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サックリ読める短いお話。
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石鹸

石鹸

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「ふふん。いいおまじない知っちゃったんだー。」

 ポニーテールを左右に揺らしながら通学鞄をふりまわす彼女は、そういってだいぶ置いてきてしまった僕の方を振り返った。彼女の顔を隠す逆光を恨めしく思いながら、僕はため息をつく。

「本当にそういうの好きだねえ。きみだから可愛いとも思えるけど。」

「なにかいった?」

「何も。で、今度

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自己主張の激しい背後霊

自己主張の激しい背後霊

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「もう、いい加減にしてよ!」

 平和な午後に、私は公園の噴水越しに呼びかけた。水面に映る書生風の男は、始終私の背後で頬をゆるめっぱなしだ。彼は私の背後霊であり、ここ二週間ずっとつきまとわれている。

「だって、若くして死んだ僕にこんなに可愛いひいひ孫がいると分かったからには守らなきゃ!」

「だからって度が過ぎるんです!」

 

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新天地

新天地

「ついに新しい星にたどり着いたぞ!」

「いよいよ新しい星にたどりついた!」

「なんだこの星はどこもかしこもおいしいぞ!」

「本当だどこもかしこもおいしい。」

「素晴らしい星だな!」

「ああ、素晴らしい星だ。」

「どこも俺の大好きなリキュールの味だ!」

「どこも俺の好きな生クリームの味だ。」

「「えっ。」」

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風邪っぴき。

風邪っぴき。

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 真っ暗な世界であんずシロップがたんまり入ったスプーンを思いっきりほおばる。上下左右もわからないほどに甘くさわやかなかおりが広がって、痛みに多い被さるようにのどにはねっとりといつまでも存在感を残すようだ。そのときふと遠い日の光景を思い出した。今日のように風邪をひき、あんずシロップを口いっぱいにほおばりながら、怖くて寝れないと、母に

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誓いの口づけを

誓いの口づけを

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彼女は小さな店の小さなテーブルの隅で少しだけ乾燥する肌をこすりあわせて天井を見つめた。きっともうすぐ運命の人が現れて私をもらっていってくれる。最初に体を裂いたその人が運命の人なのだ。やがて一人の少年が現れて彼女にふれた。さあ、早く私に誓いの口づけを!しかし少年は彼女に手をかけた後、残念そうに「ああ、失敗だ」とだけつぶやいて、他の娘

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あの子の傘

あの子の傘

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 あの子の真っ黄色な傘が、どんより曇る空を振り払う。あの子の真っ黄色の傘がせめるような雨を振り払う。あの子の真っ黄色の傘は私の大好きな元気色。

 昼から降り出した雨は、放課後のチャイムが鳴っても止みそうにない。クラスメイトが口々に恨み言をいいながら帰っていく。それを聞きながらロッカーを開けて私も肩を落とした。いつも置いているはず

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ねこまふらー

ねこまふらー

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なみだってなんでしょっぱいんだろうね。おいしくないし、なんだか悲しくなっちゃうあじ。もっとおいしい味だったらもう少し元気もでるだろうに。

 馬鹿だな、涙がおいしかったらきっともっと胸が苦しくなるぞ。

 皮肉なほどに星降る夜に、ベランダの隅で泣きながらそう笑う彼女を見て、俺は少しため息をついた。やれやれ、これで何度目の失恋だ。俺

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ジブンモノサシ

ジブンモノサシ

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 気がつくとそこは小学校の一角だった。緑色で少し煤けた滑りにくい廊下と、手洗い場。蛍光灯は時折チカチカとして白い引戸の教室が立ち並んでいる。私は何故ここにいるのか全く思い出せなかったが、不思議と嫌な心地はしなかった。少し歩くとひとつだけ扉が空いた教室がある。なんの部屋かと看板を探したが3-2の教室であることしか分からない。でも私は

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すべりだい

すべりだい

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 唇をぐーっと力強くかみしめた二人の間をじりじりと蝉の声だけが響く。すべり台の上で見下ろすハナは怒っていた。すべり台はすべりおりてこそのすべり台なのに。滑り台の斜面で落ちないように踏ん張るミキも怒っていた。すべりだいは斜面に対抗して駆けのぼるのが絶対に楽しいのに。それに、それに、今日は引っ越してしまった友達のハナと一年ぶり

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あるサックス吹きの男の子のはなし

あるサックス吹きの男の子のはなし

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 ある街角にサックス吹きの男の子がいました。

 彼はサックスを吹くごとに身体が石になっていく不思議な体質で、周りの人は彼にサックスを吹かないようによく言っていましたが彼は聞きませんでした。

 夕方の端の欄干から川に沿うように流す音色は彼の事情を知らない人でも切なくなって涙を流すほどの美しい音色だったといいます。

 ある日の

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かぼちゃの奇跡

かぼちゃの奇跡

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聖夜の奇跡、バレンタインの奇跡。なんだか特別な日にしか奇跡を起こしてはいけないみたいで、天使の私としては複雑な心境なのよね。「クリスマスに夢を見せてあげましょう。特別な日なら奇跡が起こってもいいなんて夢見てる人間も、かわいいものじゃない。」って同僚の子は言うけど、私はそんなどうでもいい都合に付き合うなんてごめんよ。私は助けたい人

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胡蝶の夢

胡蝶の夢

『旅人の喉を潤した梅の木の話』

 あるところにとても優しく美しい茶屋の娘がおりました。その小さな茶屋は街道のそばにあり、また庭に多く植わっていた梅の木が美しい花を咲かせたので、長旅で疲れた旅人の癒しの場でした。しかし父が倒れ、母が倒れ、親戚の家に行くことになった少女は、家を手放す前にこっそり一粒の梅の種を植えました。彼女の涙を吸い込んだ梅は、彼女がその地を去っても、あたりの梅が抜かれ、家の跡が荒

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