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東京~高尾間!中央線沿線の街に埋もれた恐怖譚を掘り起こす『中央線怪談』(吉田悠軌) 著者コメント&収録話「井の頭公園の首無し女」試し読み

東京~高尾間
中央線沿線の街に埋もれた
尋常ならざる恐怖体験談!


あらすじ・内容

高円寺にある怪奇現象多発アパート
凶事が相次ぐ東中野の忌み地店舗
吉祥寺・井の頭公園に現れる首無し女
異世界に転移する西国分寺国立の辻
窓に張り付いて覗き込む八王子の怪女

都心と多摩地区を東西に結び、新宿駅や立川駅など大型ターミナル駅も持つJR中央線。この都内区間である東京高尾間の街に埋もれた怪異を、沿線住民の著者が鮮やかに記録した実話怪談集。
・内見せずに入ったアパートの部屋には前の人の家財道具が置かれたままで…「野方の蒸発アパート」(中野
・実際に目撃された怪人の恐怖「井の頭公園の首無し女」(吉祥寺
・有名大学での奇妙な出来事「四谷のソフィア稲荷と泣く女」(四ツ谷
・とある怪物件の恐ろしい調査記録「杉並のタイラ荘」(高円寺
――など沿線の怪談33話と3篇のコラムを収録。

著者コメント (試し読み「井の頭公園の首無し女」について)

 中央線沿線、というか吉祥寺駅周辺では古くから伝わっている怪談のようだ。
 しかしこの話が一筋縄ではいかない。あの有名な未解決事件とリンクするのかと思いきやそうでもなさそうだったり、実話怪談と都市伝説の狭間で怪しげに揺れ動いていたり……。
 実話怪談マニアや都市伝説マニアでも困惑するような、だからこそ興味を惹かれてしまうような事例なのである。
 こういった怪談が幾つも収集できる土地柄が、中央線という路線の文化的豊饒さを物語っているのではないだろうか。

1話試し読み

井の頭公園の首無し女

 井の頭公園には「首無し女」が出るという噂がある。
 古くからの地元民あるいは怪談マニアには、それなりに知られた噂だろう。
 弁天池から首の無い女が這い上がってくる。雑木林にて無くなった自分の頭部を探す女がいる……などなど。
 またはこんな話もある。カップルがデート中、白い服を着た首無し女に出くわした。恐怖のあまり男は一人だけで逃亡。その後、怒った女に別れを告げられてしまった。井の頭公園でデートしたカップルは別れるという伝説の一パターンだ。
 それら都市伝説めいた話について、有名な未解決事件が元ネタになっているだろうとは、多くの人が連想するはずだ。つまり「井の頭公園バラバラ殺人事件」の、被害男性の頭部がいまだ見つかってないことが影響しているのか、と。
 しかしそれなら、なぜ男から女へと性別が変わっているのかという疑問も残る。まあ井の頭公園といえば巨大な弁天池と、そこに祀られている弁財天である。あの女神の存在感が、化けて出てくる首無し霊を男性から女性に変更させてしまったのだろう。
 ……というのが、怪談マニアたちの定説だったのだが。
 どうやら井の頭公園の「首無し女」とは、そう単純に結論づけられる怪談でもなさそうなのだ。
 昔、吉祥寺のキャバクラで働いていた女性の話によると。
 桜の季節だったという。休みが被った同僚と二人、夜の花見でもしようということになった。公園脇にある「いせや」で焼き鳥をテイクアウトし、コンビニで当時流行っていた缶チューハイを購入。野外音楽ステージの前のスペースでささやかな酒宴を開いた。
「あれ? なにあの人」
 そこでふと、同僚が素っ頓狂な声をあげた。
 彼女はまっすぐ野外音楽ステージへと視線を向けている。なので自分もそちらを向くと。
 舞台上を人影が一つ、横切っていくのが見えた。影といっても黒くはなく、全身が白いシルエット。真っ白いロングドレスを着ているのだろうか。そんな女性が、上手から下手へスタスタと歩き、退場していった。
 ただ――。
 本当に「白一色」だった。横顔の肌色も、髪の毛の黒色もしくは茶色も、そこにはなかったのだ。
「今の人、あのステージ横切った人……」
 同僚が、ぽかんと口を開けながら呟いた。
「……首、なかったよね」
 当エピソードについて注目すべきは、その時期である。体験女性によれば一九八八年か八九年の春だったとのこと。
 そう、「井の頭公園バラバラ殺人事件」が発生した一九九四年よりもずっと前なのだ。

 またこんな話もある。これも「バラバラ殺人事件」より前の時期だ。
 やはり吉祥寺で水商売をしていた女性二人が、深夜、「いせや」から公園へ下りていく道を歩いていると。
〈ぁぁああーっ〉
 悲鳴とも笑いともつかない、女の甲高い叫び声が聞こえてきた。
 何事かと思って顔を上げると、白いワンピースを着た女がこちらに向かって走ってきた。
〈あああああっ!〉
 同時に叫び声もまた近づいてくるので、明らかにその女が発しているものに違いない。
〈あああぁぁぁ……〉
 叫び声と疾走する女は同時に、自分たちの脇を通り過ぎていった。
 しかしその声については、女の体のどの部分から発していたのか不明だった。
 なにしろ女には、首から先の頭部が無かったのだから。
 十数年後、『ほんとにあった! 呪いのビデオ Special5』(二〇〇四年)を視聴していたところ、首の無い男(らしきもの)がカメラ前を横切っていく投稿ビデオが収録されていた。同シリーズでも名作と評価が高い、「疾走!」というタイトルの映像だ。
 走り抜け方の角度が『ほん呪』ではカメラ前の「左右」、自分の体験では「前後」という違いこそあれ、「すごく似たシチュエーションだな」と感じたそうだ。

