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📖夏目漱石『夢十夜』第十夜②

この記事でひとまず決着をつけたい。夏目漱石『夢十夜』の第十夜、その感想文を書いていこう。

第十夜の出来事に関しては、前回の記事でまとめておいた。また、第十夜に登場する人物やモチーフの気になる部分についても触れた。

「ガダラの豚」の伝承について

特に気になるのは、豚の大群があらわれる箇所だろう。「ガダラの豚」の伝承を思い出した方も多いのではないか。

あるいは、ブリトンBritonリヴィエールRivière『ガダラの豚の奇跡』という絵画を連想された方もいらっしゃるかもしれない。

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絵画の真ん中に黒い豚の波が映っている。悪霊のりついた豚たちである。大群は絵画の右端からやってきて、左側の崖を飛び降りていく。崖の先は湖であり、豚たちはこれから溺死するのだ。

パナマ帽を失くさない庄太郎

第十夜でも同じような光景が広がっている。

この時庄太郎はふと気がついて、向うを見ると、はるかの青草原の尽きるあたりから幾万匹か数え切れぬ豚が、むれをなして一直線に、この絶壁の上に立っている庄太郎を目懸めがけて鼻を鳴らしてくる。
――『夢十夜』第十夜 青空文庫

さて、庄太郎は豚の大群に襲われるのだが、不思議なのはパナマ帽を失くさなかったことである。一匹や二匹ならともかく、庄太郎が相手をしているのは数万匹だ。自分の身を守るのが精一杯で、帽子のことなど気にしてはいられないだろう。が、それでも帽子を落とさないところに、庄太郎の執念を感じる。

執念を感じたからといって、「どうして庄太郎はパナマ帽を大事にしているのか?」、あるいは「パナマ帽が何のメタファーなのか?」を言い当てるのは(私にとっては)難しい。どうにもスッキリとしない終わり方ではあるが、これで『夢十夜』の話を一旦終えることにしたい。

一つほのめかすとすれば、作中で無事が確定しているのは、そのパナマ帽だけだということだろうか。事件に巻き込まれていない〈語り手〉や健さんを除くと、庄太郎は「助からない」病気で寝込むことになり、女や(庄太郎が持っていた)檳榔樹の洋杖ステッキは行方不明になってしまった。少なくとも本文中では、所在が語られない。

画像引用

[1] Briton Rivière "The Miracle of the Gaderene Swine" 
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Briton_Riviere_(1840-1920)_-_The_Miracle_of_the_Gaderene_Swine_-_N01515_-_National_Gallery.jpg

「ガダラの豚」に関する補足

「ガダラの豚」の奇跡については、4つの福音書の内、マタイ(8.28-8.34)、マルコ(5.1-5.20)、ルカ(8.26-8.37)には記載があるものの、ヨハネには見られなかった。これについてはwikisourceを参照されたい。日本聖書協会訳『口語 新約聖書』(1954)を閲覧できる。

万が一、該当箇所を忘れてしまっても、”ページ内検索”機能から「豚」と検索してもらえればすぐ見つかるだろう。

URL: https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E6%96%B0%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8


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