小声で言いながら、指差すと、隣に居る男が頷いて、スームレンズのついたカメラを構えた。         
黒塗りのベンツが大使館の駐車場に入ってゆく。浅黒い肌の、屈強そうな男が素早く助手席側から降りると後部座席の扉を開ける。アメリカ社会ではやや小柄と見なされる男がゆっくりと車から出てくると、浅黒い男が先導するようにして、2人が歩き出す。        

「ロスチャイルド上院議員です。顔もしっかり撮れました・・」カメラを構えた男が、単写から連写に転じたのがシャッター音で分かる。これだけ離れていれば、シャッター音を気にする必要はない。        「議員が中で誰に会っているか分からないけど、日本連合の何者かとコンタクトしているのは分かった。でもね、どうしてユダヤと日本連合が繋がるんだろう?」
 阿部記者が口にしたのも、重田の意見を聞くためだ。第3者の新たな視点を自分の見解と照らし合わせる習慣が阿部記者にはあった。単視眼的になりがちな自身の思考回路を阿部純子は嫌う。杜家の子息との失恋経験を経て気付いて、スタイルを変えたとは誰にも言えないのだが。     

「上院議員が会おうとしてるのはベネズエラの北米大使でしょうね。日本のアメリカ大使には密談が出来る程の甲斐性は無いっすよ。所詮、昭和生まれのジーさんです。ゴマすりだけで外務省に居続けた、恩顧褒賞で派遣されただけ。そんな典型的な小物が、ユダヤ社会の大物と渡り合えるハズがない」 
重田が辛辣な物言いをする。日本の事務次官が更迭された余波で、外務省内のパワーバランスの風向きが幾らか代わった。懲戒免職処分になった事務次官が任命し、推薦した欧米に派遣された大使や役職者は任期が終われば、一人残らずお払い箱と言われている。しかし、だ。阿部記者が求めたのはユダヤと日本連合が接触するに至った理由であり、背景だ。日本の大使の評価を聞きたかった訳ではない。              
仮に、上院議員がベネズエラ大使と面会していると仮定する。国連でモリ事務総長を支えたメンバーの一人でもあるベネズエラ北米大使に、アメリカのユダヤ人コミュニティの最高峰とも言えるロスチャイルド家末裔の当主が面会にやって来た構図なら、マスコミ関係者は誰もが関心を抱く。
ベネズエラがイスラエルにアンモニア発電所や海水浄水システムを提供合意し、建設が始まっているので両国関係は悪くはないのだろうが、ここはアメリカ合衆国で、アメリカの上院議員との間の話だ。この場でイスラエルの話をする訳でもあるまい。

メキシコ国境を越える難民問題で仲が拗れた、アメリカと中南米諸国だ。議員は有名人とは言え、野党議員なので、政府の代弁者にはならない。
政権転覆や共和党に引導を渡す協議である可能性も考えられる。何気に、この両者会談の内容は重要なものになるかもしれない。
アメリカの歴史的な転換点であったり、日本人や中南米の人々がユダヤのネットワークを活用して、世界に足場を築く相談をしているとか・・後は何が有るだろう・・

「日本大使館にベネズエラの大使が乗り込んで、日本の大使との実力差を見せつける。えげつないやり方だけど、2流外交官が未だに大勢居る外務省を煽るんだから、素敵な方法だと思う。名前だけのハリボテ大使が一掃されたら、役目を終えたベネズエラ大使はここを出て行き、今度は北朝鮮との合同大使館に合流して、北朝鮮大使の育成の役割も担うんだからね」
確かに一部の層では名の知れた国連職員に、外交オンチの日本人大使が勝てる筈もない。用済み、ゴミ箱直行は間違いないしだ。不正会計や賄賂をベネズエラ大使が指摘して、更迭される可能性も低くはないだろう・・。

阿部記者が続ける
「日本の大使がインテリジェンスに長けた人物に変わるのは賛成だけど・・まさか、日本連合がモサドの諜報網を活用するなんて話じゃないよね?」

「ダビデの紋章が皇族のモノに近いとか、キリストの墓が青森にあるとか、ナチスの迫害で逃亡するユダヤ人を助けた日本の大使が嘗て欧州に居たとか、我が日本人はユダヤ人に対して、特にマイナスな感情を抱いていないから、いいんじゃないですかね? アンネの日記は小学生の夏休みの課題図書でしたよ。南京虐殺とか、百人斬り競走にはダンマリの国でしたがね。そんな国だっただけに、モサドと組んで教えを請うっていうのも悪くはない」                 

