マガジンのカバー画像

Un petit roman

10
運営しているクリエイター

記事一覧

置かれていたパン

置かれていたパン

忘れられた部屋には、忘れられたように机の上にパンが置かれていた。そこには卵やバターがあるわけではなく、───もちろんジャムなんてものもなく、埃をかぶってお皿の上にパンが盛られていた。マンションの6階にある部屋だったので、あいにく、そこを通っていく人はほとんどいなく、いたとしても、5階の住人がまちがえて登ってしまったときぐらいだった。そもそもエレベーターというものがその建物にはなかったし、階段には階

もっとみる
雨しか降っていなかったから

雨しか降っていなかったから

ここのとこ、しばらく雨が降りつづいていてね、僕だって少しくらいは、まいってしまっていたんだ。あんまりそんなことなんて、気にしてない風にみられるけど、たまにそういったこともあるんだ。

それで、部屋にいても仕方なく思えてきて、だって、窓のそとをみても雨がふっているだけで、たまに覗きにくるはずの猫のフィガロもまったく遊びにこないしね。だから、仕方なく外にでることにしたんだ。まあ、仕方なくなんだけどね。

もっとみる
整えられた髪

整えられた髪

彼は子どものころに祖父につれられて初めて理容室にいった。

部屋の中央に一つだけおかれた、子どもにはあまりにも大きすぎる革の椅子に座り、髪をきってもらった。きってもらっているあいだじゅう、祖父と理容師のおじさんは話をしていた。何を話ていたのかはまったく覚えていない。

切り終わったあとに、肌に泡のクリームをぬられた。肌の表面があたためられ、カミソリがすっと空気をはらんだ泡をすくっていく。終わった後

もっとみる
パン・オ・ショコラを食べて

パン・オ・ショコラを食べて

少し寝坊をしてしまったので、紅茶をのんで身支度をする。近くのパン屋でパン・オ・ショコラをかって、メトロに乗って学校にむかう。授業がはじまるまえに廊下にある椅子にすわってパン・オ・ショコラを食べ、エスプレッソを自動販売機で買ってのむ。午前の授業がおわり、近くのパン屋でパン・オ・ショコラをかって教室でたべる。エスプレッソも買ってのむ。

朝、起きてオレンジジュースをのんでバゲットを食べる。身支度をして

もっとみる
半分のバゲット

半分のバゲット

帰り道にあるパン屋でバゲットを買って、家でラタトゥイユと一緒にバゲットを半分たべる。のこり半分のバゲットは明日の朝食にと紙袋にいれて棚においておく。

すこし寝坊をして目をさましたので、紅茶をのんで学校にいく。授業がおわり、帰りにバゲットを買って、パスタをつくってバゲットを半分たべる。昨日と今日のバゲットが半分づつ棚におかれている。

朝おきて、昨日の半分のバゲットをスープと一緒にたべて学校にむか

もっとみる
目が覚めて、眠りにつくまでに。

目が覚めて、眠りにつくまでに。

朝になるには、まだ早すぎる時間に目が覚めめてしまった。いやな夢をみていた所だった。もうどうしようもないなという所になって、引きづり戻されたようにベットの上で目を覚ますことができた。

夢の中で、僕は瑠衣さんと一緒に実家の前にいた。二車線の道路を挟んだ向かいに広い駐車場がありそこに一匹の大きな虎が座っていた。しばらくその虎をみていると、こちらに気がついて走って向かってくる。慌てて玄関の扉をあけて中に

もっとみる
レパルスとメル、ふたたび。

レパルスとメル、ふたたび。

レパルスとメルは、このところずいぶんとなついてくるようになった。水槽に近づいてのぞいてみると、「きたぞ、きたぞ。」と近寄ってきて、その長い首をのばしながら目をみひらいて僕の顔をみつめてくる。

そして、首を右左にうごかして「食事をとりたいよ。」という合図をしてくる。

しかし食事をあげるには、まだ少し早すぎた。

「きのう食べたばかりじゃないか。」と僕は首をふった。

「申し訳ないのだけれど、これ

もっとみる
オレンジジュース、オレンジジュース。

オレンジジュース、オレンジジュース。

夜になり、ゆったりとしたソファに座ってビールを飲みながら読書をしていた。ヘミングウェイの短編小説集をぱらぱらとながめるように読み、それに飽きると音楽を選んでかけて聴き、またしばらくすると読書にもどった。

そんなことをしているうちにオレンジジュースが飲みたくなってきた。なんの前触れもなくそれは急にやってきたのだった。ちょうどいい大きさの新鮮なオレンジを半分にしてしぼっていく、果実と水分がでてきて、

もっとみる
4時20分、繰りかえされる会話

4時20分、繰りかえされる会話

この日は、ふとした拍子で目を覚ましてしまった。パリに到着してしばらくたっているので、まったくもって時差ぼけなんかないはずなのに。

時計をみると4時20分だった。こんな早くから起きるわけにもいかず、ふたたび眠りにつけるようにと横になるけれども、なかなか眠りにつけない。

そういえば、さっきまで夢をみていた。そこでは僕は誰かと会話をしていた。椅子に腰をかけ、3人で円になり、何かの話をしていた。そこで

もっとみる
聞きわけのいい天使

聞きわけのいい天使

夕方になるかならないかぐらいの時に散歩をしていた。その日は久しぶりに雨も降っていなく、いい天気というわけではなかったけれども、久しぶりに散歩するにはぴったりの日だった。

知らない通りを歩いていていると(実は適当に歩いていて道に迷っていたのだけれども)、少しばかり古びた建物があった。

その建物を見上げると三階の窓から1人の男が、外を見るようにして立っているのが見えた。その男は、最初はかなり高齢に

もっとみる