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#1334 オンタリオを旅行するぶんせいむ親子

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

「早朝に北方諸州遊覧に出発する。ただし結婚申し込みには差支えなし。ぶんせいむ家宰しんぷる宛に申し込むべし」という新聞広告を載せて、ぶんせいむはるびなと六七人のお供を連れて旅行へむかいます。ぶんせいむは、るびなに言います。「どんな婿が来るだろう。圧政のおやじが人の心も知らないで、などと考え込んでるかもしれないが、それはおまえの愚だ……人の一生はみな愉快の生活をしたいというばかりだから、お前とおれとを面白く生活させる男を見付けさえすればよいではないか」

憂[ウレイ]は睛[ヒトミ]の上の星とかや、るびなの眼には、山また山、何の匠か削り出せる青玉[セイギョク]の巌[イワオ]も、水また水、誰[タ]が女[ムスメ]の染[ソメ]なせる碧絹[アオギヌ]の川もおもしろからず、英領[エイリョウ]かなだのおんたりお州、こうぼるぐにぞ着きたりける。

オンタリオ湖のコーバーグですね。

此の處[トコロ]は世に名高きおんたりお湖を北に受けて森林[モリ]多く、湖のほとりには景色よきところも少[スクナ]からず。されど別にこれといふ事もなきに、ぶんせいむは足を止めて逗留するを、家来等[ラ]はおッたわに趣き給へ、とろんとに行[ユキ]給へと、いへども従はんともせざるは、其の主意旅行にあらざればなるべし。

オタワもトロントもオンタリオ州ですね。

るびなは一ト間[ヒトマ]の外にだも出[イ]でず、読[ヨミ]さしのうォるづうおすの詩集かたへにかいやり、窓越に蝶[チョウチョウ]の翼の如く見ゆる白帆眞帆[シラホマホ]行[ユキ]かふ小舟を思ひ入りて眺め、いづくよりか吹来[フキク]る風に、金絲[キンシ]の髪を梳[クシケズ]らせて、黒き紗[シャ]のうすもの豊かに着なしたる様[サマ]、蠟石[ロウセキ]の神の像の如く、魂もあるかなきかに、吾[ワレ]を忘れて恍然[コウゼン]と机によりかゝりし折[オリ]しも、不圖[フト]見れば、部屋のこなたには相思花[ソウシカ](ふォわぁゲッとみいなッと)あり。

「うォるづうおすの詩集」とは、イギリスのロマン派の詩人ウィリアム・ワーズワス(1770-1850)が、友人で詩人のサミュエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834)と著した『抒情民謡集』のことかもしれません。ワーズワスは北西イングランドの湖水地方に生まれ、この場所をこよなく愛しました。のちにコールリッジと、友人で詩人のロバート・サウジー(1774-1843)も湖水地方に転居したため、三人は「湖水詩人」と呼ばれます。オンタリオ湖で読むにはぴったりの本ですね。

「相思花」とはヒガンバナの異称です。しかし、「forget me not」といえば「忘れな草」のことです。ドイツ騎士のルドルフが恋人ベルタのためにドナウ川近くに咲く花を摘もうとしたところ、川に転落し溺死してしまいます。そのときルドルフは最後の力を振り絞って「私のことを忘れないで!(forget me not……)」と言いました。その後ベルタはルドルフを忘れないために、ルドルフが摘もうとした花を髪に飾りつけたとされています。それが「忘れな草」の語源といわれています。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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