重田が俗説、風説の類まで持ち出したので、阿部純子は苦笑いする。今日の重田は思考を助ける役には向かないかもしれない。                「想定外の大物が登場したから驚いたけど、まだ事前協議の段階かもしれないしね。打合せはしてみたものの、ご破算に終わっちゃったりして」    

「そうかもしれません。でもね、どうも引っ掛かってしょうがないんです。だからこそ、あなたと一緒にこの話を追っ掛ける気になったんです。
ユダヤ資本による対米緊急融資が確定するのと同時に、国連が声明を発表しました。キプロス島へ派遣する国連軍に、NATO軍としてドイツに駐留している米軍が急遽加わることになったでしょ。これね、最初から決定事項だったんじゃないかって思ったんですよ。だってですよ、安保理でイギリスは拒否権行使をしなかったでしょ?スパイやらMI6をキプロスへ送り込んでいるのが明かされて、バツが悪かったのもあるんでしょうけど、それでも中南米軍の介入と国連軍派遣に「ノー」は言えた筈です。拒否権を行使していたら、国際世論を敵に回す可能性はあったにせよ、です。
アメリカが部隊を送る計画を国連と密かに協議していたのを、イギリスに伝えたんじゃないですかね。今回のキプロスでは、国連に付くぞって。
それでイギリスは世論から罵倒されながらも耐え忍んでいる。汚名を一国で被っていたアメリカが急に態度を変えて善人ヅラすれば、今度は自分達がヒール役になる。肯定も否定も出来なくなった首相は辞任せざるを得ない状況にある。こんな揺さぶりを仕掛けられる人物が居るとしたら、そんな御仁は一人しか思い浮かばないんです。  
その人物の仕業じゃないかって、あっしが勘ぐってる理由がもう一つ。去年のエジプト侵攻で中南米軍がエジプト軍事政権から奪ったアメリカ製の兵器や弾薬を、国連軍の兵器として米軍にも支給する事になったでしょ?これね、出来すぎの異世界モノの漫画やラノベみたいな話で、胡散臭くってしょうがないんですよ」
重田が同じ視点で見ていたのが分かって、阿部記者は笑顔を浮かべる。やはり単なる俗物ではなかったか、と思いながら。         

年間の国連供託金の支払いが滞っているアメリカに向けた、国連なりの支援策とも言える。
カネを支払えないのなら、人を派遣する事で補う物納方式をアメリカに持ち掛け、アメリカ政府が同意した。阿部記者も重田カメラマンも、キプロス島の対立する2陣営を煽った張本人である英国が、急に鉾を収めて静かになったので驚いた。同盟国アメリカがイギリスの動きにコメントを何も発しなかった経緯は、国連軍に加わり、紛争解決側に付いた為だと後になって理由が分かった。どうしてもユダヤ資本とイスラエルに注目してしまう。英国は安保理で拒否権発動を封じ込められたばかりか、非難され、孤立する。イスラエルが仕掛けた策にしてはあまりにも出来すぎていた。「彼」が事務総長だった際の、拒否権を蔑ろにするヤリ方に非常に似通っている。新事務総長が彼を真似するにしても、中南米軍の様な組織が手元にあるか、中南米軍に委託できうる権限がなければ実現できないだろう。それなら、事務総長が彼に支援を求める方が手っ取り早い。     

中国とアメリカ、そして英仏が安保理を始めとする会合の場で、何度も煮え湯を飲まされた、10年前の絶頂期の国連を見ているかのようだった。 

「そうね。軍事政権だったエジプトに自国の兵器を大量に買わせて、そのアメリカの迫撃砲やら移動式迎撃システム、そして戦車から小銃に至るまで、そっくりそのまま米軍は扱える。当然なんだけどね。しかも、兵器の改修とメンテナンスは中南米軍の補給部隊が行うから、兵器の保全体制は完璧になる。兵器不足に悩む米軍は、改善された兵器や装備を手に取って、完全に別物になった兵器を分析してゆく・・明らかに出来すぎよね」 

