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夜更けのkinko's

即日解雇を言い渡された会社から、私物を取りに来いという理由でもう一度来るようにと呼び出された。
「その時間も時給は発生するんですか?出ないんだったら私物は宅急便で送ってください」
今だったら間違いなくそう交渉したと思うのだが、その時はもう相手の言うがまま、のこのこ出かけて行った。

行ってみたら、やっぱり私物回収は名目だった。
直接会って、何とか言いくるめて懐柔しようとしているのがミエミエ。
ふつふつと怒りが沸いてくるのを感じた。

そうはさせるものか。絶対に出るとこに出てやる。
そのためには、証拠を残すように動かねば。
「今後の連絡は、全てメールで下さい。電話は受け付けません」

それなのに、そのタイミングで家のプリンタが壊れてしまった。
スマホはまだ無かったし、持っているPCはこたつトップだし。
どこか印刷出来るところ・・・kinko's だ。
仕事から帰宅した旦那とバトンタッチで、夜に行くことにした。

***

子供を保育園に預けて働く生活は、常に「次の一手」を押さえられている。

朝、検温・食事やその他体調を確認して保育園まで連れていく。
どんなに元気そうに見えても、発熱⇒お迎えの電話がくる事がある。
ましてや、ちょっといつもと違う様子の時、風邪やインフルエンザ、ノロが流行っている時期なんて、仕事しながらソワソワソワ。

呼び出しなし、の平穏な日も、仕事が終わればお迎えダッシュ。
即日解雇を宣告され、全て放り出して酒でも飲みに行きたかった、あの日でさえも。

保育園を休まなければいけない時は、もっと大変。
幼児の体調不良は、1日休みでは大抵復活しない。それどころか、無理をさせたら結局休む日数が多くなる。
休ませる日数を勘案した後、保育園と職場に連絡する。
休みが長引きそうで職場とのやり取りが長くなったり、いつもと違う様子に慌てて病院を調べてうっかり園への連絡が遅くなると、確認連絡が園から先に来てしまうこともしばしば。

健やかなる日も病める日も、子供のご飯・お風呂は準備も含めて全て「要介助」でバタバタバタ。

***

幸いにも、最中には終わらない戦い、のように感じた夜泣きの時期は少し前に卒業していた。

そんな中、kinko's で過ごすのは「次の一手が押さえられていない」時間。
回を重ねる毎、24時間営業のそこへ行く時間は深くなっていった。
たぶん、昼間の現実とは違う、深い夜の時間に身を委ねたくて。

静まり返った街を通り抜け、煌々と明かりを灯すその場所へ。
夏の盛り。けれどもさすがに夜深い時間は涼しく、昼間の暑さや喧噪、重苦しい現実を遠くに感じる。

当時、私の利用方法での料金は、30分単位の課金だった。
子供にまつわる上記の事...お迎えやお風呂や食事・各種連絡などが30分遅れた事を考えた場合、気が遠くなるほど大変だ。
でもここでは、30分超えてしまっても、ただ、お金を払えばいいだけだ。
その時の私にとって、それはうっとりと現実逃避出来る軽さ、だった。

印刷した証拠品を鞄にしっかりと納め、明けゆく空の気配を感じながら、帰宅の途につく。
そして、昼間の現実に立ち向かうため、眠りにつく。

***

即日解雇にまつわる記憶は、未だにどれもこれもが重苦しい。

けれど、夜更けのkinko's で独り戦闘準備をしていたあの時だけは、不思議な安らぎを感じていた。
そんな気がする。

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