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#1322 君、妻を迎えたまえ!君、娶らなくてはなりません!

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

恋は盲目の天女とは良い例えで、この情の趣きの美しくして哀れ深く、尊くして面白いのは、霞の中で乙女が遊ぶごとく、苔なめらかなる架け橋を盲者が辿るごとし。恋とは偽りのない心の白絹に描く模様の色々、とても理屈で推せないのが人情。四年程前、しんじあはぶんせいむに招かれて、ぶんせいむの製鉄所で演説したとき、はじめてるびな嬢に会い、美しい乙女だと思い、その後しばしば往来し、慣れるにつけ、ともに昔や今を語り、得難き貴女だとわかりますが、自分はわずかな財産であり、富家の娘と縁など組めば、世の人から欲のためと言われるだろうと苦しく、切ない月日を送ります。その日も演説会でしたが、帰りにじゃくそん君に呼び止められ、馬車に乗って、しんじあの自宅に向かいます。客室に伴い、しんじあが座るのを待ち、じゃくそんは「はなはだ唐突のことですが……」と言います。

「何です。」
「君の忠告……いや忠告ではなかつた勧告、むゝ勧告でない、はて何といふてよからう。」
「君はどうも神経が敏捷で率直に過ぎる……静[シズカ]にお談[ハナ]しなさい。」
「はい/\、……えゝと困つたな、むゝよい事を考へた、御質問を致したくて。」
「何の御質問です。」
「聖書の事に就[ツイ]て一つ。」
「そんなら其様[ソノヨウ]に周章[アワ]てずともよろしいに。」
「はい/\、あだむを御作りなさつたは神でしやう、いゔを御つくりなさつたも神でしやう。」
「左様です。」
「いゔは悪魔が作ッたのではありますまい。」
「元[モト]より。」
「それならば、いゔとあだむとは相[アイ]敬し相[アイ]愛して、互[タガイ]に道の友となり、互[タガイ]に扶[タス]けて神の良僕良婢[リョウボクリョウヒ]たるべきは當然[トウゼン]ですか。」
「確[タシカ]に其[ソノ]通りです。」
「あだむというは男女[ナンニョ]の初[ハジ]まりですから、其の子孫の今日[コンニチ]の男女[ナンニョ]も同じ道理ですか。」
「左様です。」
「然[サ]らば時の古今をとはず、地の東西を論ぜず、男子と女子とは相[アイ]扶[タス]けて神に仕[ツカ]ふべき者に相違ありませんか。」
「必らず左様[ソウ]です。」
と答ふるを聞きて忽[タチマ]ち満面に笑[エミ]を含み、蹴合[ケアイ]に勝[カチ]し鶏[ニワトリ]の如く聲高く、
「しんじあ君は男子です、故に君も同じく女子を相[アイ]扶[タス]けて神に仕[ツカ]ふべしといふ事は、君が曾[カツ]て教へて下すつた三段推理式に照らして誤りない決断でしやう。君、妻を迎へ給へ。君、娶らなくてはなりません。」
といへば、しんじあはあきれ果てゝ黙然[モクネン]たり。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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