弾薬、兵器不足に直面しているアメリカが、ユダヤ資本から得た資金でもって、中南米軍が獲得したエジプト軍兵器を購入する。一番儲けるのは、濡れ手に粟でエジプトの兵器を接収し、アメリカに優良中古品として販売し、メンテナンスまで請け負う、中南米軍だろうと、軍事評論家達も言っている。
評論家達も分かっているのだ、中南米諸国、とりわけベネズエラが慈善活動や援助目的だけを考えているのではないと。必ずビジネスに繋げて、相応の対価や過剰なまでの収益を得ている現実に。エジプト侵攻を阻止した後の、北アフリカ、サハラ砂漠での開発への取組みとビジネス収益を見れば、誰でもこれが目的だったのか、と分かる。エジプト軍部が再び増長しないようにと押収した戦車1000台を始めとする兵器は、中南米軍にも、ベネズエラ・日本にも不要だった。何に使うかと思えば、アメリカ製の兵器や武器を改良とメンテナンスを施した上で、主に中東で売り捌き、真白にペイントして国連軍用の兵器とした。そして、部品が無く、故障品ばかりの米軍に、ベネズエラがメンテナンスした別物に生まれ変わった米国製兵器を、アメリカがユダヤマネーで購入する。  

20年前にプルシアンブルー社がアラブ中東、南アジア諸国の兵器を改良補修する事業を始めて軍事産業を拡大させ、モリが中国顧問だった頃に、人民解放軍の兵器を改修して、中南米やアフリカ等へ販売した頃を彷彿させる。そんなノウハウがある企業は、阿部記者は2社しか知らない。 

 上院議員が日本大使館を訪問しただけでは、記事は書けない。誰と面会し、何を話し、この訪問の後で何が起きるのか、どんな発表が飛び出すのか、何らかの方向性を突き止めなければ、日本の老舗の新聞社やタブロイド紙の記事になってしまう。そんなボツ記事でも掲載する日本の新聞社を辞めてネーション紙に入った阿部純子なりの記者の矜持でもあった。 コンタクトの有無だけでは、デスクに同僚記者達の応援を要請する段階でもない。情報のウラを取る為にも、上院議員に近づく手段か、カラカスに行って探りを入れるしかない・・阿部純子記者はその為の算段を、あれやこれやと考え始めていた。         
ーーーー                       次女の翠を抱き上げたモリが、翠を抱っこしたまま刈り取ったばかりの蕎麦畑を走ってゆく。刈り取った畝や残った枯れた藁から、バッタがブワッと飛び上がる。翠がはしゃぐ声が遠ざかってゆく。「ママ、見ててね!」 長女の蒼が父親が走っていった方向とやや角度を変えて走り出すと、子供でも脅威と見做したのだろう、バッタが羽を広げて逃げ回る。   
幸乃が母親のあゆみの腰をポンと押すと、あゆみは幸乃に微笑み返して、父娘を追っていった。 

サンクリストバル郊外で栽培していた蕎麦は豊かな実をつけ、5月上旬に収穫した小麦同様に過去最高の収穫量を更新した。嘗ては食料自給率の著しく低かったベネズエラは、耕作放棄地だらけの農地の再活用が進んで、自給率106%に転じている。モリが着任後から着手して、10年で国内で食糧の自給自足が可能となった。既に収穫された小麦は順次船に積まれて日本に搬送されている。杜家の最初の事業であるパン会社が、サンクリストバル産の小麦を一手に引き受ける。11月には次男の火垂のアルゼンチン農場の小麦が日本へ届き、この2箇所の麦が世界最大規模にまで成長したパン会社の原料として使われている。

私達が政治の世界に転じるタイミングに富山市内のパン屋さんを買い取ったのを皮切りに、「家庭の電子オーブンで焼くパン」を売りにして、店舗兼カフェを日本海側で展開していった。 
フランチャイズを否定して、収益の大半をオーナーに委ねる経営戦略が時流にハマった。国公立大学の研究室に店舗の運営を委せるスタイルで、日本国内を横展開してゆく。店舗の売り上げが研究室の資金源となる。研究室の准教授や研究員が責任者となって、研究室やゼミの学生を、店員として活用し店舗経営を行った。     世界中で新型コロナが猛威を振るっていた頃だったが、裏日本、日本海側では太平洋側ほどの罹患者数には至らず、家庭で焼き立てパンを食したいと欲する人々が、列を作った。その後パンとカフェから多角経営となり、流通業にも徐々に進出してフードコートの飲食店やロードサイド店も買収していった。立ち食い蕎麦・饂飩のチェーン店も買収し、ベネズエラ産の6割蕎麦として、ロボットが客に見える場所で打つ、打ち立て麺を各店舗で提供し、立ち食いそばなのに本格派と人気を博している。
あのパン屋経営が最初の1歩となり、私達はベネズエラまでやってきた。あの時、こんな未来が待っているとは全く考えもしなかった。皆でモリに付いて行っただけなのに、議員に当選したと思ったら、こんな将来が待ち構えていた・・。
親子が蕎麦畑を走り回っているのを見ながら、幸乃は涙ぐんでいた。            

