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#1335 カナダに届くちぇりぃからの手紙

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

「早朝に北方諸州遊覧に出発する。ただし結婚申し込みには差支えなし。ぶんせいむ家宰しんぷる宛に申し込むべし」という新聞広告を載せて、ぶんせいむはるびなと六七人のお供を連れて旅行へむかいます。ぶんせいむは、るびなに言います。「どんな婿が来るだろう。圧政のおやじが人の心も知らないで、などと考え込んでるかもしれないが、それはおまえの愚だ……人の一生はみな愉快の生活をしたいというばかりだから、お前とおれとを面白く生活させる男を見付けさえすればよいではないか」。親子はカナダのオンタリオ州コーバーグに着きます。るびなは部屋から出ずにワーズワスの詩集片手に、窓越しから小舟を眺めています。ふと見ると、部屋のかたわらに相思花(forget me not)があります。

る「おゝ相思花よ、相思花よ、……忘れ給ふなといふ花よ、……吾[ワレ]は忘れぬが人は、……忘れ給ふなも忘らるゝ憂[ウ]き兆[キザシ]か、今ぞしる思ひ出[イ]でよと契[チギリ]しは、……吾[ワ]が胸の中[ウチ]にひとりせし契[チギリ]は、……忘らるゝ身をば思はす誓ひしは、……吾[ワガ]胸の中[ウチ]に獨[ヒトリ]せし誓[チカイ]は、……凋[シボ]める花の果敢なきやうに、甲斐もないか。人にも流水の情はありと思ひしは、吾[ワ]がまよひなりしか、……お父様のなされた不思議の廣告[コウコク]に黙従したゝめに疎[ウト]まれしか、……慈愛深かりしに、おしつけ業[ワザ]のいぶかしきは父上、……愛情濃[コ]かりしによそ/\しくつれなきはしんじあ様。」とかすかに喞[カコ]つ折から、跫然[キョウゼン]と足音して御嬢様へちえりい様から手紙がと、下婢[カヒ]の云ふもおそしと戸を開きて受取り、封じめとく/\讀下すに、
妾[ショウ]の最も愛し最も敬する令嬢よ、妾[ショウ]が貴嬢に對する敬愛の熱情は、多少の嫌忌[ケンキ]を貫きて其[ソノ]道を爲[ナ]さざるを得ず。昨今[サッコン]は如何[イカガ]御消光[ゴショウコウ]被爲[ナサレ]候や、妾[ショウ]が多年熟知せる貴嬢の御気質と、當時[トウジ]の御境界とを照らし考へて、失禮[シツレイ]ながら御快活には御消光なくと御察し申[モウシ]候。併[シカ]し求むる者は能[ヨ]く得[ウ]べしとは、偽りなき神の法[ノリ]と承り候へば、貴嬢の自[ミズ]から棄[スツ]る如き微弱の御考[オカンガエ]なくして定まりたる御決心あらば、遠からずして貴嬢の御求めになる所の者を神の恩恵[メグミ]によりて得らるべきは疑[ウタガ]ふ迄もなき事と被存[ゾンゼラレ]候。吾夫[ワガツマ]はしんじあ様より一方[ヒトカタ]ならぬ庇蔭[オカゲ]を蒙りたること、妾[ショウ]が貴嬢より蒙りたると恰[アタカ]も同じ事に候[ソウロウ]故[ユエ]に、吾夫[ワガツマ]がしんじあ様に對[ムカ]ひて爲[ナ]すべき分量の忠實は妾[ショウ]が貴嬢に向つて盡[ツク]すべき忠實の分量と同じく候。

ということで、手紙の続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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