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📖三島由紀夫『美徳のよろめき』を読む

※※ヘッド画像は serohan さんより

 三島由紀夫『美徳のよろめき』を読んでみて、このような感想を抱いた。

自分自身が退屈なヒューマニストかつ愚鈍な大衆の一員であることを痛感させられた小説だった。一人息子や父を優先しつつも不倫する女性を、三島の文体の力によって美化してみせる。しかし、三島の美化そのものが皮肉である。三島は巧妙な家制度批判をしてみせた。 
(自分自身のツイートより)

 この記事では、140字程度にまとめた自分の感想を解凍していきたいと思う。ツイートで語り切れなかった部分を解説していきたいのだ。だがその前にあらすじを振り返っておきたい。

あらすじ

 主人公は上流家庭で育った28歳の女性・節子である。節子は喩えるならば、器の美しい女性である。立ち居振る舞いは完璧でありながら、自分の余計な思想というものを持たない。いかにも一般的な男性が好みそうな女性である。節子は倉越一郎と結婚しており、息子も一人いる。
 そんな節子であったが、20歳の頃に接吻を交わした土屋と再会してしまい、不倫に走ることとなる。土屋との逢瀬は節子に深い快楽と苦痛をもたらした。快楽と言うのはもちろん、行為の快楽である。苦痛と言うのは、堕胎の苦痛である。土屋と再会してから、主人公は三度も堕ろしているのだ。
 また、土屋が隠れてナイトクラブに通っていたことを、節子は知ってしまった。節子はこのことに嫉妬を覚え、土屋に従わされているように感じ始める。さらに、スキャンダルが父親に影響しないかとも心配するようになる。老賢者たちに、自身の不倫のことを相談するも、明確な答えは得られない。節子は絶食の末に衰弱し手術を受けた。
 節子はこれまでの苦痛に耐えかね、土屋に対していよいよ別れを切り出すことになる。別れてから数か月後に手紙を書くのだが、節子は投函することなく、破って捨てた。

不倫を美化して見せる三島のいやらしさ

 正直に言って、不倫自体にはそこまで興味がない。個人の勝手だ、と思っている。堕胎そのものにも反対しているわけではない。ただ、主人公の節子が、不倫の末に、懲りずに三度も堕ろしてしまっていることが引っかかった。あるいは、そのような節子を美化してしまう三島に反感を覚えてしまった。この小説を読んでいて、そんな反感を覚えた自分を発見し、驚いた。

 妊娠しても産まないという選択肢をとることには、反対しない。他人がそういう選択をしても、抵抗感や反感を覚えることはない。個人の判断として尊重したい。また、反出生主義も退けることはない。生まれずに済むのだったらそれに越したことはないと思ったこともある。それでも、節子には一種の嫌悪感を抱いてしまった。いっそ産んでしまった方が健全なのではないかと考えてしまったのだ。

 ただ、今になって振り返ってみると、そういう感情は一種のヒューマニズムに根ざすのではないかと感じた。そして、自分には退屈なヒューマニストとしての側面があるということを発見してしまったのだ。

 また、自身の反感に流されて、これ以上の考察をしなかった点も悔やまれる。「三島はなぜそんな節子を描いたのか?」をしっかりと考えるべきなのだ。しかし私はこれを怠っていた。

大衆批判が三島の意図か?

 三島は節子を凡庸なものとして描いている。その点を明らかにするために、少々引用してみよう。

 節子は自分の身分というものには、十分矜持を持っていたが、自分の感情や思考については、誇大に考える傾きを持たず、それが節子の美質であった。今、自分の陥っている空虚、時には苦悩と名付けてもよいものに対しては、こうした恬淡さから、あんまり分析の必要を認めていなかった。彼女は心のどこかで、自分を人とちがうと思わせる苦悩の、凡庸な性格に気づいていた。
――『美徳のよろめき』新潮文庫 第四節 p.27

 不倫そのものは凡庸な体験なのだ。そのような愚を犯し続ける節子愚行を繰り返す大衆に見立てているのではないか。また、三島がそんな不倫を美化するという構図そのものが皮肉ではないか。初読の時点で、このような意図を汲み取れなかった自分自身を不甲斐なく思う。私は三島から愚鈍な大衆の一員という烙印を押されたのだとも感じた。

 加えて、私はこんなことを見落としていた。節子は不倫をしながらも家というものを考えずにはいられないのだろう、ということを。節子は父親と一人息子のことを大事にしている。土屋との別れの契機となったのは、父親との会食である。また、節子が堕胎を繰り返したのは、後継者を一人しか残さないためという側面もあるのだろう。節子が子どもを産んでしまえば、当然、禍根を残すことになる。

 三島は、そんな「家制度を侵犯しないように不倫を楽しむ節子」を描いたのではないか。その節子の描出そのものが、家制度批判になっているのではないか。そのように推理した。

余談

 読者への媚態を欠かさない自分に対しても嫌悪感を覚えた。この感想文を書いている間にも、そのような自分が出てきて嫌気がさす。

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