メールの受信音が鳴ったので、幸乃が携帯をポケットから取り出す。モリの次男がベルギー王室から、王族だけに許される最高勲章を特例措置でもらったと、娘の彩乃からの報告だった。訪日中の国王夫妻から受勲されたらしい。    
 これで親子揃って他国から大層な勲章を貰い、栄誉を受けた一族となった。幸乃とモリの間には子が居ない。幸乃の娘、幸と彩乃との間では子宝に恵まれたので感謝をしているが、幸乃にしてみれば万事が良好な心持ちとは言えなかった。 

周囲は幸乃に子が出来なかった事に対して、受入れる態度を取ってくれては居る。しかし、母親間では子供の話題からは避ける事は出来ない。特に小さな子供達は手数が掛かるので、母親通しで情報交換し、情報を共有し合うものだからだ。
複数の母親の視線で確認出来るメリットがあるので、杜家の環境は子育てに適している。母親達だけでなく、警護用途と教育ロボットも加わる盤石な体制なので、保育園や幼児施設よりも内容的には充実している。行為としてはヒト同士の情報共有と同じだが、熱を出した子や捻挫した児童が生じたとか、その日に子供達が夢中になって取り組んだこと、食べれなかったピーマンや人参にチャレンジしたとか、幼児教育用のAIとの間でも様々な情報を随時交換しあっている。
幸乃も医師、精神科医として子供達の健康状態を診ているので、実母達に対してアドバイスを行う機会も少なくはない。しかし、自分の孫達は居ても実子が居ないので、どうしても周囲に気を使わせてしまう。申し訳ないと思いながらも、自身も古傷のように心が痛むような感に囚われるように感ずる事もある。幸乃は連れ添った時からモリの主治医の一人であり、心理カウンセラーとしての役どころも兼ねている。それ故に同世代の妻達以上、正妻の蛍よりも接する時間が長くなる。   
中南米諸国を統率しながら、アジア・アフリカどころか世界中を俯瞰するクセが、事務総長時代に身についてしまっている。事務総長の能力に加えて、相応の国家予算と世界一の軍隊を手駒として使えるので、事務総長時代の作業量を超える活動が状態化している。
膨大な仕事量に肉体があちこちで悲鳴を上げているにも関わらず、仕事を完遂した達成感・高揚感を求めて、次から次へと仕事を手掛けてゆく。
アドレナリンに騙されているだけなのに、次なる高揚感を求めて足を止めようとしない仕事バカを、常に窘め続ける役処が幸乃には求められている。仕事を分散してモリの負担を軽減したい幸乃と、達成感を求めて自分で担当したがるモリが、毎度の様に遣り合う。国連からスタッフを招聘し、企業経営の大半を身内の女性陣が請負う様になり、モリの負担もそれなりに減ってはいるのだが。
何度も「燃え尽き症候群」と幸乃は診断している。5年前に、最も深刻な症状が再発した際、大統領職から離れて休職した。しかしプラン作りは止めない。溢れ出るアイディアをノートに書き込んでいる姿だけは変わらなかった。家族中の献身的な支えを得て、今年から大統領職に復帰・復職したのだが、休んでいる間に温めていたプランを実行し始めて、スタートからの多忙な状況を、本人は喜んで受け入れている。
「稀代の仕事バカ」に思索の時間を与えると、大半の時間を当然のように仕事に割いてしまう。 そこで女性陣が「子作り」を持ちかけて、家族に視点を向けるプランを実行するようになった。
同世代の母親達が閉経を迎えて、「出産」の機会は無くなったが、子供の成長は暫くの間付いて廻る。幸乃にとって、疎外感を齎す話題から極力避けたかった。
北朝鮮の総選挙に立候補するつもりでいたが、モリの最近の仕事量を見ていると、組織が整ったので、更なるワークを負担する可能性もある。 

