※※ヘッド画像は つゆこ さまより

今日もまた三島の短編小説『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』を読んでいきたい。前回の①はこちらから👇

前回の議論

この小説は「哲学的日記」とのたまっている位だから、どうやら「殺す」ということは何か別のことを表していそうである。この”「殺す」とはどういうことか？”を考える準備として、”小説中で誰を殺してきたのか？”ということを整理・考察してきた。

殺人常習者は足利将軍、高貴な人間の正妻、百二十六人の乞食こつじきを殺してきたということを述べた。そして、殺された人間にはそれぞれに異なる美があったということも述べてきた。

今日はその続きから書いていきたい。まだ殺人被害者は残っているので、その考察をしていきたいのだ。能若衆、遊女、肺癆人、それぞれどんな美を有しているのだろうか？

「殺す」という行為には、当然殺される相手が要るはずだ。では、誰が殺されたのだろうか？（続き）

能若衆の花若が殺された。色白で柔軟な肉体を持つ美少年である。

　能若衆花若を殺害。その唇はつややかに色めきながら揺れやまぬ緋桜の花のように痙攣する。能衣裳がその火焔太鼓や桔梗の紋様をもって冷たく残酷に且重たく、山吹の芯に似た蒼白の、みまかりゆく柔軟な肉体を抱きしめている。（p.62）

このような美少年は『春の雪』の松枝清顕を連想させる。松枝清顕もまさに色白の美少年である。『仮面の告白』の八雲もそうだ。色白の美少年として描かれている。

遊女の紫野も殺害される。このときの記述もまた興味深い。

　遊女紫野を殺害。彼女を殺すには先まずその夥おびただしい衣裳を殺さねばならぬ。彼女自身にまで、その衣裳の核――その衣裳の深く畳み込まれた内奥にまで、到達することは私にはできない。その奥で、彼女は到達されるまえにはや死んでいる。（pp.62-63）

到達しえない美として『金閣寺』を思い出した。実際の金閣寺が美しいというわけではない。『金閣寺』の中で、主人公の溝口が空想上の金閣寺に美を見出したということは皆さんもご存知であろう。到達しえない美というのは、まさしく「空想上の金閣寺の美」ではないか。

またここで、”溝口はいつ金閣寺のことを思い出していたのか？”を振り返ってほしい。女性の肉体に触れようとしたときに、溝口は金閣寺のことを思い起こす。つまり、「空想上の金閣寺の美」というのは女性の肉体と結びついているのだ。よって、到達できない美というのは女性の肉体と結びついているということになる。

最後に取り上げるのは、肺癆人はいろうじんである。肺癆はいろうとは肺結核のことである。別段、美しいと思われていないのだが、殺人者から殺害される。それこそ、殺人者は肺結核患者の肉体を憎んでいたことさえ告白している。美を有している人間が殺されるという法則性に照らせば、肺癆人は殺されないはずである。しかし、殺された。

ここで前回の最後で、「殺す」というのは芸術として描くことではないのか？、と予想した話を思い出してほしい。つまり、肺癆人は美しいとは思わないけれども、三島は描くことを決意したということになるのではないか。

実際、このような醜いものとして描かれるキャラクターは、三島作品において度々登場する。たとえば『仮面の告白』の主人公はどうか。主人公は、徴兵検査において、肺病であるとして落第する。あるいは『禁色』の俊輔もこのようなキャラクターに近い。

航海者（海賊）は殺されなかった。どうしてなのか？

しかし作中で航海者（海賊）が殺されることはなかった。さて、この航海者とはどのような存在なのだろうか？　ここで三島自身の解説に触れてみたい。『花ざかりの森・憂国』（新潮文庫）の解説はなんと三島本人なのだ。そこで、殺人者と航海者の関係について触れられている。

この短かい散文詩風の作品にあらわれた殺人哲学、殺人者（芸術家）と航海者（行動家）の対比、などの主題には、後年の私の幾多の長編小説の萌芽が、ことごとく含まれていると云っても過言ではない。（p.327）引用者太字

ここで三島は航海者が行動家であることを白状している。よって、航海者を殺さなかったということは、行動家を描くつもりはなかったということである。たが実際には、このような行動家は描かれることになったように思う。『奔馬』の飯沼勲も、『英霊の聲』に登場する二・二六事件に参加した将校の霊も、確かに行動家ではないか。事件を起こしているのだから。

しかし、正直なところ、この矛盾をどう説明すべきかは分からない。

また休憩

字数が多くなってしまった。読んでいて疲れたろう。ここでまた休憩をはさみたいと思う。ともあれ、殺害された人間と殺害されなかった人間の対比まで説明できたのでほっとした。これ以降は細かい部分について補足的に説明していきたいと思っている。