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#1339 俗物どもが驚嘆するだろう!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

中国の大都・南京に田亢龍[デンコウリョウ]という男がいます。眉があがり、鼻がたかく、唇の両端ははねあがり、観相見の実例に引き出されそうな顔立ち。独身者で、甕を叩きながら楚辞を呻り、香港から100ドルで買い寄せた弦が調整されてないヴァイオリンを弾いています。

あはれ仲蛆[チュウソ]の死するならば、代々の溜金[タメキン]十萬両[テエル]、忽ち滅びて徳のない伯夷[ハクイ]となるべしと、他人の評も気の付ぬ親馬鹿の金言[キンゲン]に漏れず、吾子[ワガコ]を當時[トウジ]の阮籍[ゲンセキ]李白と信じ居る仲蛆[チュウソ]もをかし。

仲蛆は田亢龍のお父さんですね。テール(tael)は中国で清代末から20世紀半ばまで用いられた銀貨に対する外国での呼びかたです。

伯夷は、古代中国の伝説上の人物で、国の後継者を弟の叔斉[シュクセイ]と譲りあってともに国を去ります。最期は首陽山で餓死したと伝えられています。清廉な人間の代表とされ、儒教では聖人とされています。

阮籍(210-263)は三国時代の思想家で、竹林の七賢のひとりで、指導的人物です。ちなみに残り6人は、嵆康[ケイコウ](223-262)、山濤[サントウ](205-283)、劉伶[リュウレイ](221?-300?)、阮咸[ゲンカン](生没年不詳)、向秀[ショウシュウ](生没年不詳)、王戎[オウジュウ](234-305)です。

李白(701-762)は「詩仙」と称される、中国詩歌史上最高の存在とされる人物です。

彼[カ]のぶんせいむの求婚の事件は、あまりの珍説なれば世界の新聞に載せざるものなく、此の傲慢の亢龍[コウリョウ]は机によりて獨[ヒト]り言、
亢「むゝ此のぶんせいむといふ奴は可なり話せる奴だ。るびなといふも米国第一等なら少[スコシ]はよからう。才學もあらば司馬先生を真似て是もよし/\だ。財産もどうでもよいが、二億なら悪くはない。世界中から是を娶らむと俗物等[トウ]があつまる事だらう。なんの俗物等[ラ]が八分[ハップン]で庚帖[コウジョウ]を書[カカ]れたら讀[ヨメ]る奴はあるまい……おや夷狄[イテキ]には八分も庚帖もないかしらむ……

八分とは、「八分体[ハップンタイ]」のことで、隷書の書体のひとつです。

庚帖とは、婚約時に男女双方が生年月日を干支で記して交換する書き付けのことです。

然[シカ]し兎も角も中華の人物と肩をならぶる事は出来るものか。明月[メイゲツ]出[イデ]て蛍光[ケイコウ]細しだ。一番此奴[コイツ]を侍妾[ジショウ]として箕帚[キソウ]を奉ぜさしてやらうか。定めて俗物共が驚嘆するだらう。然し此の廣告[コウコク]の終りの處が少し變[ヘン]だな……

というところで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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