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#1342 いにしえより易をいう者、遑あらずして、しかも皆同じからず

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

中国の大都・南京に田亢龍[デンコウリョウ]という男がいます。眉があがり、鼻がたかく、唇の両端ははねあがり、観相見の実例に引き出されそうな顔立ち。独身者で、甕を叩きながら楚辞を呻り、香港から100ドルで買い寄せた弦が調整されてないヴァイオリンを弾いています。ぶんせいむの求婚の事件は、世界の新聞に掲載され、亢龍は独り言をいいます。「このぶんせいむという奴はかなり話せる奴だ。世界中からるびなを娶ろうと俗物どもが集まるだろう。しかし中華の人物と肩を並べることができるものか。るびなを侍妾として掃除をさせてやろうか。それにしてもこの広告の終わりのところが少し変だな……歌の調べがいよいよ高くなると、和する者も少なくなる。我が道は大にして、調べは高いから、受け入れられないかもしれない。天道はたして是か非かだ」。ふと窓の下をみると、人の往来がざわつき、その群がりのなかに、ひとりの老翁がいます。道士の衣、絹の扇子をさし、払子を持っています。尊ばれている無名翁という卜者だとわかると、亢龍は翁を呼び込みます。亢龍は卜者に向かって「亀卜は先王のなすところ、占筮は古聖が用いる法、あなたはどちらも選ばないとみえる。擲銭は猾技であり、梅花は真作ではない」。卜者は答えます。

「官人[カンジン]眞に云得[イイエ]てよし。惜[オシム]らくは未[イマ]だ一紙[イッシ]を透[トオ]り得ず、然れども官人學[ガク]博く見[ケン]高し。自[オノズカ]ら凡俗[ボンゾク]に異[コトナ]れば秘薀[ヒウン]を盡[ツク]して告げん。夫れ古[イニシ]へより易[エキ]をいふ者、三皇五帝周公孔子の數聖[スウセイ]より京房焦貢邵子朱子[ケイボウショウコウショウシシュシ]に至るまで、數[カゾ]ふるに遑[イトマ]あらずして然[シカ]も皆同じからず。

京房(前77-前37)は前漢時代の易経の大家で、その師匠が『易林』を著した焦貢(生没年不詳)です。邵子は#1341で紹介した北宋の儒学者の邵康節[ショウコウセツ](1011-1077)のことで、朱子(1130-1200)は南宋の儒学者で「朱子学」の創始者です。

「荀子に非相[ヒソウ]あれば観相の術[ジュツ]は必らずしも麻衣[マイ]の仙傳[センデン]に始まらず干支[カンシ]の占[セン]は夙[ハヤ]く呉越春秋に見えたり。

『荀子』非相篇にはこんな一文があります。

故相形不如論心、論心不如択術。形不勝心、心不勝術。

故に形を相[ミ]るは心を論ずるに如かず、心を論ずるは術を択ぶに如かず。形は心に勝たず、心は術に勝たず。

人の形を占うことは人の心を論ずるには及ばず、人の心を論ずることは「術」を選ぶことにはかなわない。形は心には勝つことができず、心は「術」には勝つことはできない

麻衣仙人は後漢時代の仙人で「相は心に従って生じ、心は相に従って生ず」という言葉を残したといわれています。

『呉越春秋』は後漢初期の趙曄[チョウヨウ](生没年不詳)によって著された、春秋時代の呉と越の興亡に関する歴史書です。

二十八宿[シュク]の占[ウラナイ]も古くして、中国印度共に之あり。

二十八宿は、中国で誕生しインドに伝わった天文学・占星術です。四方角を東方青龍・北方玄武・西方白虎・南方朱雀の四象に分け、さらにそれぞれのなかで7宿に分けられます。ちなみに、青龍には「角宿[カクシュク](おとめ座中央部)・亢宿[コウシュク](おとめ座東部)・氐宿[テイシュク](てんびん座)・房宿[ボウシュク](さそり座頭部)・心宿[シンシュク](さそり座中央部)・尾宿[ビシュク](さそり座尾部)・箕宿[キシュク](いて座南部)」があり、玄武には「斗宿[トシュク](いて座中央部)・牛宿[ギュウシュク](やぎ座)・女宿[ジョシュク](みずがめ座西端部)・虚宿[キョシュク](みずがめ座西部)・危宿[キシュク](ペガサス座頭部)・室宿[シッシュク](ペガサス西辺)・壁宿[ヘキシュク](ペガサス東辺)」があり、白虎には「奎宿[ケイシュク](アンドロメダ座)・婁宿[ロウシュク](おひつじ座西部)・胃宿[イシュク](おひつじ座東部)・昴宿[ボウシュク](おうし座)・畢宿[ヒッシュク](おうし座頭部)・觜宿[シシュク](オリオン座頭部)・参宿[サンシュク](オリオン座)」があり、朱雀には「井宿[セイシュク](ふたご座南西部)・鬼宿[キシュク](かに座中央部)・柳宿[リュウシュク](うみへび座頭部)・星宿[セイシュク](うみへび座心臓部)・張宿[チョウシュク](うみへび座中央部)・翼宿[ヨクシュク](コップ座)・軫宿[シンシュク](からす座)」が配置されています。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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