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#1357 なぜしんじあは、忍んで庭に現れたのか

それでは今日も幸田露伴の『露団々[ツユダンダン]』を読んでいきたいと思います。

9月頃、二三ヶ月の旅行から帰ってきたるびな。はじめの五六日は旅中の談話をして暮らしますが、ちぇりいに託したしんじあへの手紙が返事がふた月経っても返ってこないことが心配になります。静かなある夜、風がヒューという澄み渡る音に……やおら身を起こし、椅子を離れて、廊下に出て、音のするほうに歩きます。雲行き過ぎて空明るくなると、紛う方なきしんじあがいます。るび「しんじあ様」。しん「久しくお目にかかりませんでしたがお達者で」。るび「よそよそしい他人行儀。ちェりいにはお逢いなさりませんでしたか」。しん「ちェりいからあなたの心入れをも承り、うれしく思いましたが、いくらあなたと私の間に思い思うても無益のこと……また私があの広告に応ずることは、私もしんじあと申す男一匹、正当の恋を正当の方法で成就しようと勤めるには勇気を惜しみませんが、無法の想像の欲に使われてあなたを釣ろうとはしにくいこと……ただこれだけはお知らせ申そうと、先日伺いましたれば……」。るび「え……」。

しん「不幸にも其[ソノ]雲は益々厚くて、貴嬢[アナタ]の眼に、其[ソノ]光を入れる事は出来ませんでした。」
るび「えッ、え、まア如何[ドウ]いふ譯[ワケ]で。」
しん「何[ドウ]いふ譯か存じませんが案内を頼みますと、令嬢の姻縁[インエン]の決定する迄は失禮[シツレイ]ですが、『御面會の御延引[ゴエンイン]を願ひます、……是は主人の命令です。』との挨拶。」
るび「是はどうも眞[マコト]に失禮[シツレイ]、……妾[ワラワ]は少しも」……
しん「多分御存知ないのでせう。それからちェりいに傳言[デンゴン]を頼まうと存じましたら、ちェりいが『私も御帰りになると直[スグ]に、ぶんせいむ様に先づ御目にかゝり、御無事の御悦[オヨロコビ]を申してから、御嬢様に御目にかゝらうと存じましたらば、娘の縁[エン]の定まるまでは娘に逢ふな。手簡[テガミ]も直接にはだれにも遣らせない位だとの仰せ。餘[アンマ]り不思議ですから、何故[ナゼ]ですと御言葉を返しましたら、何故でもよいと、御怒りの摸様[モヨウ]ですから、到底當分[トウブン]の中[ウチ]は、妾[ワタシ]も御目にかゝる事は出来ません。』との返答で、實[ジツ]に私[ワタクシ]も困りましたが、幸ひ今宵は明月[メイゲツ]、……月花[ツキハナ]のあはれを知り給ふ貴嬢[キジョウ]の事、若[モ]しも庭などにも出[イデ]給はヾなどゝの、果敢なき事を頼みにて。」
るび「それでは忍んで御出[オイデ]になりしか。」
しん「如何[イカ]にも。」

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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