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読了ツイート集:2023年5月

※必ずしもリアルタイムで読んでいるわけではありません。悪しからず。

1~10

01.村上春樹『街とその不確かな壁』

今作が最後の長編小説になるかもしれない、という著者の晩年に対する覚悟をひそかに感じた作品だった。中期作品のファンタジックな世界観が帰ってきたことに興奮を覚えた。それと同時に、村上春樹の「老い」と「継承」という新境地も見えてきた。

02.小島信夫『アメリカン・スクール』

アメリカに対するコンプレックスをあまり持たないので、「アメリカン・スクール」で描かれるユーモアには共感できなかった。「小銃」や「汽車の中」にみられる現実が融解するような文章は、のびのびとしており、こんな文章が書けたら楽しいだろうなと感じた。

03.筒井康隆『モナドの領域』

河川敷の片腕に、片腕瓜二つのパンを焼くパン屋という吉良吉影大喜びのミステリ的導入から、あれよあれよという間にGODの領域が展開されていく。読み終えた際、バロウズの最期の言葉が浮かんできた。“Love? What is it? Most natural painkiller what there is.”

04.マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』

テキサス州にあるプレインフィールドというありふれた町が、合衆国から独立して「アメリカ」になるという表題作のほかに、不思議な短編が12編収録されている。合衆国にとって致命的になりかねない”分断”という病を、複雑な優しさによって綴る短編集。

05.エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』

やし酒を飲むことしか能がない青年は、亡くなってしまったお抱えのやし酒職人を探すため、森をかき分け「死者の町」へと旅に出た。敬体と常体が入り混じる独特の文体で綴られる、予想もつかない冒険譚は、読者に格別な酔いをもたらすだろう。何度でも推したい傑作。

06.大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』

『万延元年のフットボール』では脇役として登場した谷間の村の人物や逸話を前面に出して、核時代の黙示録的な世界観を描き出した連作短編集。この作品から時間的・空間的な視野を広げ、全世界を小説の対象にするようになったのだろうか。

07.W・S・バロウズ『裸のランチ』

用意した文章を断片にしてシャッフルする「カットアップ」という手法で書かれた問題作。読むと脈絡のない夢を見ているような気分になるので、オーバーヒートした頭をリセットするのにうってつけである。当時のゲイ文化やドラッグ・カルチャーも勉強できる。R-18。

08.千早茜『しろがねの葉』

石見銀山の集落で暮らしてきたウメの人生は、花を咲かすこともなく殖えていく羊歯しだの一生とよく重なっている。ウメが小さかった頃に目撃した羊歯の葉脈の銀色の輝きは鉱夫たちを洞穴へ誘い、その暗闇は彼らを喰ってしまう。そうしてぬくいはらの闇へと還っていく。

09.エドガー・アラン・ポー「メエルシュトレエムに呑まれて」

語り手が”老いた漁師”から「大渦に呑まれたものの生還した」という話を聞く形式で、物語が展開していく。ポーの理路整然かつ豪華絢爛な文体によって記される漁師の体験は、絶望的であり、かえってその狂気を明らかにしてしまう。

10.三島由紀夫『作家論』

自身が影響を受けた作家として挙げる鷗外・鏡花や師匠筋にあたる谷崎・川端のほかにも様々な作家が紹介されている。特に幻想文学作家としての内田百閒・稲垣足穂・牧野信一や、純文学作家としての武田麟太郎・島木健作・上林暁など、著者により知った作家も数多い。

11~20

11.多和田葉子『飛魂』

中国とも台湾とも日本ともつかない、東洋風の魔法学校における女学生たちの寄宿生活を描く表題作のほか、4編収録されている短編集。「陶酔薬」や「寝休舎」といった造語が並ぶ異世界に、中国古典の不可思議なオブジェクトが導入され、一つの独特な作品世界を形成している。

12.川端康成「眠れる美女」

眠るのは決して娘だけではない。江口老人が眠っている姿もつぶさに描かれる点が印象的である。彼はまどろみの中、胡蝶たちが絡み合う光景をみることになるが、それは「胡蝶の夢」ではない。なぜなら彼は胡蝶に”なる”ことはできずに、ただ胡蝶を”見ている”だけだからだ。

13.莫言『牛 築路』

「牛」では牛とその去勢をめぐる、国共内戦時代の闘争に満ちた人間模様が表現されている。「築路」では道路工事に従事する人々の血に満ちた狂気が、喋る犬と対比されながら描かれている。両作品とも、人間と動物・捕食者と被捕食者が同じ地平で描写されている点が興味深い。

14.安部公房『密会』

救急車に妻を連れ去られた男はある病院にたどり着く。院内で遭遇するのは、奇怪な患者や医者たち。男はそんな人々と接しながら、閉塞的な病院という迷宮に呑みこまれていく。※しかし男は病人ではない。密会とは、人間同士が(主に性的な紐帯を求めて)秘かに会うことである。

15.レイ・ブラッドベリ『火星年代記』

詩的な文体で西暦2030~2057年の火星の歴史を綴ったSF小説。どうやら我々は7年後に火星に向けてロケットを発射するらしい。そして34年以内に火星人の暮らしていた火星は地球人のものになってしまうようだ。あるいはもっと大変なことが起きるのかもしれない。

16.福永武彦『廃市・飛ぶ男』

初夏の涼しい風が吹いている8編の小説が収録されている短編集。人間がいなくなったことで開放的になった文明の廃墟の上で、本質的な孤独を抱えている人々が静かに交流するような作品が印象的。「未来都市」はノスタルジックな精神科学SFのような雰囲気があり滋味深い。

17.ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』

雇われた屋敷で邪悪な亡霊から美しい兄妹を守ろうとした家庭教師の話が、百物語のような会場にて伝聞形式で語られるゴシック・ホラー小説。人気のない闇の中にあった家具や建築たちの冷たい感触は、作品の薄気味悪い雰囲気をよく引き出していた。

18.カズオ・イシグロ『日の名残り』

1956年7月に執事のスティーブンスは休暇をもらい旅に出た。美しい田園風景を回りながら、長年仕えてきたダーリントン卿や戦間期に屋敷で行われた外交会議の数々を回想する。没落する大英帝国と現在の日本を重ねつつ読んでしまうのはいけないことなのだろうか。

19.大江健三郎『個人的な体験』

父親が障害を持って生まれてきた子どもを受容し、育てることを決意するまでの葛藤や紆余曲折を描いた小説である。父親として育児にコミットすることを余すところなく表現した日本文学作品はこれだけだろう。全ての親にとって必読の書であると言っても過言ではない。

20.貴志祐介『天使の囀り』

アマゾンの奥地で暮らしている原住民の逸話や人類には予想もつかないような生物たちの営みと、当時の日本で流行したサイコホラー的恋愛シミュレーション・ゲームのアングラな雰囲気とを重ね合わせることで、よりダークで湿潤な小説世界の形成に成功したホラー小説。

21~22

21.ジョン・グリシャム『「グレート・ギャツビー」を追え』

盗まれたフィッツジェラルドの原稿を回収するという目標に向かい物語が展開していく文芸ミステリの形式を借りた、古書店や古書売買に関する人間ドラマを表現した小説。個人的に面白かったのは、ウミガメの産卵シーンの詳細な描写である。

22.村上春樹『ノルウェイの森』

主人公であるワタナベ・トオル。彼がキズキと直子を回顧するシーンにて、感情を昂らせるうちに、一人称が「僕」から「俺」に変わっていく。その瞬間、彼は18歳の頃のワタナベ・トオルに戻ったように映った。象徴的で美しいシーンであると同時に、哀しくもあった。

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