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1945.8.9長崎平和の日

my note vol 482

#スキしてみて
#もしも叶うなら

8.9は長崎に原爆投下されて77年目です。

長崎市への原子爆弾投下は、第二次世界大戦末期の1945年8月9日午前11時02分に、連合国のアメリカ合衆国が枢軸国の日本の長崎に対して原子爆弾「ファットマン」を投下した出来事であり、この原子爆弾が人類史上において2回目かつ実戦で使用された最後の核兵器である。

Wikipediaより

昨年も投稿しました。

ここで池上彰さんの語った記事に
衝撃の事実が!?

なんと広島に訪れた米国人の一言が「原爆を落とされたのが公園で良かったですね」と言ったそうです。そこで「大勢の人たちがここに住んでいた。映画館もあった。喫茶店もあった。あるいはお寺もあった」と説明し「それが原爆によって全部なくなって、そこに平和公園を作ったんだ」と伝えたそうです。

記事より抜粋

どちらの国でも、今の若者(20代以下を指します)は、
日本と米国が戦争をしていた事を知らない人も居るでしょうし、原爆でどんな被害が有ったのかも詳しく教える事は無いのかと思われます。
しかし、その年だけで、
広島では14万人、長崎では7万人の方がが亡くなられたと推計されています。
今でも後遺症で亡くなられたり苦しんでいる方も居られます。
その事実を後世にも伝えていかなければならないと思うのです。


「長崎の鐘」

「長崎の鐘」とは、廃墟となった浦上天主堂の煉瓦の中から、壊れずに掘り出された鐘のこと。
この曲は翌年、被爆経験をした永井隆が執筆した随筆。
1949年1月に出版。
同年7月にサトウハチロー作詞・古関裕而作曲で同書をモチーフとした歌謡曲が発売されて大ヒットし、翌1950年には松竹により映画化された。

Wikipediaより

今でもロシアとウクライナやアラブ諸国では戦争や内戦が行われています。
朝鮮戦争も休戦のままだし、中国のチベット侵攻や香港問題、そして台湾有事も懸念されている状況。
今一度、平和とは何か?戦争で起こりうる悲劇はどんな事態が想像出来るのか?正義とは?等、
この夏にこそ考える事も必要なんじゃないのかな?と思います。
ヒロシマの時も書きましたが、もしも叶うなら、平和だった戦争以前の、原爆が落ちる前のナガサキに時を戻してほしい。

歌 藤山一郎
作詞 サトウハチロー
作曲 古関裕而

こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る

召されて妻は 天国へ
別れてひとり 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き わが涙
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る

こころの罪を うちあけて
更けゆく夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
ああ 長崎の鐘が鳴る

ではまた。

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