「養女達に交互に来て貰って、大統領府の人事管理を復活しようかな」とベネズエラに月イチで訪れる度に、そう考えるようになった。同世代の母親4人と離れて、ベネズエラでモリの精神分析をし続けてカウンセリングしていた方が、よっぽど地球の為になるかもしれないと。

ーーー                    
梁振英・中国外相が香港入りする映像が報じられる。行政長官との会談だけでなく、香港財閥の会長や副会長とも会談を予定しており、中国の厳しい経済情勢に、何らかの支援を香港財界に求めるのだろうと見られていた。
実際、それも理由の一つなのだが、行政長官が密かに日本へ渡航していたのを、中南海では梁振英だけが知っていた。          

ユダヤ資本を経由して、香港財閥が中南米諸国から得た投資の内訳は対アメリカ向けだけではなく、対中国向けの分も預かっている。同時に行政長官が杜の子息の婚礼に出席し、梁あての書簡を持参している筈だ。
 1国2制度を香港行政区との間で復活させた中国政府の香港担当は、内相から外相へと変わり、梁振英の担当となっている。        

今回のストーリーはこうだ。梁が香港の行政長官と財閥の幹部達に頭を下げて、融資を手にする事で外相の評価は高まる。同時に獲得した資金の使途にも、外相の発言権が増す。言わば、モリと香港側と梁振英の間の「出来レース」だった。  

中国内で「外相が香港の資本家達から投資を獲得してきた」と報じられると、梁振英外相の株は共産党内でも、人民の間でも自ずと上がる。中国で唯一、見栄えする政治家が梁振英だった。

「香港は中国を見放しませんでした。1国2制度と、制度こそ異なれど、私達は同胞なのです。全ての香港の方々に感謝しております」    
香港の行政長官と並んだ会見の場で梁が発言すると、行政長官とカメラの前で固い握手を交わした。この会見を北京で見ていた梁の政敵でもある中南海の大臣達は、ジタンダを踏む。これで、梁に対する主席の評価がまた上がるだろう、と。 梁はモリの計らいに内心で謝意を表する。行政長官が日本でモリの子息の挙式に参列してモリから伝言を受けてきている。これは主席にも言えない話だ。               

「外相、北朝鮮との国境を流れる鴨緑江に運河や塹壕が掘られている一件ですが、中国政府は何かしらの説明を北朝鮮政府から受けていたのでしょうか?」記者が明後日の方角から質問してきた。

「いいえ。特に何も聞いておりません。北朝鮮側の土地ですから、何を作っても問題視はしません。いえ、やはり訂正しておきます。戦車などの兵器を並べられたら困りますね」  

「5mのサイズのロボットは兵器では無いと、大臣はお考えですか?」        

「配置は夜間だけ、ですよね?
日が登ると同時にロボットは国境沿いから居なくなると聞いています。我が国を捨てようと考える浅ましい人民が居るのも事実です。北朝鮮、満洲は急成長を遂げていますから、手頃な隣国を目指して川を渡り、旧満州で規定の滞在期間が過ぎても居残ろうと考えるのでしょう。北朝鮮政府も我が国の人民の扱いには苦慮しているのかもしれません。あのロボットは人民の越境を、警戒しているようです。日本も北朝鮮も他国への侵略行為を憲法で禁止しています。専守防衛に徹して、攻撃的な行為を禁じています。彼らは川を渡って我が国に攻め入ろうとはしません。我々政府は、人々から愛される国を作るだけです。人民が安心して暮らせる国を。そのための資金を我々は得たので、効果的に使い、相応の結果を出す為に努力します。北朝鮮が、警備のロボットを配備する必要が無いと、警戒を解く日がやってくるように」 

女性に人気の有る、 梁振英らしい答弁だった。そもそも、北朝鮮も憲法は日本と同じで、国防に関しては専守防衛を謳っている。北朝鮮政府の首相も大臣達も、日本の北前社会党の議員達だ。平成の日本政府が敵基地攻撃能力を所持するとか、アメリカから高額なだけで古ぼけた巡航ミサイルを大枚はたいて購入するとほざいていた頃と比べれば、余程安心出来る。      

会見を終えると、梁振英外相と香港行政庁長官は私的な会談を行う。それこそ密談だった。
ーーーーー                   
あの時の不思議な夢を見て、目覚めた。夢の登場人物の一人であるあゆみ以外には、胸に秘めたままにしている夢だった。今回は2度目なので細部まで覚えていた。 ここからは夢の回想となる・・隣で寝ていたはずの娘の蒼が半身を起こして、妹の翠と向き合い額を付けて目を瞑っている。不可思議な行動だと今回も思った。

