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職場から離れれば「スグ元気になる」わけではないと知った1カ月目

適応障害により休職してから約2カ月が経とうとしている(ちなみに、来月も休職予定)。「職場から離れた生活」にようやく、少しずつ慣れてきた今、ここまでの休職生活について振り返ってみることにした。

「適応障害の定義」と「私の場合」

まず、以下のように適応障害は、"ストレス"が原因で発症し、そのストレス源から離れれば改善するとされている病だ。

適応障害とは、ICD−10(世界保健機構の診断ガイドライン)によると「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されています。ストレスとなる状況や出来事がはっきりしているので、その原因から離れると、症状は次第に改善します。(参考:http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_adjustment.html)

症状は人によって様々だが、私の休職が決まったタイミングでは「緊張型頭痛」「不眠」「食欲不振」「思考抑制」「抑うつ状態」などが顕著だった。加えて、会社へ向かう途中で血の気が引いて倒れてしまったり、朝どうしても起きれなかったり、仕事のことを考えると涙が止まらなくなったりということも多く、今思えば明らかに、"いつもの自分ではない"状態だったと思う。

そして、「はじめての休職生活」が始まるまでで書いたように、お医者様にも「このまま働き続けることは困難。仕事を休まないと治らない」と判断が下されることとなった。

やっと休める……でも、眠れない

終電、終電、土日休みもフル稼働!! な毎日から抜け出して、やっとゆっくり休める・・はずなのに。最初の2週間はほとんど眠れなかった

悲しい。悔しい。今頃会社のみんなはどう思ってるだろう。これからどうなっちゃうんだろう。眠ろうとしても不安ばかりが頭をよぎって涙が止まらなくて眠れない。

結局朝になり、出勤時間になると、つい稼働し始めたみんなのメールをチェックしてるうちに力尽きて眠りについて……と思ったら、1時間経つとまた目が覚めてしまう。そして眠れない。だから、休職生活序盤は仕事をしていたときよりも睡眠不足だった。

2週間ごとの通院。投薬治療も

心療内科には基本的に2週間に1度ずつ来るように言われている。初めての診察では血液検査もあったが、大きな問題はなかったらしい。あとは基本的に問診。お医者さんが「前回は●●と言っていたけれども、今はどうかな?」など、これまでの経過も踏まえて現状を聞いてくれる。

実は、私が心療内科に来たのはこれが初めてではない。前回は違う病院にかかったのだけど、受付で叫んでいる人がいたり、お医者さんも淡々と早口で質問を繰り返してくるのが怖くて、初診以来行くのを止めてしまった。

それを踏まえて今回は別の病院を探したのだが、いい先生に巡り合えたのではないかなと思う。優しくこちらを伺ってくれるし、丁寧に説明してくれる。質問をしても理屈っぽい私が納得するように答えてくれるから安心した。

なので自分が困っている不眠・頭痛などの症状や、絶望的な気持ちになる瞬間、「しにたい」で頭がいっぱいになることなどを素直に打ち明けることができた。1回目の診察で「抗不安薬」、その後もしんどい日々が続いて2回目に「抗うつ剤」も処方されるようになった。

上司は「旅行にでも行っておいで」というけれど

私の職場は、労働環境においては色々と問題があるものの、優しい人が多く、辞めた人たちも「人は良い」とよく言っていた。「仕事のことはとにかく忘れて、旅行にでも行っておいで」と言ってくれたのも、旅行好きな私への優しさからなのだと思う。

「適応障害はストレス源から離れれば元気になり、趣味など好きなことは楽しむことができる」という説を私も信じていたのだが、実際にはそうもうまくはいかなかった。

もう少し症状が改善したら、そういう余裕も出てくるのかもしれない。ただ、今は趣味を楽しむ気力も、体力も、湧いてこないのだ。そしてまた「今頃好きなことして遊んでる」と思われているのかと、ムダな考えとわかっていても、そんなことで頭がいっぱいになって悲しくなる。

元気に働いている頃は、「時間があれば、あんなことやこんなことをしたい」と思ったものだったが、私が休職して最初の1カ月は、基本的に家(というかベッドの上)でジッとしたまま過ごすこととなった。何もすることがないので、なんとなくゲームをしたり、ドラマを見たりしてなんとか気を紛らわせながら時間を潰すのがほとんど。ただ、昔からの気心知れた友人と会ったときは家にいるより食欲が出ることもあり、楽しい時間を過ごすことができたので、これは本当によかったと思う。


とはいえまだ休養が必要と診断され、休職の継続が決定する……が、日々の憂鬱さと疲労感がぬぐえないジレンマから、2カ月目には自ら、回復を隔てる行動に出てしまうことになる——

最後までお読みいただき、ありがとうございます。