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私の読書日記~『夢十夜』第七夜に関するボツネタ:2021/10/13

夏目漱石『夢十夜』第七夜にて〈語り手〉は蒸気船に乗っている。さすれば気になるのは航路のことである。漱石はどのような航路をイメージして第七夜を書いたのだろうか?――本来はそういう話をしたかったのだが、調査の結果、(私が語ったところで)退屈な話になりそうだったので、やめた。

退屈に感じた正解

一応、「漱石が第七夜の着想をどこから得たのか?」、それらしい話を示しておこう。

漱石はイギリス留学に際して、プロイセン号という船に乗っていたらしい。したがって、第七夜に登場する”黒く冷たい海”というのは、北海(※訂正有、詳細は下記)なのだろうと推察される。北海というのは、西側をイギリス、東側をスカンディナビア半島(北欧諸国)やデンマークに挟まれた海のことである。

詳細は加茂章 (1981). プロイセン号上の漱石 日本文学 30(7), 68-85などを読むことを薦めたい。リンク先の「PDFをダウンロード」から読める。

この点に関しては予想通りだった。その上に、面白く語る自信も無かったので、漱石が留学時に乗船していたプロイセン号については、取り上げないことにした。

わざと誤読してみるか

正攻法がつまらないのであれば、思い切ってわざと誤読してみることにした。例えば、あり得ない航路を考えてみた。もしも蒸気船が北極海航路を通っていたとしたら? たしかに”黒く冷たい海”である。これは我ながら面白い想像だと思った。

北極海航路は、地球温暖化によって最近生じた航路である。船はロシアのさらに北にある北極海を通ることになる。もちろん、当時の蒸気船がそこを通行することはあり得なかっただろう。しかし『夢十夜』という作品は、あくまでも”夢”の話なのだから、こんな現実的でない航路を想定しても構わないはずだ。

が、この誤読そのものも成立しないことに気が付いた。北極海航路というのは、地球温暖化によってやっと通れるようになった航路のことであり、夏の間しか通れない。夏季にしか通れないということは、つまり、蒸気船は白夜(に近い状況)の中を進むことになる。夜明け前の鬱々とした暗さがどうしても担保されないのだ。

かくして、この話はボツネタとなった。

余談

ドストエフスキーの小説で起こる事件も基本的には、白夜の中で行われる。たとえば『罪と罰』のように。有名な話かもしれないが。

※お詫びと訂正

なぜだろうか? 漱石が完全に北海を通っていたものと決めつけてしまっていた。しかし、漱石がプロイセン号から下船したのはジェノヴァ(イタリア)である。つまり、プロイセン号から北海は見えない。こういう基本的な部分に誤解があったことをお詫び申し上げたい。

大陸からイギリスに渡るには、もちろん”ドーヴァー海峡を越えなければならない”という地理的制約があるため、そこで別の船に乗っているのは確実である。ドーヴァー海峡を北海の一部と捉えるならば、「北海を通った」とも強引に主張できよう。しかしその主張は強引すぎる。

また、漱石が留学する際にプロイセン号に乗ったのは9~10月頃(リンク先の雑誌論文より)のことであり、どの海でもおおよそ冷たいに決まっている。

元々正式に記事にする予定のなかった題材ではあるが、調査が甘かった点に関してはお詫び申し上げたい。ボツネタでも情報はなるべく正確に書くべきだ。

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