 そしてまたこんな話もある。
 その女性は二十歳前後の頃、写真撮影を趣味としていた。
 とある夏の日、日の出前の景色を撮影しようと、カメラ片手に井の頭公園を歩いていたという。
 まだ朝陽が昇っていない時間帯なので、人の気配もなく静かだ。公園北側、現在は閉業してしまった「旅荘・和歌水」の前を横切ろうとした時である。周囲の光景と不釣り合いな物体が目に入った。
 植え込みの中に、マネキン人形が一体、放置されていた。
 背中を向けて立っているが、レトロなワンピースを着ているのが分かる。
 しかもその人形には、首から先が付いていない。
 ……なんだろう、これ。和歌水の中でオブジェとして飾られていたのかな……? 首がとれたから廃棄されたってこと……?
 いずれにせよ撮影対象として面白い。カメラを向け、ファインダーを覗いたところ。
 ぐるり、と人形が反転した。
 えっ、とファインダーから顔を上げると、正面に向きなおった首無しマネキンが、ガタガタ動きながら近づいてきた。
 女性は悲鳴をあげて逃げ去ったのだが……。
「今になってみると、どうしてそのまま一枚でも写真を撮らなかったんだろう、って」
 ひどく悔しくなってしまったそうだ。

 これら「首無し女」怪談は、なぜか体験者が全て女性に限られている。
 次に、現場は同じく井の頭公園だが、体験者が男性であるパターンを見てみよう。
 現在五十歳で、子どもの頃に公園すぐ近くの実家に住んでいた男性Aさんによれば。
 四十年ほど前、近所の少年たちに次のような噂が広まっていたのを覚えているという。
「井の頭公園の弁天池には大きな鯉こいのヌシが潜ひそんでいる。巨大鯉はたまに水面に浮上するのだが、その時には必ず、女の生首も一緒に上がってくる」
 Aさん自身は体験していないが、男友だちの話では、ヌシたる鯉と女の首がセットで浮上する様を見たものもいたという。
 この噂は、また別の男性Bさんの体験談と繋がってくる。
 Bさんは大学生の頃、深夜の井の頭公園をふらふら散歩していた。やはり春の盛り、桜が咲ききり散りきったあたりの季節だったという。池のほとりは桜の花びらがびっしりと浮かんだ、いわゆる「花はな筏いかだ」の状態となっている。
 その光景を珍しく思い、しゃがんで水面をまじまじと見つめていたところ。
 大量に浮かんだ花びらたち、その手前あたりが、ぽこりと盛り上がった。
 そして水がざあぶと流れ、少女の頭が浮かんできたのである。
 背泳ぎのように真上を向いて、その両の瞼まぶたは閉じられている。しかし耳の下までくっきり露出しているので、丸みを帯びた顔の輪郭、目鼻立ちの愛らしい美少女であると、はっきり見て取れた。
 そして――なぜ水中でその形状を保てていたのか不可解だが││これまた丸くふんわりと膨らんだ、ボリュームのあるショートボブの髪型をしているのも分かった。
 Bさんによれば、それはもう「映画『野生の証明』のポスターの薬師丸ひろ子」に、そっくりだったのだという。
 とはいえ目撃した瞬間には、そんな呑気なことを考えていられない。
 おいおい! これ、死体じゃないか?
 思わず池の方へと前のめりに覗き込んだ、その瞬間。
 ぱちり、と少女の両目が開いた。
「あっ」
 つられてそう叫んだ後、
「だ、大丈夫?」とBさんが声をかける。
 しかし少女はなにも答えず、その頭は静かに水中へと潜もぐっていた。
「え、なに、なに?」
 呆気にとられたまま池を見つめる。そのまま数十秒ほど経っただろうか。
 ざあぶ、と水の流れる気配がした。
 さきほどよりも離れたあたりで、また桜の花びらが盛り上がるように動き、先ほどの少女が浮上したのだ。
 やはり水面からは頭部しか出していないが、今度は立ち泳ぎのように顔をこちらに向けている。そのまま自分の目と目が合ったと思いきや、少女ははじけるような笑顔を見せた。
 にかっと大きく開いた口。その全ての歯が、鋭く尖っていた。
 とぷん。
 また少女の頭は水中に沈んでいき、後はもう、いくら待とうが姿を見せてくれなかった。
 そういえば、とBさんは思った。
 こんな花筏の池から二度も浮き沈みしたのに、なぜだろう。
 あの子の顔にも髪にも、一枚たりとも花びらが付いていなかったなあ、と。

 各時代・各人たちに井の頭公園で目撃された、女の怪。
 女性が見たそれは「首無し女」で、男性が見たそれは「首だけ女」なのはなぜだろうか。
 ひょっとしたらその点に、不思議を紐解くヒントがあるのかもしれない。

―了―

◎著者紹介

吉田悠軌 (よしだ・ゆうき)

著書に「恐怖実話」シリーズのほか『新宿怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』『現代怪談考』、「怖いうわさ ぼくらの都市伝説」「オカルト探偵ヨシダの実話怪談」シリーズなど。
共著に『実話怪談 牛首村』『煙鳥怪奇録 足を喰らう女』など。月刊ムーで連載中。
オカルトスポット探訪雑誌『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。

シリーズ好評既刊

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