「蒼、どうした?翠が頭が痛いって言ってるの?」  上の子に尋ねながら、その先の隣のベッドを見ると、あゆみは寝ている。自分でこれは夢だと分かった。あゆみは必ずモリの布団に同衾する。行動を共にしている際は、決して離れて睡眠しない。    

「パパ、おばあちゃん 見つけた・・」と蒼が口にすると姉妹がゆっくりと額を離して、目を見開く。その目が碧みを帯びて、心なしか光っている様に見える。この瞳の色に驚いて、夢でも記憶に残っていた。茶色の瞳が青っぽくなる筈が無いからだ。

姉妹の瞳に対峙した格好になり、何故か体が動かない。言葉をかける事も出来なくなる。それでも見つめ合っているのが我が子なので、恐怖感は全く感じない。ただ、瞳の変化の理由を後で調べようと、前回見た夢でもそう思う。結局、調べなかったな、今度こそ調べようと、冷静に反復していた。どの位の時間が経過したのか、短いのか、長いのかすらも分からない。2人と視線を合わせたまま・・まるで人型ロボットがデータ転送を行っているかのように、見つめ合っていた。蒼の口がゆっくりと動く。前回と一緒だ。聞いたことも無い、大人の女性の声がする。 子供の声帯が発する声ではない。
「やはり、夢なんだな」と冷静になる、そんな不思議な夢だった。しかし今回は夢の中であっても気分は高揚していた。心拍音が上がっているのではないかと胸に手を当てて確認したいのだが、どうしても体が動かないので確認が出来ない。夢なので、心音がどの程度なのかも分からない。それでも二度目という意識はあるので前回を思い出しながら焦りを感じる。額に汗が滲み出始めたのが分かる。
「そうだ、前回はこのタイミングでお告げがあった」と、思い出す。娘姉妹と見つめっていた記憶は綺麗さっぱりと無くなっていたのだが、その言葉だけ、何故か目が覚めても記憶に残っていた。だから起床するや否やタブレットを手に取って、自分の発言を録音したのだ。
「カリブ海、バージン諸島の沖合いの噴火口がある小さな島、急いで・・」そして行方不明だった鮎を発見したのだ。そんな経緯があったから、焦っていた。同じような出来事が起こるのではないかと。
今回の発言は更に短いものだったが、蒼の口が動いた後で、2人がドミノのように左右に倒れ込んだのまでは一緒だった。その記憶も蘇る。前回は「蒼、翠!」声を出すことが出来たので、動けると判断し、2人を抱きしめようとして自身が意識を無くした。

今回も瞼の外が明るいので飛び起きようとして、諦めた。あゆみが隣でほぼ裸体のまま抱きついているからだ。歩みの隣の布団で、蒼と翠、そして弟の昴は小さな寝息を立てて寝ている。    
ホッとして、あゆみの胸をゆっくりと揉む。

「ちょっと待ってね、直ぐに起きるから・・」
手を伸ばして股間を弄ってくる。いつもより少し早く起こしてしまうので申し訳ないと思いながらも、人の性器を弄っている手を強引に抑え込む。

「ごめん、あの夢を見たんだ。先に起きるね」
と言って布団から出て、下着を身に着けるとTシャツと短パンに素早く四肢を通して、和室の部屋から出ていった。            

ーーー

「キプロスで何かが起きる?・・」そう思いながら、PCを起動させる。キプロスの現在時刻は正午過ぎだった。ベネズエラよりも6,7時間進んでいる。キプロス島に駐留している部隊と連絡を取り始める。夢のお告げが的中するのか、逸る気持ちを抑えながら部隊長と会話してゆく。部隊長もタニア国防大臣ではなく、大統領からの連絡なので心なしか、声が裏返っている。

「私がしゃしゃり出て申し訳ない。国防大臣殿もこっちの軍関係者も、まだ寝てると思うんだ。当直の兵士経由で事を運んでいたら、時間が掛かると思ってね」   
そう切り出してから、部隊長と対話を始めてゆく。
キプロスのこの日の予定表に、国連事務総長さまが視察すると書いてあったからだ。  

(つづく)          


電気の無い冬・・酷い話だ


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