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恋に落ちる瞬間

人が恋に落ちる瞬間など
なかなか見る機会は無いだろう

しかもそれが自分の写っている写真となると
恥ずかしくて何度も見る気にはなれない

彼女とは付き合ってもう三年ほど経つのに

「この時に私の事好きになったんだよね」

と、ことあるたびにその写真を開いては
意地悪っぽく見せつけて来る

好きになった、と言うか
好きだったのを確信した、と言うか
友達から恋愛対象へと変わった、と言うか

まぁどれも似たようなもんか

大学のサークル内の待ち合わせで早く来すぎて
たまたま二人きりになった時があって
まだ友達の、ただの後輩だった今の彼女に

「写真撮っていい?」と言われたんだ

僕は写真を撮られるのが昔から苦手だったから

「うまく笑えないよ」と言ったけど
「それでもいいよ」とせがむから
真顔で彼女のスマホのレンズを見つめたら

「証明写真みたいだ」と笑い始めて
「だから苦手なんだって」と
せめてものピースを添えた

「やっぱり少しは笑おうよ」
そう言われても難しくてぎこちなくなって

「チーズじゃ笑えないよね、イで終わる言葉じゃないとね」

「キューイとか?」
「なぜここでキューイよ?」
「なんか頭に浮かんだから」

二人で「うーん」と考えて
「あっ!」と彼女は何か思いついたように
でもなかなか言い出さず

「思いついた?もうそれにしよ」
「いや、これはさすがに」
「もうなんでもいいでしょ」
「そう?じゃあこれにする?」

すると彼女が唐突に言った言葉
真っ直ぐに僕の目を見て

「スキ」と

同時に彼女の顔はみるみる赤くなり
自分で言って照れる彼女を見て
変な錯覚を起こしてしまう自分がいて
こっちも赤くなっていくのがわかって

その、赤くなった顔に向けて
瞬時にカメラのシャッターを押す彼女

その0.何秒の間に僕の中で起こっていたのは
見つめられたその瞳に吸い込まれ
薄いピンクの唇に魅了され
声に心を震わされ
小さな恋心が膨らんでいたこと

そんな、淡く静止する空気を打破するような
ふざけた冗談が思いつかずに

彼女もまた、いつもなら
「チョロいな!」とか
害の無い笑みで言いそうなはずなのに

「良いの撮れた」と写真を見ながら呟くと
優しく控えめな笑みを見せた

「私も撮ってよ」とスマホを渡され
でもなにやらかしこまっている感じで
カメラを向ければすぐに笑顔を作れるのはずなのに

「証明写真かよ」と突っ込むと
「うるさい!」と怒られたから

「ハイチーズ」と言おうとしたら

「あー、違うでしょ!」と
さっきの言葉をせがまれた

全く気にしてない人なら
冗談でサラッと言えるはずなのに
たぶん数分前ならそれも出来たはずなのに

素直に声が出て来ないのはやっぱり
と、もたもたしていたら

救われたのかチャンスを逃したのか
友達が何人か集まって来て

「あーいたいた」
「まだ二人だけ?」
「あと誰が来るんだっけ?」
と、さっきまでの空気は一変した

「何してたの?」と聞かれ
なぜか口ごもって、言い訳なんか考えて

でも彼女は普段通りに明るく返す
「写真撮ってたんだ」

流れで結局みんなで撮る事になり
ハイチーズとシャッターを切る僕

撮った写真を確認しようと近づいた彼女は
「ズ、で終わるとキス顔になるよね」

そう僕の耳元で囁いてまた顔を赤くして
僕もまた心音が速くなり
手は気づかれない程度でずっと震えていて

でもその時にみんなで取った写真は
ブレもせず綺麗に撮れていて安心をしたっけ

手振れ補正が優秀で良かった

なんてその時に思った事は
今もまだ打ち明けていない

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